リンポウアカデミア

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死者の書161230

2016-12-30 08:37:16 | 日記

折口信夫、「死者の書」より。「そうして、なお深い闇。ぽっちりと目をあいて見廻す瞳に、まず圧しかかる黒い巌の天井を意識した。次いで、氷になった岩牀。両脇に垂れさがる荒石の壁。したしたと、岩伝う雫の音」。「時がたった――。眠りの深さが、はじめて頭に浮んで来る。長い眠りであった。けれども亦、浅い夢ばかりを見続けて居た気がする。うつらうつら思っていた考えが、現実に繋って、ありありと、目に沁みついているようである」。「おれはまだお前を……思うている。おれはきのう、ここに来たのではない。それも、おとといや、其さきの日に、ここに眠りこけたのでは、決してないのだ。おれは、もっともっと長く寝て居た。でも、おれはまだ、お前を思い続けて居たぞ。耳面刀自。ここに来る前から……ここに寝ても、……其から覚めた今まで、一続きに、一つ事を考えつめて居るのだ。古い――祖先以来そうしたように、此世に在る間そう暮して居た――習しからである。彼の人は、のくっと起き直ろうとした。だが、筋々が断れるほどの痛みを感じた。骨の節々の挫けるような、疼きを覚えた。……そうして尚、じっと、――じっとして居る。射干玉の闇。黒玉の大きな石壁に、刻み込まれた白々としたからだの様に、厳かに、だが、すんなりと、手を伸べたままで居た」。「おれは、このおれは、何処に居るのだ。……それから、ここは何処なのだ。其よりも第一、此おれは誰なのだ。其をすっかり、おれは忘れた。だが、待てよ。おれは覚えて居る。あの時だ。鴨が声を聞いたのだっけ。そうだ。訳語田の家を引き出されて、磐余の池に行った。堤の上には、遠捲きに人が一ぱい。あしこの萱原、そこの矮叢から、首がつき出て居た。皆が、大きな喚び声を、挙げて居たっけな。あの声は残らず、おれをいとしがって居る、半泣きの喚き声だったのだ。其でもおれの心は、澄みきって居た。まるで、池の水だった。あれは、秋だったものな。はっきり聞いたのが、水の上に浮いている鴨鳥の声だった。今思うと――待てよ。其は何だか一目惚れの女の哭き声だった気がする。――おお、あれが耳面刀自だ。其瞬間、肉体と一つに、おれの心は、急に締めあげられるような刹那を、通った気がした。俄かに、楽な広々とした世間に、出たような感じが来た。そうして、ほんの暫らく、ふっとそう考えたきりで……、空も見ぬ、土も見ぬ、花や、木の色も消え去った――おれ自分すら、おれが何だか、ちっとも訣らぬ世界のものになってしまったのだ」。「足の踝が、膝の膕が、腰のつがいが、頸のつけ根が、顳※(「需+頁」、第3水準1-94-6)が、ぼんの窪が――と、段々上って来るひよめきの為に蠢いた。自然に、ほんの偶然強ばったままの膝が、折り屈められた。だが、依然として――常闇、とこやみ」。「其時の仰せには、罪人よ。吾子よ。吾子の為了せなんだ荒び心で、吾子よりももっと、わるい猛び心を持った者の、大和に来向うのを、待ち押え、塞え防いで居ろ、と仰せられた」。あの時も、墓作りに雇われた」。「廬の中は、暗かった。炉を焚くことの少い此辺では、地下百姓は、夜は真暗な中で、寝たり、坐ったりしているのだ。でもここには、本尊が祀ってあった。夜を守って、仏の前で起き明す為には、御灯を照した」。「おれは活きた。
闇い空間は、明りのようなものを漂していた。併し其は、蒼黒い靄の如く、たなびくものであった」。

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