アート&クラフト フリーマーケット<土澤>2010 :N2STUDIO

2010-11-09 17:23:45 | AROUND THE N818

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アート&クラフト フリーマーケット<土澤>2010 :N2STUDIO  今回、実にN2STUDIOに関する検索が多かった為、あいつらはなんだったのか?を説明する義務に駆られ、此処にそれを説明すべく、立ち上がったの、でした。

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全体として、個人の趣向として、個人の趣味によって、僕はエカキを始めとするアーティストをリスペクトはしない。彼らの作り出すモノは、時に、良かったり、衝撃的だったり、笑いを誘ったり、変に精神を不安定にさせられたりするけど、作り出すモノに出会わなければそんな目に遭うこともない。会いたいこともあるけど、日常を何事もなく送っている僕自身としては、余計なモノのような気もする。多分、僕だけでなく、大抵の人はそう感じるはずだと思う。

それでも、アーティストは居なくならない。余計な表現は無くならない。これは断言できる。

普通の人(表現しない人)と、エカキを始めとする『表現する人』この間には何がある?どんな断絶がある?

表現する人については、こう言い換えることができる。『表現セザルヲ得ナイ人』。何かを創り出す時には、動機とか目的とか意思が必要だったりする。簡単な例を挙げると、「売れるから」とか「楽しいから」とか「作らないと無いから」とか「必要だから」とか、…そんなところ。これらは、ここで言う意味でのアーティストの行為・目的ではない。

空白の時間を周りに持っていて、その空白に耐えきれない人たちが、ここでの題材だ。  僕も空白の時間を持っているが、僕は空白の時間を埋めることができる。だから、絵などを描いたりた、彫刻したり。詩を作ったりはしない。週刊誌を読んだり、酒を飲んだり、ネットショッピングを楽しんだり、本を読んだり、ギターを弾いたりする。アッ!トイウ、マニ、カンタンニ、ワリト、スキマナク、ウマル。

『表現セザルヲ得ナイ人』も、同様のことで対処もするだろう。しかし、埋まらない。それどころか、空白の時間が膨張するように感じる。何をやっても、無駄。どうあがいても、無駄。そんな時に、例えば色鉛筆を取り出す。少しでも、空白の時間に色彩を入れる。多分、この行為でしか、空白の時間の膨張は止めることができない。熱心に、注意深く、大胆に、一心不乱に、色を入れる。  空白の時間に耐えられない、と言うのは、僕が勝手に想像しているだけのことで、違うだろうと思う。なんとなく、言葉としてそういう耐えられない焦燥感みたいなものをあてがっているだけなんだけど、なんでもいいけど、なんでもよくない居心地の悪さみたいなのが創作のエネルギーのような気がするって、だけ。そういう病巣を、持っているような気がする、だけ。

そういう事情を持ってる人が表現をする人だと思う。その事情から、同情はするけど、リスペクトはしない。だからと言って「勝手にやってろ!」とも、何故だか言えない…そんな、立ち位置に、僕は、居る。そういう事情がよく見えるところに、居る。そういう事情に感染しないよう、心がけても、いる。

 

N2 STUDIO の内部事情は、大体こんなところだ。ちゃんと、リアルに書けていると思う。

 

 

土沢で僕らを見て、びっくりした人たちが、これを見て、安心できたらいいな。

 

 

 

これも、勝手な想像なんだけど、いきなり作品が売れて、同じようなものがどんどん売れていって、ブームになって、生活に困らなくなって、空白の時間が吹き飛んで、やたら忙しくなって、やたら騒がしくなって、ある日「自分は何をしたいんだろう?」と、突然、呆然としてしまって、なんてこともあるんだと思う。この前、テレビで見た気がする。

付き合ってられない・・・「勝手に、やってろ!」

 


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