浜岡原発永久停止裁判 原告団・弁護団・支援組織共同ブログ

 中部電力を被告にした浜岡原発永久停止裁判(静岡地裁浜松支部)の原告団・弁護団・支援組織の共同ブログです

浜岡原発の事故・故障(2013年3月19日現在、林弘文作成)

2013年03月23日 11時16分10秒 | 浜岡原発について

 静岡県の会代表の林弘文さんからいただいたものを著者の許可を得て掲載します。

 

浜岡原発の事故・故障(2013319日現在、林弘文作成)

 

浜岡原発1号機(電気出力54万kW沸騰水型、Mark-1、11976年3月営業運転開始)

               2009年1月運転終了。廃炉。)

 〃  2号機(電気出力84万kW沸騰水型、Mark-1、1978年11月  〃   )

       2009年1月運転終了。廃炉。) 

 〃  3号機(電気出力110万kW沸騰水型,Mark-1改良、1987年8月 〃 )

 〃  4号機(電気出力113.7万kW沸騰水型、Mark-1改良11993年9月〃 )

 〃  5号機(電気出力138万kW沸騰水型改良型、Mark-1改良2005年1月〃)

 

1974年10月(浜岡1号) 試験運転中、再循環配管バイパス管に「応力腐食割れ」発見。

      加工時にひずみが残り、使用する水の温度さで、溶接部に平衡に長さ12mm

、深さ2.4mmのひびが発生。             

 

1975年10月(浜岡1号) 燃料保護容器チャンネルボックス損傷の恐れ―冷却水孔閉塞。

 

1976年3月26日(浜岡1号)主蒸気隔離弁パッキング部より水の滲み―原子炉1日停止

点検修理。

 

1976年5月23日(浜岡1号) タービン湿分分離器レベル・スイッチ不調のためタービ

ントリップし、原子停止。

 

1976年6月5日(浜岡1号) 再循環ポンプM-Gセットトリップで出力低下。

 

1977年9月25日(浜岡1号)定期検査中、圧力容器の給水スパージャー近辺部分にひび

割れ発見。熱的疲労(炉内温度280度、給水温度180度)による。グ

ラインダーで削りとる。給水スパージャー付近の工法を改良した。

同じく圧力容器の制御棒駆動水戻りノズル部にひび割れ発見(奥行き20

cm、深さ最大9mm。16mm厚さを削り取り、炭素鋼に達する。熱的

疲労(制御棒駆動水温度30度)によるもので、ノズル部分を塞ぎ使用を

やめた。

 

1977年11月4日(浜岡1号)定期検査中、再循環系ライザー管の応力腐食割れ発見。

 

1977年11月12日(浜岡1号)定期検査中、制御棒駆動水戻りノズルのひび発見。

 

1978年2月22日(浜岡1号) 制御棒駆動水圧管(178本)すべて腐食、数本に水の滲

み発見、すべて交換。

       挿入用配管(外径3.4cm、肉厚4.5mm)98本

       引き抜き用配管(外径2.7cm、肉厚3.9mm)98本

       そのため、1978年12月20日まで、約1年半原子炉停止。

世界に例がない。 

 

1978年6月(浜岡1号)放射性廃棄物入りドラム缶放置など、放射線管理不良で労働基準

局検査。(内部告発による)。

 

1979年3月22日(浜岡1号)給水制御系の警報設定器誤作動で原子炉停止。

 

1979年4月18日(浜岡1号)B-補助ボイラー蒸気管の損傷発見。

 

1979年12月  浜岡原発周辺採取の松葉、カキ殻からマンガン54、コバルト60 検出。

       (名大理学部、古川研究室分析)。静岡県および中部電力でも追試し、浜岡

原発起源と確認。)

 

1980年2月4日(浜岡2号)原子炉冷却材浄化系再生熱交換器逃し弁出口温度上昇を発見。

        原子炉を停止し、2月10、11日発電停止し、同逃し弁内面を研磨ししま

り具合調整。

 

1980年3月15日(浜岡1号)A-補助ボイラーを点検中、蒸気管からの水漏れ発見。

 

