芳野星司 はじめはgoo!

童謡・唱歌や文学・歴史等の知られざる物語や逸話を写真付でエッセイ風に表現。

怒りの葡萄(3)

2016年02月07日 | シナリオ

♯17
 四角い小さな箱のような家
 煙がブリキの煙突からのぼっている
 うずくまったような納屋
 庭に散乱する家具類、モーター、寝台、椅子…
 一台の変わったトラック(前部はセダン、屋根の後ろ半分は荷台になって
 いる)

 トム  「驚いたな。旅に出る用意をしてるぜ!」
 ケーシー「…だな」

 老人(父親のトム・ジョード)がトラックの荷台に上がり、ハンマーを振
 り上げ、荷台の側板の横木に釘を打ち付けている
 口に釘をくわえている
 前べりのたれたソフト帽、青い仕事用シャツ、ボタンなしのチョッキとジ
 ーンズ姿。
 まくった袖が、たくましい二の腕にくいこんでいる

 トム  「声をかけるんじゃねえぜ」
     「そっと忍び寄って驚かしてやろう」
 ケーシー「…」

 トラックに近づくトム
 それに気付かない父親

 トラックの荷台に寄りかかって父親を見上げるトム 
 父親はそれが誰か気づかない
 ハンマーを振り上げ、釘を打とうとして、手をとめる
 父親  「何か用かい?」

 やがて目を見開き、ハンマーをゆっくり下ろす
 口にくわえていた釘を手にとる
 父親  「トミーじゃねえか…」
 見上げて微笑むトム
 父親  「トミーが帰って来た…」
 トム  「ああ」
 父親  「おめえ、脱獄してきたんじゃねえだろうな?」
 微かに笑うトム
 父親  「身を隠さなくちゃなんねえんじゃあんめえな?」
 トム  「だいじょうぶだよ。仮釈放になったんだ」
     「自由の身になったんだ。証明書も持ってる」

 荷台から地面に降りる父親
 父親  「トミー」
 トムの顔を覗き込む父親
 父親  「わしたちは、これからカリフォルニアに行くんだ」

     「おめえには手紙で知らせようと思っていたんだ」

     「ところが、おめえは帰ってきた」

     「おめえも、わしたちと一緒に行けるんだな、一緒にな!」
 トム  「ああ」
 父親  「みんなをおどかしてやろう!」
     「おっ母は、もう一生おめえに会えねえんじゃねえかと、がっか
      りしてたんだ」

     「そんで、カリフォルニアに行きたくねえような気持ちになって
      たんだ」
 トムの肩に手をかける
     「よし、みんなをおどかしてやろう、入って行こう」
     「おっ母が、何と言うか見物だよ」
 父親がふとケーシーに気付く

 トム  「説教師さんだよ。覚えてるだろ? 俺と一緒に来たんだ」
 父親  「やっぱり監獄に入ってたのかね?」
 トム  「いや、道で出会ったんだ。これまでこの辺りから離れていたん
      だ」
 父親  「よく来てくれたね」
 握手する二人
 ケーシー「ここへ来ることができてうれしいですよ」
     「息子が家に帰るのを見るのは、まったく、すばらしい見物だか
      らね」
 父親  「家へだと?」
 ケーシー「いや、家のもんのところへさ」

 父親  「誰かが朝食を少しばかり欲しいと言ってやるか…」
     「それとも、おめえが中に入って、おふくろが気がつくまで黙っ
      て立ったままってのはどうだ?」
 トム  「おふくろを、あまりびっくりさせないようにしようよ」
 父親  「さあ、入って行こう。見物だぜ」


♯18
 入っていく父親と、その後ろに続くトム
 フライパンとフォークを持って調理をしている母親

 父親  「おっ母、旅の人が二人ほど、一口何か食べさせて欲しいとよ」
 母親  「入れてやんなさいよ。食べるものはたくさん作ったからね」
     「手を洗うように言っとくれ」

