ひまわり日記 2

名古屋駅前のフリー雀荘スタッフと店の成長日記
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よーこです

2009-05-04 20:07:47 | Weblog
本格的に暑い日が出てきた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて、私、先日韓国に行って参りました。

そうだ、韓国に行こうと思い立ったのが一週間前。
現地の友人に慌しく連絡をとり、チケットを予約し、結局わたしのスーツケースの蓋がしまったのは、出発間際のことだった。

案の定、細々としたものを忘れつつ、空港についたわたしは、早速HISの受付でチケットをもらった。

「アシアナ航空ですね。受付カウンターはあちらですので、どうぞ」

じゃあさっそくチェックインでもするかと、何の気なしにパスポートとチケットを渡す。数秒後、スタッフの動きがとまった。

訝しげにパスポートを見て、ややのちに、彼女は言った。

「こちらですと・・・入国を拒否される可能性がございます」
「・・・・え」



一瞬頭が止まった。

でも知ってた。ちょっと知ってた。

わたしのパスポートは、かなり哀れな状態になっていた。
一番前と、後ろのページが完全にはがれ落ちているのだ。

かつてベトナムを出国する際、半尋問めいたことをされた覚えもある。
次に海外に行く際には絶対に変えようと思っていて、結局何とかなるかの精神を貫き通した結果がこれだった。

何か言われるだろうとは思っていたが、しかしまさか「入国拒否」とは。
予想以上のきつい言葉に、動揺するわたしの前で、スタッフは、書類を差し出した。
見ると、誓約書めいたもの。
いわく。

「もし入国できなくても、航空会社のせいじゃないってこと、自覚しといてね!」

そんな紙を、きっちりサインいりで二枚も書かされた。
そのままスタッフ付き添いで、行列が並ぶボディチェックも、特別枠で通り抜ける。

これはこれで貴重な体験じゃないか。きっとあまりこういう体験はできない。

などと半笑いで思う。

登場時間まで、2時間あまり。
時間つぶしにと持ってきた本を読もうとするも、頭の中に入ってこない。

ついた瞬間に追い返されたらどうしよう。
ちょっとオイシイ? いやいやさすがにそれは。ていうかチケットとかどうなるんだろう。片道ってとれるのか、強制送還になるのか・・・。

ぐるぐると考えるうちに、いつのまにか搭乗時間になっていた。
思ったより、乗客は少なかったようだ。
何の遅れもなく、飛行機は動き出した。

じりじりと動き出した飛行機は、ある一点で急激にスピードを上げる。
いよいよ飛び立つと実感して、怖いような、楽しいような感覚がある。
まるでジェットコースターのようだ。

じりじりと助走をして、そうして一気に急降下!

まあ実際は飛行機なので、急上昇だ。

窓の外を眺める。
雲の大地を夕日が赤く色づける。大きな大陸が広がっているかのように、それはとても幻想的だった。

フライトは、一時間半。
19時20分頃。
あっさりと、飛行機はインチョン空港に降り立った。

問題の入国審査では、パスポートを見たスタッフが、隣の人に何事かを言った。
苦笑いをして、さらにもう一人の上司らしき人を呼ぶ。さらに苦笑い。

「これ・・・次回はちゃんと変えておいてね」
「はーい」

なんとかなった。

意気揚々とわたしはゲートを出たのだった。

空港には、友達のNが彼氏とともに迎えにきてくれた。
約一年ぶりの再会。

顔を見た瞬間、抱きついていた。
彼女は以前カナダにワーホリにいっていて、わたしはオーストラリアにいっていた。
その当時はまったく会わなかったが、日本にいるときは、一番よく遊ぶ友達だった。ようやくの再会だった。

彼氏と一緒に暮らしているせいか、彼女は女の子らしくなっていた。
さて、Nの彼氏のサムソン君とはじめましてだ。

わたしは韓国語はわからないし、彼氏は日本語がしゃべれない。
共通語は英語だ。
サムソン氏は、あまり韓国人らしくない顔立ちをしていた。
どちらかというと、日本の男の子のようだ(とはいっても一歳年上だけれど)。

ただ、韓国の男の人は軍役があるせいか、基本的に体格がいい。彼も例外にもれなかった。

さて、Nから、サムソン氏の話は何かと聞いていたものだが、彼はまったくもってすてきだった。

まず彼は、カードを2枚くれた。
一つは地下鉄、バス兼用のプリペイドカード。韓国では、もちろん切符も普通に買えるのだけれど、お金をきっちりちょうどにいれないと、買えないので、とても不便なのだとか。なので、ほぼ全員が、プリペイドカードを持っている。
チャージするときは、カードにお金をそえて無言で出せば、勝手にチャージしてくれるから、便利だよと言っていた。