1980年9月29日(浜岡1号)高圧給水加熱器の小配管から蒸気漏れ発見し、原子炉を停

止して点検。ベント管の内面浸食で減肉、小孔を発見、炭素鋼をステン

レス鋼に交換。

 

1980年12月24日(浜岡2号)調整運転中、B-原子炉再循環ポンプM-Gセット停止。低

出力運転を継続。

 

1981年4月23日(浜岡2号)格納容器内のバルブのパッキング部の圧力逃し配管の温度

上昇。3日間原子炉停止。

 

1981年7月20日(浜岡1号)濃縮廃液ポンプの軸封水用配管の切損 約1トンの廃液漏

れ、廃液中のソーダが炭素鋼を腐食。ステンレス鋼に交換。

 

1982年2月2日(浜岡2号)調整運転中、格納容器内の弁駆動用窒素系から窒素ガス漏れ。

原子炉停止。

 

(1982年から1985年の間、中部電力から原子炉の事故・故障が1件も報告されていない。

 しかも、13か月もの連続運転を行っている。夏季に行っていた自主点検は、「正常に運転

している原子炉を止める方が危険性が高い」との理由でとりやめている。そのためか、1987

年以降、原子炉の事故が急増している。無理な運転か、老朽化のためではないかと思われ

る。)

 

1985年4月25日(浜岡1号)運転中,主蒸気止め弁の寸動試験で試験装置の不調を発見。

点検・補修のため出力低下。

 

1985年7月24日(浜岡2号)定期検査中、屋外循環水配管の塗装作業者1名転落死。

 

1986年9月26日(浜岡2号)取水路内部で1名死亡。

 

1987年8月28日(浜岡1号)原子炉再循環ポンプ停止制御回路の電源系統(電磁接触器)

の損傷と同停止系制御回路の補助リレー端子リード線接触不良から再循環

ポンプ1台停止、タービン停止、原子炉自動停止。

 

1988年2月1日(浜岡1号)原子炉再循環ポンプ駆動設備の保護装置電源スイッチ(電磁

接触器)1台損傷、その結果、再循環ポンプ2機とも停止、出力は約1分後に54万kWから22万kWに急降下。点検のため原子炉停止。

世界的に例がない。

 

1988年5月22日(浜岡2号)高圧注入系蒸気管のドレン配管から水漏れ

       水(液体の相)と蒸気(気体の相)が流れているときに起こる浸食で

       配管内面に馬蹄形のへこみができ、最大の部分に穴があいた。

 

1988年7月20日頃(浜岡2号)原子炉再循環ポンプB封軸部冷却本体と冷却水配管を結

ぶフレキシブル・チューブ銀ろう溶接部に亀裂―水漏れ。原子炉を止め、

点検・交換。

 

1988年9月17日(浜岡1号)定期検査中、圧力容器下部から2~3秒に1滴の水漏れ。(日

本ではじめての事故)インコアモニタ・ハウジング(炉内計装管を収納す

るため圧力容器下部に取り付けられている管)30本中1本に長さ13mm

の傷が発見された(ヘリウム漏洩テスト、空気泡テスト、ファイバースコ

ープによる内面目視検査、渦電流探傷試験、超音波探傷試験を実施)。原因

は溶接を丁寧にやりすぎ、引っ張り残留応力があり、応力腐食割れと判断。

容器内の1次冷却水・燃料をすべて抜き取り、圧力容器の洗浄。放射能の

低下を待ち、人海戦術での修理が必要。

 

1988年10月1日(浜岡2号)6月17日からの定期検査で、高圧注入ポンプの異常振動

があり、異物が定検中に混入し、羽に絡みついていた。

 

1989年5月9日 中部電力と公害連との交渉

        浜岡1号機の圧力容器からの1次冷却水漏れ事故についての検査方法と

結果の説明 傷の形状、鋭敏化から「応力腐食割れ」と結論。

 