 ドアのところ、外の太陽を背景にトムのシルエット

 母親  「お入りなさいな。パンを多めに作っといてよかったよ」

 黙って立っているトム

 母親がそのシルエットを凝視する
 母親の手からフォークが床に落ちる

 母親  「…まあ、なんてありがたいんだろう!」
     「トミー、おまえ追われてるんじやないだろうね?」
     「脱獄してきたんじゃないだろうね?」
 トム  「違うよ、おっ母さん。仮釈放になったんだ」
 手にした上着を少し上げて
     「ここに証明書も持ってるよ」

 息子に近づき、腕に触れ、盲人のように彼の頬を触る

 母親  「まあ!」
 トムの顔を両手にはさみ
     「私たちは…危うくおまえをそのままにして出かけるとこだっ
      た」

     「行っちまったら、おまえがどうやって私たちを捜すのか…」
     「それが心配でならなかったんだよ」
 父親  「うまくかつがれたじゃねえか、え、おっ母?」
     「爺様にも見せたかったな」

     「爺様はまた大笑いして腰をぬかすぜ」
 トム  「爺様はどこにいるんだ? あの雷様にはまだ会ってねえぜ」
 母親  「婆様と一緒に納屋で寝てるよ。二人とも夜あまり眠れなかった
      からね」
     「なにしろ子供たちにつまづいて、転んでばかりだからね」

     「爺様たちは、気が向いたときに起き出してくるんだよ」

     「お父っさん、トミーが帰ってきたことを知らせてやんなよ」

 父親  「ああ、もっと前に知らせなけりゃな…」
 母親  「トミーは爺様のお気に入りだからね」
 戸口から出て行く父親

 母親  「トミー…おまえ…」
 トム  「おっ母さん、やつらが、俺たちの家に、どんなことをしたかを
      見たとき、俺は…」

 母親  「私は、はじめて自分の家をつぶされたんだ」
     「自分の家族が道っぱたに放り出されるなんて…はじめてさ」
     「何もかも売らなきゃならないなんて…はじめてさ…」

      「…でも、トミー、決して奴らと喧嘩をしに行っちゃいけないよ」

     「結局、山犬みたいに追いつめられるのが落ちだからね」

     「人の話だと、私たちみたいに追い出された者が、…
      十万人いるそうだよ」
     「もし、みんながみんな、いっせいに怒り出したら…奴らだって、
      こっちを誰一人追いつめたりしないだろうがね…」

 トム  「大勢の人が、そんなふうに考えてるのかい?」
 母親  「どうだかね。みんな、ただもうぼんやりしちまって…」
     「半分眠っように歩いてるのさ」


♯19

 戸外、庭先を歩く婆様、爺様、父親、長兄のノアたちの足元と影
 土埃が立つ
 婆様の声

 婆様  「神よ、勝利を、た~た~えまつれ、神よ、勝利を…」


♯20

 家の中
 トム  「おっ母さん、とうとう婆様は、俺の帰ったのを
      聞きつけたらしい」
 母親  「さあ、みんながやって来たよ」

 ストーブの所へ戻り、大きな鍋からパンを出す母親


♯21

 爺様を先頭に、婆様、長男のノア、父親が入って来る

 爺様は前が開いたままのボロボロのズボン、ボタンを掛け違えたシャツ、
 ボタンがはずれたままの下着を着ている

 婆様は狂的な目をし、どこか性悪そうな感じがする

 ノアは背が高く、長い大きな顔、目と目の感覚が広い
 ノアは鈍重で、まるで知能が低そうに見える
  
 爺様  「見ろや! 前科者だて!」
     「奴は、わしだってやるに違いねえことをやったまでだ!」
 婆様  「神よ、勝利を、た~た~えまつれ」
 
 トムに近づいて彼の胸を平手でたたく爺様
 爺様  「どうした、トミー?」
 トム  「元気だよ。爺さまは、どうだい?」
 爺様  「元気いっぱいじゃ」
     「さっきもな、言っとったんじゃ」
     「きっとトミーの奴は、監獄を飛び出して帰ってくるとな」
     「さあ、そこをどいてくれ。わしは腹が減った」

 トムをどかすようにする爺様
 ひとりテーブルにつき、猛烈に食べ始める爺様

 トム  「まったく元気がいいな」
 婆様  「こんな意地の悪い、口の悪い人はめったにいやしないよ」 
     「こんな人間は、悪魔といっしょに地獄へ行くに決まってるわ」

