芳野星司 はじめはgoo!

童謡・唱歌や文学・歴史等の知られざる物語や逸話を写真付でエッセイ風に表現。

風太郎の独休庵

2016年03月20日 | エッセイ
                                                                                         

「エッセイ散歩 硝子戸の中」に、幕末の夏目家に押し入った「御用盗」について触れた。
 御用盗は西郷隆盛が、薩摩藩の益満休之助に組織させたゲリラ部隊である。益満は西郷の片腕とされたが、表舞台で活躍する西郷の影を担ったと言われている。
 御用盗は裕福な家に押し入り、軍資金を要求し奪い去ったとされる。目的は幕府軍を討伐するための官軍の軍資金づくりであり、新政府樹立の際の国家運営資金づくりである。御用盗のもうひとつの大きな目的は、江戸の治安を悪化させ、人々を不安に陥れ、民心を幕府から引き離すことにあった。
 彼らは薩摩藩の最下級武士、食い詰め浪人、やくざ、盗賊や凶悪な犯罪人等で組織された。その犯罪集団の組織者、隊長が益満休之助なのである。漱石の「硝子戸の中」にもあるように、おとなしく金を出せば命までは奪わないと言っていたが、実態は凶悪な犯罪集団で、人殺しも放火もやったらしい。
 凶行後に江戸の役人たちに追われて、逃げ込んだ先が薩摩屋敷であったため、薩摩藩はこれらの事件を覆い隠すため、「逃げ込んできた盗賊」数人の首を役人に差し出し、御用盗そのものをうやむやにした。
 益満休之助はその後上野戦争で彰義隊の流れ弾に当たって死んだとされる。

 山田風太郎の傑作時代小説群に「明治時代小説集」がある。その中に「地の果ての獄」があり、顔中が濃い髭で覆われた謎のアル中の医師が登場する。この男はアイヌの衣装をまとい、誰が見てもアイヌであった。雪の中を橇で移動し、大酒飲みで、剛胆で緻密、かつ無茶苦茶で投げやりな男であった。胸を患っているらしく、咳き込んでは白雪を鮮血で染めた。その名を独休庵という。

 ドク・ホリデーは映画「荒野の決闘」や「OK牧場の決斗」「墓石と決闘」で知られるアメリカのガンマンで、アル中の歯医者である。彼、ドク・ホリデーはむろん実在の人物である。
 映画「OK牧場の決斗」ではドク・ホリデーをカーク・ダグラスが演じ、「墓石と決闘」ではジェイソン・ロバーズが演じていた。ジェイソン・ロバーズのドク・ホリデーが一番いい。
 山田風太郎の「地の果ての獄」の謎のアル中医師の独休庵は、実は益満休之助らしいのである。彼は上野戦争では死んでいないのに、流れ弾で死んだものとして姿を消した。また政府の指導者・西郷隆盛の前から姿を消す必要もあったのだ。そして北の地の果てに、独休庵と名を変えて生き延びていた。さすが天才・山田風太郎の物語である。
 それにしても独休庵とは。もちろんドク・ホリデーのもじりなのである。上手いなあ、山田風太郎のこの命名。面白いなあ、山田風太郎は。この「地の果ての獄」に有馬四郎助や原胤昭が登場するが、むろん彼らも実在の人物である。
 山田風太郎の「明治小説全集」は全14巻もあるが、いずれも何度読み返しても飽きることがない。この一連の小説から、私が知らなかった多くの驚くべき実在の人物たちを知り、彼らの事績を調べ、学んだ。
「地の果ての獄」の有馬四郎助と原胤昭のことである。有馬は薩摩の益満家の出で、幼くして有馬家の養子となった。彼は日本の監獄における受刑者の待遇改善、矯正に生涯をかけ、受刑者の社会復帰に心を砕いた。
 原胤昭は元八丁堀同心の十手持ちであり、日本の偉大なキリスト者の一人である。原は地道な伝道活動を続け、特に監獄の受刑者にキリストの愛を説き、その改心と矯正、社会復帰につとめた。原は風太郎の一連の作品に度々登場する(主役もつとめている)。
 益満休之助という名も「地の果ての獄」で初めて知った。調べると、彼は西郷隆盛の影を担い、歴史上から姿を消したのである。西郷は巷間伝えられるイメージとはかけ離れた「策謀家、陰謀家、謀略家」であった。その暗い影の部分こそ、益満休之助が担ったらしいのである。益満休之助は、有馬四郎助(有馬家に養子)の益満家一族の誇りとされた人物であったが、西郷の影となってからは、休之助について一族の者も口をつぐむようになったらしい。益満休之助は上野戦争で戦死したことにされたが、彼の存在も死も謎に包まれたままである。天才・風太郎は彼を北の大地に生き延びさせたのである。うまいなあ。独休庵か。うまいなあ。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