1989年9月19日(浜岡3号)定格出力運転中、主蒸気隔離弁の作動試験で、8弁のうち1

弁の作動が確認できなくて、原子炉を停止。弁を分解して調査すると、弁体

摺動ガイド(ガイドリブ)にわずかなへこみがあり、弁体の下部ガイドにあ

たり弁体に引っかかっていた。原因は蒸気の流れで弁体が振動し、ガイドリ

ブに弁体下部が繰り返して接触したと推定。へこみ部分をステライトで肉盛

り溶接して元にもどした。

 

1989年10月12日 中部電力と公害連との交渉 

      浜岡2,3号機事故の説明、および1号機の事故の再説明

 

1990年4月24日  中部電力と公害連との交渉

     浜岡原発1号機の事故の再々質問。浜岡1,2,3号機の運転状況、同4号機の

     建設状況についての説明。

 

1990年10月25日 中部電力と公害連との交渉

    1号機:6月17日に第11回定期検査に入る。1988年、1989年、インコアモニタ

―ハウジングで騒がせた。今回、原子炉停止時にヨウ素131の度が高く出

たので燃料368体すべてチェックした結果、5体から漏れが発見。

       被覆管が剥がれる損傷で、1体は日本核燃料開発に、4体は英国燃料会

       社に送る。

     2号機:昨年10月9日より運転再開。4月29日に原子炉圧力スイッチ2系列の

1つが誤作動したので取り換えた。6月26日から中間点検で10日間運

転停止。

     3号機:5月13日から運転再開。順調に運転。

     4号機:原子炉建屋、タービン建屋の地下1,2階建設。格納容器(高さ38

m、直径24m)を3月15日に組み立て開始し、9月18日に検査を

         うけて完成。

 

1991年10月20日 嶋橋伸之(29歳)が慢性骨髄性白血病で死亡。

          中部電力の孫請け会社「協立プラントコンストラクトkk」で、

          1981年3月~1989年12月の8年10カ月、中性子計測をして50.63

mSv(ミリシーベルト)を被曝した(死後、両親のもとに返された

放射線管理手帳から、慶応大学の藤田裕幸先生が計算した結果)。

 

1993年5月6日、嶋橋正秀、美智子(伸之氏の両親)が、藤田先生と渡海弁護士の勧めで

磐田労働基準監督署に労災認定。

 

1993年9月3日 浜岡4号機 運転開始。

 

1994年2月29日 中部電力 1993年2月24日~1994年2月29日まで、浜岡原発では

         1件の事故、1件のトラブルは発生していない(中電報告)。 

 

1994年3月16日 静岡県磐田労働基準監督署所長に労災認定の署名用紙378,184名のう

ち、129,731名を提出(残りは、労働省と科学技術庁に提出)。

 労災認定基準

 1976年11月8日付け、労働省労働基準局長から、各都道府県労働基準局長あてにださ

れた通達「基発第810号」は、「電磁放射線に係る疾病の業務上外の認定基準について」

 電離放射線に係る疾病とは

(1)急性放射線症

(2)急性放射線皮膚障害

(3)慢性放射線皮膚障害

(4)放射線造血器障害

(5)白血病

(6)白内障

の嶋橋さんは(5)に該当する。これについては「相当量の電離放射線に被曝した事実

があること」となり、相当量とは、0.5レム×(電離放射線被曝を受ける業務に従事した

年数)となり、8年10カ月を入れると、4.42レムとなる。44.2ミリシーベルト(mSv)

になるから、彼はこの規準を超えている。さらに、白血病については、「被曝開始後少な

くとも1年を超える期間を経て発生した疾病であること」という条件があるが、これも

越えている。その後、嶋橋伸之氏の労災認定はおりた。

 

1994年12月(浜岡1号)排ガス 放射能モニターで異常検出。

       希ガス1900億Bq。原因は燃料1体の被覆管にピンホール発生(後に、

       破損はひび状態と判明)。引き取り手がなく、2012年まで1号機のプール

       保管、現在5号機のプールに移送。            

 

 

2001年11月(浜岡1号) 作動試験中に緊急炉心冷却システム(ECCS)につながる配管

(厚さ約1cm、内径15cm)が突然破断。1ヶ月後、配管にたまった水

素ガス爆発と判明。手動で原子炉停止。

 