 むせかえって口の中のものが飛び散らせ、弱々しく咳き込む爺様
 婆様  「まったくだらしないね、爺様は」

 戸口の近くに立つノアに話しかけるトム
 トム  「元気かい、ノア?」
 ノア  「元気だよ…おめえはどうだい?」
 
 母親  「みんなが座れる広さはないけど、さあ、お皿をとって」
     「座れるところへ座っておくれ、庭でもどこでもさ」

 トム  「おや、説教師はどこへ行った?」
     「さっきまでここにいたのにな」

 父親  「さっき、どこかへ行っちまったぜ」

 婆様  「説教師だって? 説教師を連れて来たのかい?」
     「早くここに連れておいでよ、お祈りしてもらうからさ」


♯22
 外に出るトム
 トム  「おい、ジム! ジム・ケーシー!」

 水槽の下から現れるケーシー

 トム  「やあケーシー!」
     「かくれてたのかい?」

 ケーシー「いや、ただね、家族が家族を迎えるときに…
      他人が首をつっこむもんじゃねえからさ」

     「わしは、ここに座って考え事をしていたんだよ」

 トム  「中へ入って食べろよ」
     「婆様がお祈りしてもらいたいとよ」

 ケーシー「わしは、もう説教師じゃねえよ」
 トム  「かまうことはねえよ、婆様はお祈りが好きなんだからよ」


♯23
 中に入るトム、ケーシー

 母親  「…よく来ておくんなすったね」
 父親  「ほんとに、よく来ておくんなすった」
     「さあ、少しばかり、朝食を食べておくんなさい」
 婆様  「お祈りが先だよ!」
 爺様  「おお、あの説教師さんかい」
     「この人ならいいや。この人なら、わしは気に入ってただ」
 婆様   「お黙り! この罪つくりのスケベじじい! お祈りが先だよ!」
 ケーシー「言っときたいんだが、わしはもう説教師じゃねえですよ」