もう1枚は、テレフォンカード。
これで何かあったら電話してねと、言った。

サムソン氏は、重いスーツケースをさらっともってくれる。
ショッピングすれば、買ったものを当然のように持つ。


わたしのイメージでは、韓国人というのは、もてなし精神がとてもあると思うのだけれど、彼はどちらかとイギリス紳士のようだと、ひそかにわたしは笑ったものだ。

「とりあえず、ごはん食べにいこうか」

言われて、つれていったもらったのが、居酒屋っぽいところ。
韓国ではお通しめいたものは、すべて無料だ。しかも何種類か出てくる。

そのお通しが出てきた瞬間、Nが叫んだ。

「うわ、わたしだめだこれ」

何だ何だと出てきた料理を見る。
黒い。丸いものがたっぷりはいった汁の中にぷかぷかと大量に入っている。
よくよくみると、横線がたくさんはいって、これは・・・・虫?

「蜂の子だよ」

とサムソン氏が笑っていう。

ここでひくのは大和魂の名折れ。
がんばれ、オーストラリアでは蟻を食べたし、ベトナムではなんかようわからんけどコオロギっぽい物食べた!
いける!いける!がんばれわたし!

はくり。


「・・・・・・・オイリィですネ」

味はあまりしない。脂っこい。
よくいえばナッツ。
油ぎたぎたにしたやわらかいナッツ。

ちょっともうノーサンキューあるよと首をふる。

「韓国では、普通に食べているんですか?」
「うーん。オヤジが好きな食べ物だよ。女の子はあまり食べないね」

あーそんな感じの味がする。
つたない英語で会話をするうちに、サムソン氏の友達二人が合流することになった。

彼らは韓国語のみなので、Nに通訳をしてもらいながら、会話。
面白いことに、韓国では取り皿がない。大皿がきたら、そのまま箸でつついて口に運ぶ。
ちなみにお酒をつぐときは右手(確か)を左腕にそえてついだりするのが、礼儀だそうだ。ただ、友達同士だから、ノープロブレムだよとはいっていた。

そんなとき、後からやってきたサムソン氏の友達が、こんなことをいった。

「月曜日、予定がないんだったら、僕の友達を紹介するよ。彼は一年間日本にて日本語がしゃべれるし、オーストラリアにもいたことがあるんだ。よかったら彼に案内してもらいなよ」
「よーこ、そうしてもらいなよ! わたしも彼も平日は会社だし、よーこを一人にさせるのはすごい不安なんだよ~!」

不安ってどういうこっちゃい。
思いながらも、確かに月曜と火曜日は一人でぶらぶらする予定だったので、お願いすることにした。

彼らと別れた後、わたしたちはカラオケに行った。

ここでまた一つ、韓国の人の好みを知る。
彼らは歌うのが好き。そして踊るのがすきだ。

たぶん、はいった部屋が比較的広い部屋だったからだろうが、舞台のようなスペースが確保されていた面白かった。

その日はNとサムソン氏が暮らす家に泊まらせてもらった。

翌朝。日曜日。
昼頃にのそのそと出発する。

今日は、バッパー(安宿)に移動することにしていた。
家に連泊すればいいといってくれた二人の言葉はありがたかったが、韓国のバッパーがどんなものかいってみたかったのだ。

そこはNの友達の彼氏が働いているという宿で、Anguk(安国)という駅から徒歩5分ほどの、便利な場所にあった。
その名もBanana Backpackersだ。

Nたちが暮らす家は、ソウル市街で、宿は市内になる。
話を聞くと、ソウル市内は人口が爆発して、大変なことになっているそうだ。おかげでマンションが建ち並び、上へ上へと人は住んでいる。
確かに、バスにのっても電車にのっても、平日休日、時間帯かかわらず、車内が空いていることはなかった。

余談ながら、ソウルの人々の交通手段は、バスがもっともおおく、電車もついで多い。電車は東京並に路線がはりめぐらされ、線は数字と色でふりわけされているため、乗り換えはわかりやすかった。
**に行くには、オレンジ色の3番の路線だとわかると、ホームからオレンジ色の線を見つけて進めばいいのだ。

車内には電子表示もあり、英語でも放送されるので、たぶんわかりやすいと思う。

ただ、驚いたことに、タイムテーブルというものが存在しない。
時刻表というものが存在しないのだ。くるのは常にランダムで、バスにしろ電車にしろ、とりあえず待っていれば、そのうちくる、という感じだ。たぶん待っても10分もないだろう。

電車内では、ときおり物売りが出没する。
さらに、とある電車では椅子が完全にプラスチック製で、驚いて理由を聞くと、サムソン氏が教えてくれた。

「ソウルの地下鉄で、一度大火災があったんだ。そのとき椅子も全部焼けてしまって、だからこの椅子なんだ」

言われてみれば、ホームでときたま、防災マスクのようなものが、消火器と同じような割合で設置されていた。


何はともあれ、バナナバックパッカーに到着した。

外観は普通の家なのだが、中にはいると、驚くほど綺麗だ。
日本と同じで、靴を脱いで入る。
ドミトリーで、一日20000ウォン。
キーデポジットが10000ウォン。
今のレートだと、一日1600円くらいになるだろうか。