2002年4月24日 中部電力 浜岡1号機の制御棒駆動機構ハウジング部の漏洩の説明。

       余熱除去系配管破断の原因:原子炉内の炉水が放射線分解で、水素と酸素

が発生して、主蒸気と混合して運転とともに余熱除去系配管に集まり、蒸

気は凝縮するが、非凝縮の水素と酸素は配管の頂部に集まり、高温蒸気で

着火して水素と酸素の燃焼が急速に伝搬して圧力変動で破断した。対策と

しては余熱除去系蒸気凝縮系配管を撤去した。

       1,2号機の耐震チェックの実施結果の説明。

          

2002年5月25日(浜岡2号)緊急炉心冷却システム(ECCS)系配管の溶接部から放射

能を帯びた冷却水漏れが発見されて、原子炉停止。

 

2006年6月(浜岡5号機)低圧タービンの羽根が突然脱落。修理に8カ月。この年の稼働

率32.9%。

 

2006年9月 国の耐震審査指針改定 浜岡原発の基準地震動Ss800ガル。

 

2007年7月 新潟県中越沖地震 柏崎刈羽原発 破損 屋外変圧器火災。

 

2009年1月、浜岡原発1,2号運転停止、廃炉に入る。1165体の使用済み核燃料が燃料プ

ールにある。

 

2009年10月 台風18号で、御前崎佐倉の海岸の護岸堤防 破壊。

 

2011年3月11日 東北地方太平洋沖地震、大津波、福島第一原発の原子力災害発生。

 

2011年5月14日(浜岡5号)菅総理の要請を受けて、中電が原子炉停止した直後、5号機

復水器内の海水が流れる細管(直径3cm)が破損。細管付近の別の配管(直

径20cm)の蓋がはずれ、噴き出した水蒸気で、再管が破損した。400トン

の海水が流入し、うち5トンの海水が炉心に入った。 

 

 


浜岡原発永久停止裁判 第7回口頭弁論 2013年2月18日(月)雨

2013年03月01日 05時00分59秒 | 浜岡原発裁判の内容


2013年2月18日、浜岡原発永久停止裁判 第7回口頭弁論に先立って、当日10時20分、静岡地裁浜松支部に対して、浜岡原発永久停止裁判の第5次提訴の手続きを行い、訴状を提出した。
第5次原告は、静岡市を中心とした155人で、これまでの181人と合わせて336人の原告団となった。

浜岡原発永久停止裁判 第7回口頭弁論 2013年2月18日(月)雨

10:00 浜松市地域情報センターに原告や傍聴者が集まり始めた。

10:20 第5次提訴の手続きを行った。また、傍聴抽選のために裁判所内に集合した。

10:30 雨天のため、屋内の部屋で傍聴の抽選。76名が並んだ。
    抽選で外れた原告も30席分の原告席で傍聴に参加。傍聴席は満席となり、傍聴できない人は、ロビーや地域情報センターで待機した。
    参加者には事務局から、今日の裁判の日程や、第5次提訴の訴状の目次を紹介したチラシと感想用紙を配布した。参加者 約100人。

11:00 裁判が開始。
    裁判長は桐ケ谷敬三、右陪審(裁判長の左側)は石川慧子、左陪審(裁判長の右側)は小川敦。
   
 訴訟代理弁護士18名に新たに2名が加わり、計20名の弁護団のうち、今日の参加者は14名
 田代博之、大橋昭夫、塩沢忠和、杉山繁二郎、阿部浩基、北村栄、杉尾健太郎小池賢、平野晶規、加茂大樹、末永智子、山形祐生、北上紘生、堀江哲史。
    被告側は9名。
   
  最初に裁判長が原告から準備書面(4)が提出されたことの確認。
   
  大橋弁護士;第5次提訴を155人で行ったことを述べ、国も被告にした。玄海原発裁判では、国を相手にした。本件でも同じ形を取った。国は行政権限を持っているので、中電とともに、国が積極的に原発を動かしているので、運転差し止め訴訟としてやっていく。それでは、これから口頭で申し入れをしたいので(準備書面(4)の内容を)陳述する。
11:05~11:24 若手弁護士、山形祐生、末永智子、平野晶規の3人が陳述した。
  山形祐生弁護士;福島原発の被害の実態について。
   3・11東北大震災、強い地震動と津波。全電源喪失、メルトダウン、大量の放射能が外に出た。史上最悪の公害。重大な被害の発生。
 
