浜岡原発永久停止裁判 原告団・弁護団・支援組織共同ブログ

 中部電力を被告にした浜岡原発永久停止裁判(静岡地裁浜松支部)の原告団・弁護団・支援組織の共同ブログです

浜岡原発裁判日記 4月7日(土) 第4次原告団第2回会議で原告の思いを語り合いました

2012年04月27日 05時51分31秒 | 浜岡原発裁判日記

浜岡原発裁判日記 4月7日(土) 第4次原告団第2回会議で原告の思いを語り合いました


  4月7日(土)午後、アィミティ浜松2F会議室で、浜岡原発永久停止裁判「第四次原告団」第2回会議が開かれ、第4次原告21人と弁護士1人が参加しました。

                                                 13:30開会~16:10閉会

13:30  あいさつ 原告副団長 渥美邦夫
   経過報告 事務局長  落合勝二
     補足 事務局員  中谷信和
   三つの裁判の現状報告 杉尾健太郎

   報告に対しての質疑
    「住民投票」の運動へのよびかけ。この会にはないが、どうするか。
    ・5/12までという時間的制約あり。
      ・原発ゼロを目指すとか、再稼働させないとかいろいろな運動があるが、再稼働するか、再稼働しないかだけでの住民投票には限界がある。 
      ・再稼働することに賛成の人も、再稼働反対の人も、誰でも署名をというのは、運動の方向性があいまいだ。
      ・弁護団にも申し入れがあったが、団としては対応しないで個々人が判断することにした。
      ・県連絡会も同様な見解だ。
      ・湖西の会では、運動の担当者をよんで、もっと趣旨を聞く機会を持つ予定だが、運動の進め方がよく見えてこない。
      ・西部の会でもいろんな意見があるので、会としての対応は一致できないので、個人個人が判断する。
       →個々人での対応ということが確認された。
     
14:03   以下、交流会での原告の発言を紹介します。

○ 児童文学作家。昭和6年生まれ。ハルピンで終戦を迎えた。浜岡原発ができる時から反対してきた。未来の子どもたちのために廃炉にしていきたい。孫のいるドイツでは原発をなくす方向に舵を切った。命をかけてたたかいたい。
 
○ スズキの労働者がOB3人と現役1人が参加。相良に校内最大の工場あり。四輪のエンジンすべてを生産している。原発から4kmのところにある。産業を維持するためにも、JRや高速道路など交通網を維持するためにもあまりに影響の大きい原発は廃炉しかない。

○ 15の春で国鉄の車両修繕の仕事についた。鉄は折れる。新幹線も時速200kmで走ると、1年半から2年たって、本体に亀裂が走る。突然亀裂が発生する。国が原発の安全をいうが、まったく信用できない。原発の溶接も信用できない。

○ 25年前、福岡から浜松に転勤して来た。原発の事故が起こるまで原発のことは何も知らなかったなと思う。子ども孫のために原発はなくしたい。県母親大会で福島のお母さんの話を聞く会を持つ。母親の中には原発のことでは温度差がある。

○ スズキのゴルフ場裁判。17年かかった。浜岡原発事故があれば絶対生きられない。逃げられない。不安な気持ちでいっぱい。知らないことがいっぱいある。今日は参加したよかった。
 
○ 浜岡原発の取水口のこと。最大隆起7mの可能性あり。隆起すると取水できなくなる心配あり。

○ 新婦人。えらい人は安全というが、もう騙されたくない。母親は戦争で騙された。静岡空港も赤字予測していたけど騙した。しかしやっぱり赤字。孫もできたし、孫のためにも廃炉にもっていきたい。

○ 生活と健康を守る会。福島の原発事故が起こったが、石川の志賀原発に仕事で行ったことがある。タービン建屋に入った。靴下・手袋・作業着を着て作業する。終わると放射線チェックをする。異常があると他の場所で検査を受ける。一日も早く原発を廃炉にしたいし、使用済み核燃料の問題もある。