朝食、珈琲紅茶も無料。ランドリー、インターネット、リネンも無料だ。

ヨーロピアン、日本人、アジア人、そこそこいろいろな人が泊まっている。わたしと同室になったのは、西洋人と、大阪人と、タイ人だった。

鏡台があり、ドライヤーもあり、棚もある。
シャワールームも、上等な部類だ。
トイレは・・・注意書きがある。

「紙を流すと絶対につまるから、トイレットペーパーを捨てないでね!」


・・・・ん?

話を聞くと、だいたい韓国のトイレはつまりやすいとのこと。水の勢いが弱いのだろうか。そのせいで、トイレには大きなゴミ箱が設置されていることがほとんどだった。つまり、使用した紙はこの中に捨ててね、だ。

ちなみに体験的に言えば、少量の紙だったら流しても問題はなかった。うん。

チェックインをして、わたしたちは日本人が多く出没する、明洞(ミョンドン)へと出かけた。

日曜日だったからだろうか、人がものすごく多い。
ものすごーく多い(再。

ぶつかろうがおしのけようが、謝らない人の何と多いことか。
みなせかせかしている気がする。

いたるところでイッコーさんの写真がある。
いわく

イッコーさんお勧め
イッコーさんが買った
イッコーさんの・・・・

日本人観光客がわっとつめよせている。
わたしとNはあちこちの店により、化粧品をみて、クリームをみて、カバンを見て、服を見て・・・
サムソン氏は、それにずっとつきあってくれた。


「ほんとごめんね。うちらちょろちょろするし、退屈だよね」
「全然構わないよ。好きなところ見てね」

優しいね-!
荷物持ってくれるし、なんていい人でしょうか。

さて、エチュードハウスというところがある。
ここもイッコーさんお勧めの店で、ミョンドン内に何店舗もある。
ここに、以前オーストラリアで知り合ったIちゃんが働いているという話を聞いていたので、会えないかなあと思っていると・・・


いたー!

「Iちゃーん!」
「うわー!」

抱きつき。
いやー会えた会えた。

彼女とも、およそ一年ぶりだ。
明日は夕方から暇だというので、遊ぶ約束を取り付けて、店を出た。

夕飯は、タッカルビで有名なお店で食べた。
もー・・・
オイシイ! 本当に美味しい。辛いけど、美味しい。
基本的にみな店の人がやってくれる。鉄板をあっためて、具材をいれて、かきまぜて、囲いをして、焼く。できたら、カンカン、と鍋をたたいて、さあどうぞの合図。ほんと、美味しい。

最後に行ったのが、Iちゃんお勧めのマッサージ屋さん。
翌々日も一人で行ったのだが、確かに、いい。
60分間で、29000ウォン。2500円くらい。
女性スタッフと男性スタッフにやってもらったが、手が温かくて、気持ちいい。少し強めぐらいでちょうどいい。
歩き疲れた足が、むくみが、とれる。ひとまわり違うし、安いし、毎日でも通いたい。

さて、そろそろ帰る時間だ。
Nはかなりの心配性になっていた。

「大丈夫? 本当に一人で宿にいける? 何かあったらすぐ電話してね。ほんとにね。ここで乗り換えて、ああいくんだよ。わかった?ほんと一人にさせるのが心配だよ。大丈夫?ほんとに?」

おかんか。

そこまで心配しているのが逆に心配だ。

「Nは本当に心配性だよ」
「ね」

サムソン氏と、二人で笑った。

翌朝。
フリーミールのバナナとパンを食べて、十時くらいに宿を出る。
行き先は、東大門。
電車で3駅くらいのところで、ここも大がかりなマーケット街だ。

ミョンドンはどちらかというと都会なショッピング街で、東大門は、チャイナタウンやベトナムを思い出した。
一本路地にはいると、細い道の両脇に、露天みたいな店がところ狭しと並ぶ。
靴、靴、靴。また違う道を歩くと、オモチャの店が建ち並ぶ。
上のストリート名を見ると、「*****toy street」。
なるほど。

川を渡った向こう側には、デパートのような建物がいくつも建ち並んでいた。
高島屋のようなものを想像して中にはいると・・・マーケットだ。
建物全体がマーケットだ。とにかく品物を置いたもの勝ちという考えに基づいた、並び方。チャイナタウンのマーケットがそのまま建物の中に移動したようだった。