      年間5mSV~20mSVの空間線量になること。自然放射能0.99mSVの数倍以上が福島を襲うことになる。放射性物質は、大気中、土壌、海に落ち、森林で落葉、落枝で、土壌を通して根から樹木に行き、森林生態系の内部循環に取り込まれてしまう。チェルノブイリ事故周辺の森林は、セシウム137の森林外への流出量は1%以下しかない。福島の森林のセシウムの移行量は、0.3%未満で、ほとんど移行しない。自然汚染の長期化は避けられない。
     
      福島原発事故による避難区域指定は、12町村にも及び、平成23年8月29日時点で、146,520人の避難人数に達した。住民は定住圏を追われただけでなく、自然環境や文化を失った。家族の離反、避難対象区域外の自主避難で、夫が地元に残り、母子の避難で、家族内の精神的負担が大きい。避難先で定職に就くことの悩みがある。職に就けば元に戻れない。小中学校で自由に外で遊べない。故郷や仕事を失い、外で遊べない、放射能に苦しみ続けている。
     
      健康被害で、リンパ球や白血球が下がる。低線量でも数年でがん、白血病が出る。子どもへの影響の心配。周辺住民だけでなく、国家事故調でも、原発作業員が100mSVを超えた人が167人いる。250mSVでは6人。周辺住民や原発労働者は、今後、放射能汚染による健康被害への恐れの元におかれる。
     
      除染で表土をはぎ取りをやっているが、限度がある。除染で取り除いたものを最終処分するまでの間、中間貯蔵するための仮置き場が決まらないので、庭に積まれブルーシートで覆われたのみ。除染されてもすぐに戻れる見通しはなく、いつ戻れるのか。
     
      賠償の件でも十分な対応がされていない。平成24年11月までの1年2か月、842件の和解。東電が被害者の訴えに歩み寄らず。東電の不誠実な対応。双葉郡の訴訟、東電に対して33億の請求に対して、9465万の回答で、請求額の2.81%に過ぎない。
      原子力損害賠償紛争解決センターに多くの被災者が和解の申し込みをしている。
      被害の経済的損失は、風評被害・財物の価値喪失で2兆6184億円、避難や営業損害、就労不能などの被害で1兆9000億円、廃炉費用が9643億円、この試算は2013年までの2年分のみ。
      前代未聞の事故。浜岡原発を抽象的なとらえ方でなく、現実の事故に裁判所は目を向けてほし
    い。
   
  末永智子弁護士; 原子力規制委員会が本年7月までに新しい基準を作成中。安全評価指針などの基準に、シビアアクシデントを加えている。既設の原発にも適用され、基準に合わないものは、稼働させない。
 
      ところが、新しい指針を既設の原発に適用するかどうかで、原子力安全委員会の見解は、改定後のものはこれからの原発に適用する。既設の原発には見直しの必要なしとした。2006年の指針で、バックチャックはなされず。これでは古い原発は新しい基準に合わなくても稼働できる。現在の科学的見地に反している。国会事故調では安全委員会の判断の背景には電気事業連合会が働きかけたからだと指摘した。
     
      バックチェックしていなくても、見直しをして、審査を受けることが認められた。それがなされなくても、動かせることで、バックチェック進まず。
      浜岡も新基準をクリアしなくては稼働できず。では、新基準をクリアできれば、動かせるのか。そうではない。
      新基準に不合理な弱点がないか、審査過程での判断に看過できない過誤・欠落がないか、裁判所は不合理な点、見落としがないか、新基準に適合しているのか、国に間違いはないのかなど、裁判所は判断してほしい。

平野晶規弁護士;5号機の海水流入のこと。

 H23年5月14日、細管43本が損傷。事故の原因は、復水器のポンプの配管の疲労限界からくる損傷と分析している。400立方メートル、400トンの海水が流入した。うち5トンが原子炉内に流入した。圧力容器、制御棒、再循環ポンプに流入。類似の例もない。ステンレス鋼の腐食問題になっている。