     「もし、わしがここにいるのが喜ばれて…」
     「それだけで…いいんなら、そんなふうなお祈りをやりますがね」

 婆様  「そういうお祈りをしておくれ」
      「私たちがカリフォルニアに行くことについて、何か一言入れて」
 
 全員頭を垂れる
 ケーシー「わしは考えてた…山の中をさまよいながら。…ちょうどキリス
      トが…」

     「さまざまの悩みから道を見つけようと荒野に出かけて行ったよ
      うに」

 婆様  「神よ、た~た~えまつれ!」

 ケーシー「キリストも、いろんな悩み事に弱ってしまって、何もよい考え
      が浮かんでこなかった」


♯24
 岩と土塊だけの丘の上を行くケーシー
     「いったい、こんなことをしていて何の役にたつのか。疲れたん
      だ」

 丘の上の荒野に立つケーシー
 どこかキリストと重なって神々しくさえ見えるケーシー

     「魂もへとへとに疲れてしまったんだよ」

     「わしもキリストと同じように疲れ切ってしまった」

 風にまるめられた枯れ草が、ケーシーの足元を転がって行く

     「そこに丘があり、そこにわしがおる」

     「わしと丘はもはや二つのものではない」

     「わしらは一つになっていた」

 丘の上の荒野に立つケーシー

     「わけがわからなくなってしまって…そして、わしは知ったんだ 」

     「そして、わしは考えはじめた…」

     「いや、考えよりもっと深いものだ」

 ケーシーの横顔、風が髪をもてあそぶ

     「わしは知ったんだ。わしらは一つになっているとき、…
      神聖なんだ」

     「そして一人でも、みじめでけちな人間が、暴れだしたり、…
      自分勝手なことをやらかしたり、喧嘩したりすると」

     「それは、もう神聖ではなくなるんだ」

     「しかし、みんなが一緒に働いて、一人が大きな全体に
      結ばれれば、…それは正しいことで、神聖なんだ」

♯25
 家の中、頭を垂れたままの人々

 ケーシー「わしが以前よくやったようなお祈りの言葉は、…
      いまはとても言えないんだ」

     「わしはこの朝食の神聖さを喜んでるんだ」

     「わしは、ここに愛があることを喜んでる、それだけだよ」

     「わしは、みんなの朝食を冷たくしてしまったようだ」

     「アーメン」
 全員  「アーメン」

 頭を上げ、朝食を食べ始める人々


♯26
 朝食を終え、戸外に立つ父親、トム、ノア、爺様、ケーシー
 散らばった家具、農具

 トラックの傍らに立つトム、父親たち

 エンジンを覗くトム

 父親  「こいつを買う前にアルが調べてくれたんだよ、大丈夫だってね」
 トム  「やつに何がわかる? 生意気ざかりの小僧っ子じゃねえか」
 父親  「やつは去年まで会社でトラックの運転手をしていたんだ」
     「生意気な小僧だが、なかなかよう知っとるようだぜ、アルは」
 トム  「やつは、いまどこにいるんだ?」
 父親  「それよ。やつはさかりがつきやがって、ここら中の女の子の
      尻を追い回してるんだ」

     「生意気ざかりの十六の小僧っ子だが、もう女の子とエンジン
      以外のことは、何も考えていやしねえ」

     「まったく、しょうがねえ生意気な小僧さ」
 生意気そうなアルの顔がオーバーラップ

 父親  「もう一週間も帰ってきてねえよ」
 爺様  「わしなんざ、もっとひどかったもんじゃ」
     「わしは、ずいぶん悪じゃったよ。ならず者と言われても仕方な
かった」
 トム  「いまでも、ならず者に見えるよ、爺様」
 爺様  「うん、そうかもしれん。今じゃ、若い頃の元気は全くねえがな」
     「好きなときにオレンジがもげるカリフォルニアに、早いとこ、
      連れて行ってもらいてえもんだ」

 トム  「ジョン叔父はどこにいるんだ?」
 ジョン叔父の顔がオーバーラップ
     「ローザシャーンはどこにいるんだ?」
 ローザシャーンの顔がオーバーラップ
     「ルーシーやウィンフィールドはどこにいるんだね?」
 ルーシーとウィンフィールドの顔がオーバーラップ

 トム  「誰もまだ、あの連中のことを聞かせてくれなかったぜ」

 父親  「誰もわしに聞かなかったからな。ジョンは荷物を売りに…
      サリソーに行った」
     「…ポンプや道具や鶏や…わしらが持っていたもの、みんな持っ
て行った」
     「ルーシーやウィンフィールドを連れてな。夜明け前に出て行っ
      た」
     「ローザシャーンだが、あれはコニーの家族たちと住んでるだよ」
     「うん、そうだ、おめえはローザシャーンがコニー・リバースと
      結婚したことさえ知らなかったな」

 父親  「コニーを覚えてるだろ。いい若者だよ」
 コニー・リバースの顔がオーバーラップ

 父親  「それにローザシャーンは、あと四、五ヶ月もすりゃ赤ん坊が
      生まれるんだ」
 トム  「へえ! ローザシャーンはまだほんの子供だったじゃねえか」
     「それが赤ん坊を生むって言うのかい」
 父親  「ちょうどいま腹がふくらんでるとこだ。元気そうだよ」
 トム  「四年間もいねえと、まったくいろんなことが起こるんだな」
     「お父っつぁん、西部へは、いつ出発するつもりだい?」
 父親  「うん、まずここらの物を売り払わなきゃなんねえ」

     「アルが夜遊びから戻ってきたら、トラックで売り払ってくる
      だろう」

 父親  「そうしたら、たぶん明日か明後日には出発できるな」
     「わしらは大して金を持ってねえ」
     「ところが、人の話じゃ、カリフォルニアまで…
二千マイルもあるってことだ」
     「早く出かけるほど、確実に向こうに着ける」
     「金ってやつは一分ごとにこぼれ落ちていくからな」

     「おめえはいくら持ってる?」

 トム  「二ドルしかねえよ。どうやって金を作ったんだい?」
 父親  「家にあったもんを全部売っちまったんだよ」
     「それから家中のものが綿摘みの仕事をしたんだ、爺さまもな」
 爺様  「そうとも、わしもやったよ」
 父親  「みんな合わせて二百ドルになった。このトラックに七十五ドル
      払ったんだ」
     「わしとアルとでな、こいつを半分に切って、この後部を…
      作りあげたんだ」