二時頃、遅い昼食を食べることにした。
どこかよさげなところはあるかなと、うろつくと、呼び込みをしている店がある。

隣の店は、満席。
こちらの店は、そこそこの人の入り。
うーん。呼び込みの女の子がかわいいから、ここにしよう。

中にはいって、適当にメニューをさす。
これ、美味しそう。これ、ください。

スタッフが厨房に叫ぶ。

「ビビンバー」

え、これ、ビビンバなんだ。
出てきたのは、スープに、ご飯。どちらかというと、知っている知識の中でいえば、テールスープのようだった。ごはんが進む進む。

おなかいっぱいになって、店を出る。
そろそろ、帰らなければいけない。
初日に紹介してもらった人と、Angukの駅で三時に待ち合わせをしていた。

一端宿に帰って、待ち合わせ場所にいくと、彼はすでに待っていた。

「はじめまして、キムです」
「あ、よーこです。よろしくお願いしますー」

彼は以前羽田空港のホテルで働き、今は学生で、日本語を勉強しているのだという。
考えてみれば、友達の友達の友達で、初対面で案内をしてもらうというのだから、けっこう図々しいことをしているなあと思いながらも、南山タワーというところに行くことにした。

平日だというのに、かなり人が多い。
バスで山の上までいくと、桜がものすごく綺麗に咲いていた。

見下ろせば、ソウルの街が一望できる。
山に囲まれているので、何か有名な山はありますかときくと、彼はにこにこと教えてくれた。

「あっちは北山ですねー」
「北?」
「北朝鮮ですー」


うひゃ。

帰りは徒歩で山を下る。
散歩をしながら、ちょこちょこといろいろなものを見て、6時半、Iちゃんと合流する。

おなかがすいていたわたしたちは、すぐに店の中にはいった。

昨日食べたタッカルビの店の向かいの、チム・・・なんとかだかという料理専門店の店だ。
ここもすごく美味しかった。

しばらくして、エチュードハウスの同僚という、マイケルジャクソン似の三平氏(サンピン?)が合流して、カラオケに行くことにした。

彼は日本語はあまりしゃべれないけれど、やはり観光客のサービス業だけあって、少し会話をした。

「あなた綺麗ねー」
「ありがとー」
「でも、エチュードハウスのBBクリームつかうと、もっと綺麗よー」


営業されてるしねー!

けたけた笑いながら、その日は過ごした。

翌日。宿をチェックアウトをして、荷物は預かってもらい、再びミョンドンに出かけた。
昨日はブーツで歩きづめだったせいで、足がかなり痛い。
ちょろちょろとうろついていたものの、我慢ができなくなったわたしは、再びマッサージをしにいった。

十分癒されたところで、再び街を巡り、そうして宿に引き返し、荷物を持って、Nの家にいった。

さて、最後の夜です。

その日は、韓国ではブラックデーといって、バレンタイデー、ホワイトデーに何もなかった男女が、黒い服を着て、黒い麺を食べるというイベント日なのだそうだ。

食べてみると、焼きうどんのようなもので、美味しかった。
22時頃、サムソン氏も帰宅して、一緒に酒盛りをする。
韓国の焼酎、ソジュを飲んで・・・・どんだけ飲んだのか、覚えていない。

けれど。
ああ、けれど。

人生の中の三つ指に入るくらいに飲んだ。
つーか酔った。

まったく飲まないNが心配してくれたのは覚えている。
いつのまにか外に出て、吐いて、いつのまにか寝ていて、しかもフライトは早朝。

最悪の気分で起床。
サムソン氏は沈没している。

「彼、大丈夫?」
「起きないよー・・・会社に電話するっていってる」
「なんて?」
「昼から出勤するって」
「はは・・・」

うつろな笑いが響く。
朝もやっぱり吐いて、朝食はもう食べれない。
電車で空港まで行くのだけれど、下が向けない。

ああ、最後の日だというのに、本当に申し訳ないと思いながらも、会話もろくにできず。

ただひたすら気持ち悪い。

空港についたのが、出発の45分前。
チェックインをすると、「遅いですよー。最後の人ですよー」

すみません、ほんとすみません。

Nとはここでお別れ。
ぐたぐだでほんとすみません。
会社さぼって見送りしてくれたのに、ほんとすみません。

ゲートにすぐいく。
鏡にうつった顔は真っ白。髪をとかす気力すらない。

吐き気と戦いながら、いつのまにか眠って、気づくと到着間際だった。

日本。
到着の感慨もなく、へろへろと電車にのって、また吐く。
トイレつきだったのが救いだ。
日本の電車、二日酔いには最悪なほど揺れる。

家に帰ったとたん、服を脱ぎ捨てて、そのままダウン。

復活したのが、夕方だった。




***************


という韓国旅行。

のーもあ どりんく

などという標語が頭をまわっております。



ちなみに今回覚えた韓国語は、二つ。

ちゅっげっそ(死にそう)
ぽっこ(桜)

でした。