    腐食の現れ、原子力安全・保安院への報告によれば、制御棒や再循環ポンプなどに、茶褐色の付着物がある。腐食孔40か所、また孔が貫通している。
   
    原子炉内で、H24年9月14日、原子力安全・保安院の発表に伴い、中電の公表では、ポンプの一部の分解点検がされたのみ。H25年1月30日、圧力容器内でさびの確認。圧力容器の内側表面のステンレス、一部はブラシでこすっても除去できず。圧力容器本体にまで達してはいないか。腐食の状態をどう調べているか。見通しなし。
   
    狭い部分に残存しているところからの拡大も予想される。連結配管のすべても目視は困難。
    溶接部分は塩化物イオン、応力腐食割れも考えられる。微小な割れであっても、地震動で破壊される心配あり。
    海水の流入で原子力規制委員会は、2月1日、監視検討会で、H26年度半ばまでかかるとしているが、腐食がすすむことは明らかだ。

11:24 裁判長;被告はどうか。
  被告;特にない。
 
  裁判長;第5次の提訴が浜松支部であったが、第6次提訴も考えられる。それらの提出を待って、今後の審議のあり方について、協議の場を設けて、それを受けて考えたい。
    5次提訴で終わりではないという見通しでいいか。
  大橋弁護士;新しい訴状、内容を一新している。今までのものより内容を深めていると思っている。6次、7次でも同じような形でいく。それをもとに判断してほしい。
 
  裁判長;5次訴訟は、1~4次の主張を踏まえて、付加されているのでは?
  大橋弁護士;これまでのものと基本的には同じだが、深められたもの。最近のことも入れている。
  裁判長;基本的主張はほぼ同じとしていいか。
  大橋弁護士;それでいい。
  裁判長;次回期日は、5月27日(月)11時からとする。            11:30終了
 
11:40~ 地域情報センターで報告会
  司会;第2次原告団 大石信生さん
  原告団長・田代博之弁護士あいさつ;本日、浜岡原発永久停止裁判の弁論が行われたが、多くの原告団、傍聴団で、裁判所を包囲した。原発をめぐる情勢は、混とんとしている。安全神話を振りまいて、再稼働の動きが安倍政権のもとで進められている。日経連と結託して、陰謀を進めている。無視はできない。今日の弁論であったように、福島の事故の原点から教訓を学び、最高水準の安全基準の下に、正しい判断を求める道筋は、断固やりぬく。
      第5次原告団が結集した。大きな原告団となった。181人+155人、計336人の原告団、この結集には並々ならぬ努力があった。全国の先進的なたたかいに学びながら、県民の力を結集して、裁判所を包囲していこう。
      第5次原告の訴状は、国を被告にした新たな訴状である。また今日は新進気鋭の弁護士の奮闘が示された。被告は何も言うことなしと、黙して語らず。いつものことではあるが、どのように安全のことを言うのか。いまだ乗ってこない。法廷を支配していく力は市民の目を背景にしている。市民目線でたたかうことだ。
      1次から5次までの原告団として、原告団相互の意見交換、疑問を出し合って、深めてほしい。
    先行訴訟との連帯もしていこう。ともにがんばろう。
   
11:45~ 司会;1次から5次までの原告団と周りに県民の会がある。静岡県の会の代表、林弘文さん、お願いします。
      大橋弁護士が、静岡での予定があるので、さきに挨拶をしてもらいます。
大橋弁護士;155名の5次訴訟で、合計336人の原告となった。1000人の原告と大風呂敷を広げたが、我々の力であればやれるであろう。そうしないと、県下、津々浦々の人、安倍政権に押し切られてしまう。福島のことが忘れられつつある。忘れてはいけないことは、核のゴミが増え続けること。浜岡でもあと少しでいっぱいになる。将来に危険のツケをまわすことを、県民に知らせていきたい。マスコミもぜひよろしく。風化させてはいけない。大きな流れを作りたい。