 見るからに変な形をしたトラックの全形

 父親  「出発するときにゃ、たぶん、わしらの金は百五十ドルぐれえに
      なってるだろう」
     「たぶん、この古タイヤじゃ、遠くまでもたねえだろう」

 トラックのタイヤを軽く蹴飛ばす父親
     「予備の中古タイヤを二つばかり買ったよ」
     「いずれ途中で、いろんなもんを買わなきゃなんめえ」
 
 斜めに差し込む強烈な太陽
 トラックの荷台の影が、地面に幾本もの棒状の列をつくっている

 ノア  「あの側板を、みんなはめ込めば、この荷物は全部積めるぜ」
     「積んでおけば、アルが戻ってきたら…」
 トム  「俺だって運転できるぜ、マカレスターで運転していたんだ」
 父親  「そいつはいい」

 道路の方に目をやる父親
 肩をそびやかして歩いてくる若者の姿

 父親  「ちょうど生意気な小僧が、しっぽを巻いて戻ってきたようだ」
     「すっかりくたびれたという格好だぜ」
 
 庭に入って来るだらしのない格好のアル
 踵の高い靴、ジーンズのズボン、幅広のベルト、
 カウボーイハットを横っちょに被り、肩を揺すり、
 格好をつけて歩いてくる

 トムの姿に気づく
 
 トム  「よう、まるで空豆のように大きくなっちまったじゃねえか」
     「これじゃ、道で会っても気づかねえな」

 がっしりと握手する兄弟

 トム  「おめえはトラックのことをよく知ってるそうだな」
 アル  「ろくに知りゃあしねえよ」
 父親  「あちこちぐれてやがったな」
     「おめえ、この荷物をサリソーへ売りにいかなきゃなんねえだぞ」
 アルがトムに向かって言う

 アル  「いっしょに乗らねえかい?」
 トム  「いや、だめだ。俺はうちで手伝いをする」
     「俺たちは…みんなで出発するんだからな」

 アル  「兄さんは…脱…脱獄してきたのかい? 刑務所から」
 トム  「いや、仮釈放になったんだ」
 アル  「ふうん…」


♯27
 売り物の家財道具を満載して庭を出て行くトラック
 もうもうたる土埃をあげて走り去る


♯28
 サリソーの町
 家財道具、農具類等を満載した荷車、トラック、馬
 売買に殺気立つ人、人、人

 農夫1 「上等の鍬が五十セントじゃひでえよ」
 買い手1「手鍬なんて、もう売れねえんだよ。金具の目方で五十セントだ」
 農夫1 「その種まき機は三十八ドルもしたんだぞ。二ドルはひでえよ」
 買い手1「どう見たってガラクタじゃあねえか。二ドルだな」
 農夫1 「じゃあ持ってきな、がらくた全部をな。そして五ドルくんな」
     「いいかい、あんたは、ただのガラクタを買ってるんじゃねえ」
     「がらくたになった命を買ってるんだ」
     「もう一つ言っとくが…今にわかるが…恨みも買ってるんだ」
 買い手1「五ドルじゃ買わねえ」
 農夫1 「引きずって持って帰るわけにゃあいかねえ。四ドルで買ってく
      れ」

 二頭の馬と荷馬車を交渉しあう男たち
 農夫2 「この馬と荷馬車でいくら出すだ?」
     「見ろ、見事な栗毛だろ。見ろ、あの張り切った膝と尻」
     「朝になりゃあ、光が当たって、栗毛色に輝くだ。いくらだい?」
 買い手2「十ドルだな」
 農夫2 「十ドルだって! 二頭でかい? それに馬車は?」
 買い手2「全部で十ドルだ」
 農夫2 「なんてこった! 打ち殺して犬の餌にしたほうがましだ!」
     「ええい、持ってけ! 早いとこ引き取ってくれ」
     「いいかい、おめえさんは、口には言えねえ悲しみも買ってるん
      だ」
 
 サリソーの町
 トラック、人、荷車、人、荷馬車、人…
 砂埃の中、あちこちで売り手と買い手の怒声が続いている

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