行(ゆく)な螢都は夜もやかましき
蚊柱の穴から見ゆる都哉
加茂河のかじかしらずや都人(みやこびと)
枸杞(くこ)垣の似たるに迷ふ都人
都人に足らぬふとんや峯の寺
嵯峨寒しいざ先(まづ)下(くだ)れ都鳥
遅き日や都の春を出てもどる
紅梅や古き都の土の色
水仙や寒き都のこゝかしこ
舟遊び都の人を上坐かな
ほとゝぎす待つや都のそらだのめ
行年や都の隅に小町寺
鉢たゝきこれらや夜の都なる
雛祭る都はづれや桃の月
雨の日や都に遠きもゝのやど
石高(いしだか)な都よ花のもどり足
すゞしさや都を竪(たつ)にながれ川
さくらちる富士がまつしろ(東京をうたふ)
ちよいちよい富士がのぞいてまつしろ
松並木あざやかな富士をまともに行く
松並木がなくなると富士をまともに
朝の富士は白いあたまの春の雲
とほく富士をおいて桜まんかい
花ぐもりの富士が見えたりかくれたり
ひよいと月が出てゐた富士のむかうから
松の木あざやかに富士の全貌
捨てゝある扇子をひらけば不二の山
浅艸の不二を踏(ふま)へてなく蛙(かはづ)
浅草や家尻(やじり)の不二も鳴(なく)雲雀
駒込の不二に棚引(たなびく)蚊やり哉
浅草不二詣
背戸(せど)の不二青田の風の吹過(ふきすぐ)る
ほやつゞきことさら不二のきげん哉
夕不二に尻を並べてなく蛙(かはづ)
脇向て不二を見る也勝角力
雪舟の不二雪信が佐野いづれ歟寒き
玉あられこけるや不二の天(テ)辺より
不二颪(ふじおろし)十三州のやなぎかな
不二ひとつうづみ殘してわかばかな
不二を見て通る人有(あり)年の市
道立子ノ東行ヲ送ル
贈るに湖の月をもてす答ふるに富士の雪を以テせよ
飛蟻(はあり)とぶや富士の裾野ゝ小家より
湖へ富士をもどすや五月雨(さつきあめ)
関こゆる日は、雨降て、山皆雲にかくれたり
霧しぐれ富士をみぬ日ぞ面白き
雲を根に富士は杉なりの茂(しげり)かな
富士の山蚤が茶臼の覆かな
富士の風や扇をのせて江戸土産(みやげ)
富士の雪蘆生(ろせい)が夢をつかせたり
箱根の関越て
目にかゝる時やことさら五月(さつき)富士
月に思ふ畔豆を九年前の事
椿赤く思ふこと多し
ひとりきりの湯で思ふこともない
枯草に寝て物を思ふのか
物思ふ雲のかたちのいつかかはつて
物思ふ傍に子はおとなしく砂掘れり
物思ふ膝の上で寝る猫
海みれば暢ぶ思ひ今日も子を連れて
少し酔へり物思ひをれば夕焼けぬ
土のほとぼり身にしみて思ひ遠きかな
ふと思ひ出の水音かげり
夕立つや思ひつめてゐる
雪が霙となり思ひうかべてゐる顔
十二月八日夜強震あり
思ひつかれて帰る夜の大地震へり
思ひはぐるゝ星月夜森の心澄む
思ひ果てなし日ねもす障子鳴る悲し
食後倚る卓子が来れば冷かな思ひ