11:49~ 林弘文さん;急にあいさつをと言われ、用意していないので、満足な話ができないが、5人の弁護士の話をただただ感心して聞いた。
   日本学術会議が、日本原子力委員会から、高レベル放射性廃棄物の処分に関する検討を依頼された。3年前から検討をはじめ、福島原発事故でさらに検討をして回答をしたが、難問題。
   核のゴミの国民的合意がない。深刻だ。2月の毎日の川柳「100年後 地球は核の ゴミばかり」
  長寿命の核種を短寿命に変えるとか、国内での暫定保管処分の提案をしている。
   アメリカのゴフマン博士は、1963年、アメリカの原子力委員会から驚く結果が出てもいいから、真理を知りたいという依頼で、放射線が人間に与える影響の研究を行い、1971年結果を発表した。放射線被ばくのことを詳しく述べて、原子力委員会と上下両院に報告した。しかし、電力会社から猛烈な攻撃を受けたと、「毒された電力」という本で書いている。低線量被ばくでも計り知れない影響を人類に与えると警告している。高レベル放射能にも目を向けて、低レベル放射能にも目を向けよう。一緒にがんばりましょう。
 
11:55~ 司会;1次から5次原告の代表を紹介したい。
  一次原告・清水さん;御前崎市を中心に35名の原告。原発ゼロをめざしてがんばろう。
  二次原告・大石さん;志太榛原を中心に48名の原告;
  三次原告・野沢さん;磐田、袋井、森での46名の原告;支援する会で15名が加入している。
  四次原告・桑山さん;天竜川以西で52名の原告;坊さんをしているが、原発反対。原発をなくす。人間の心の大事さを守り抜くのが坊さんの唯一の仕事。81歳になったが最後まで頑張りたい。
  五次原告・林さん;静岡市を中心に155名の原告;合計で336名になった。団結して勝利したい。福島では16万人もの方が避難生活。それを見て、浜岡を持つ静岡として、他人ごとではない。裁判と同時に、原発をなくす静岡の会の代表として、運動も行っている。1月に使用済み燃料のことで、知事と懇談したが、再稼働の状態にはないと明言した。2月23日に、原発をなくす会の総会で、レッドウルフさんを呼ぶ。3・11のあとに参加した人と以前からの人とが一緒にならないと運動にならない。新しい人と手を携えることが大切。
            3月10日は、静岡でなくす会がよびかけて、午前に集会、午後にライブコンサートを企画している。若い人が多く来てコンサートをする。原発をなくそうと、運動と訴訟とが一体となって、もっと、もっとがんばっていきたい。

12:03 司会;3人の新進気鋭の弁護士から、今日のポイントを話してもらいます。
  ・静岡法律事務所の山形です。満席の傍聴席の前での話で緊張した。原告のみんなが感じていること、法律論や難しい技術論ではなく、素朴な感情を伝えられたかなと思う。
   裁判所に分かってもらえたかなと。
                 
  ・静岡合同法律事務所の末永です。新しい安全基準について、口頭で述べた。普通の訴訟では書類の提出で終わりだが口頭で説明するのは初めて。インパクトが違う。意義深い陳述だったと思う。
 ポイントは、新基準に対して中電は満たしていると言うと思うが、形式だけではダメと言うことを主張したつもり。全力でとりくんでいきたい。

  ・浜松合同法律事務所の平野です。海水流入事故のこと。H23年5月14日、ふたが外れて、海水が400トン流入した。5トンが原子炉内に入った。世界的にも例がない。文献もない。中電の資料を見て、問題提起をした。海水が入り、茶褐色のものができ、孔も確認。原子力規制委員会で、会合が開かれ、検討を始めている。腐食の影響を確認して、被告に立証させたい。今後、情報を集めていきたい。
12:09 司会;参加者の中で、意見はありませんか。

    弁護団に新しい弁護士が加わったので、紹介します。
  ・名古屋第一法律事務所の堀江哲史です。2010年司法試験合格。2011年司法修習生の時、福島の事故に会った。この時期に弁護士になった人間として、原発にとりくむのは、私の使命だ。
                  子どもの事件に関心があり、次世代に原発を残すべきではない。
                  弁護士と言っても、昨年12月に登録したばかり。弁護士は当事者の声をもとに発言できる。みんなと力を合わせて原発をなくしたい。
                 
12:11 司会 国を被告にすることについて、塩沢弁護士に話をお願いします。
 塩沢弁護士;司会から、予告なく振ってきた。
    全国に運転差し止めの裁判は、たくさん起こっている。民間の電力会社と合わせて、国を被告にするのは、玄海と川内の九州の二つの訴訟のみ。この二つは同じ弁護団なので、我々としては、全国で二番目となる。
    国を相手にしたのは静岡空港の差し止めの裁判で、設置許可に対する行政訴訟だった。今回は、行政訴訟ではなく、民事の差し止め。法律のしくみで国を相手に出来るかが課題。訴訟自体が間違っていると、答弁してくるはず。九州でもそうだ。差し止めは、たたかいの中で判例を得る。
   
    法律的には、損害賠償は民法で決めている。損害発生前に、法的救済があるべきとして、不法行為として差し止めを求める。民間企業にやらせていても、それをやらせているのは国そのもの。国策が福島で見事に大失敗。国自体が不法行為をしているととらえるべき。原子力三法、企画、立案の権限を持っている。1960年代、地域に電源三法でお金をばらまき、総括原価方式で、適正なコストで、適正な利益を上げるよう、法律で決められている。廃棄物の処理は、国がやることになっている。民間がやることが当たり前なのに、国にやれということ。どう考えても国がやっている。
   
    これまでの日本の差し止めのたたかいで、国以外のものが運営することで、国に止めさせる、厚木基地の米軍の飛行を止めさせる。条約で国に権限なし。不可能なことを求めるのはダメと。しかし、原発を止める根拠を国は持っている。国が行政上の権限を行使しなくても、事実上の権限を持っている。形では民間にやらせていても、止める力を国は持っているので、国に稼働させるなということを求めている。九州だけでなく、ここでもやるべきと。九州の訴訟をもとに、訴状に盛り込んだ。新しい形態のたたかいの輪を広げてほしい。
   
11:20  司会;参加者の中で、要望や意見はどうですか。
  酒井さん;一次原告;最初に裁判をやってきたが、東部でやるとなると、手掛かりがない。1000人の原告と言われても、大変だ。ぜひ知っている人に声を掛けて、やってもらわないといけない。全県的なたたかいにしないといけない。5月、6月までというと、中電でも6次、7次がすべて出てからと言っているので、今回は、富士でも、山梨県でも動きがあったが間に合わなかった。知人があれば話をしてほしい。どう情報を伝達していくか。中谷夫妻がブログを立ち上げている。

11:24 司会;全体のことを落合さんにお願いしたい。
  落合さん;336人の原告団。一致団結してがんばろう。東部、伊豆、県外でも運動を広げたい。今日、大きな足がかりができた。知人に個別に話をしてほしい。
      同時に原告の交流、情報を組織の方針として、地域別の組織を作る。自主的動きを尊重しつつ、地域別にまとまりを作りながら、運動をすすめる。全体としては、情報担当者のブログにアクセスして、日常的に情報発信を。パソコンで「浜岡原発永久停止裁判」とすると、ホームページが出る。
      同時にさらに広げていくために、二つの日程を知らせたい。3月23日(土)午後、静岡市国労会館で、弁護団・原告団会議を計画している。今後の主張、準備書面の論点整理の検討、原告で意見を反映したい方は参加してください。
      二つ目は、全県的に「原発裁判・静岡県の会」を立ち上げた。第2回の役員会を3月30日(土)午後、藤枝生涯学習センターで行う。よろしく。
     
11:30 司会;島田で牧の原の茶地帯の工場の役員10人が原告団に加わった。紹介します。
  茶農協の役員を退任したが、絶対に原告団に加わろうと思った。いま生きているものの務めだ。一瞬のうちに、役員全員が原告に加わることになった。よろしくお願いします。
                           
                                                                            以上
                                      (文責;長坂(西部の会、浜松市在住)