○ 湖西の会から。50番目の原告。海の問題、魚の問題、気候の問題がある。三上市長は、映画「ひろしま」上映運動をした。600人がチケットを買い、途中でチケット販売を止めたほど広がった。当日は450人が参加。1500人の署名が集まった。アンケートの87%が「原発をやめてくれ」だった。市長を支持する市議会議員は18人中で3人。しかし、2/6に原発廃炉の意見書の要請をして、3/21に市議会全会一致で意見書が採択された。情勢が変化している。これからどう運動を広めるか。鷲頭駅前では通行人は素通りしていく。署名集めは大変だ。

○ 平和委員会。地震のけた違いの大きさのもとでの原発は廃炉しかない。

○ 東京から浜松に昨年2月に来た。弁護団の一員。東京では、中国残留孤児裁判、原爆症裁判、「日の丸」「君が代」裁判等にとりくんだ。中国残留孤児裁判では、国が残留孤児を守らないことを学んだ。原爆症裁判では、戦争終結に何の意味もない原爆を落としたが、壮大な人体実験であった。国は被爆者を救済してこなかった。「日の丸」「君が代」裁判は、東京都が教員を締め付け、自分の考えを持たず、発言しない子どもを育てることが目的だ。東京から移る時、福島か浜松かであった。浜松を選んだが、不謹慎化もしれないが、もし福島を選んでいたらと思うと複雑だ。同じ事故を起こしたくない、3歳の自分の子どものためにも原発をなくしたい。

 ○ ゴミ環境ネットで10年。30年、原水爆禁止の運動をやってきた。放射能のことを一番知っているのに、なぜ原発のことをやってこなかったのかという深い反省がある。何ができるのか。まず放射線測定器を自分たちで買って測定していくことにした。自分で判断することの大切さ。核実験や原発の周辺では女性のがんが多くなっている。低線量でも危険ではないか。3・11から一年経った。原発推進者は原発を作る前に「人間の心」が壊れてしまっていると思う。原発推進は、心の闇がないとできない。

○ 原水爆被害者の会で浜松支部長。5歳で被爆した。63年後に胃がんになった。4分の3を切除して4年が経過。早期発見でよかった。3.11は原爆の時と同じ光景だった。原爆につながる原発はやめなくてはいけない。二度とやってはいけない。会として廃炉にしようと、中電、北陸電力に申し入れを行った。国が決まらないので何も言えないという。原発を海外に輸出していくことも問題だと再度申し入れをする予定だ。「ひろしま」の映画をみて、肥田先生が、この映画はよく原爆のことをよく表現されているといって通りだった。

○ 浜北からの参加。これまでの積極的に原告になった人の発言は立派だった。新婦人から原告を一人ということで不純な動機で原告になった。しかし原発はいらないという思いはもちろんあるし、なくなるることを元気なうちに見届けたい。
○ 工学部を出て、化学の高校教員。退職後4年経ってまた高校の授業で、核化学のことをやった。原発の原理は知っていたが、高文研の「原発はなぜ恐ろしいか」の本をきちんと読んで、開発のことから、なぜ日本に多く原発があるのか、恐ろしい存在であることなどを生徒に教えた。工学部では応用のことをやるが、エネルギーでも技術的開発に力を入れてほしい。ドイツでは、国民が原発をどう考えるのかをオープンに議論している。大須賀町の臨済宗の住職が、日本仏教会で原発をなくそうということを決めたという話をしてくれた。

○ 1963年から70年まで横須賀高校に勤務していた。浜岡原発から10km~20kmのところの生徒が通学していた。浜岡原発は67年に建設が決定された。反対運動もあったが、安全神話に浸っていた。反対運動に関われなかった。海水温での漁業の影響くらいにしか考えなかった。きちんとやってこなかったので、反省をしたことを少しでも生かしたい。

○ 新婦人平和担当。核兵器や劣化ウラン弾のことから原発のウランのことを知って原発廃炉の気持ちが強くなった。3・11事故で原発反対に確信を持った。3・1ビキニデーで、これ以上被爆者を作ってはならないと思う。原発の存在で、世界中の人が被爆者になる時代になった。核兵器と原発は切り離せない。核兵器も原発もいらない。

○ 天竜区から。田代弁護士からの話で、原告に入れてほしいと申しこんだ。消費者協会という団体にいるが、ネットワークとしての意味がある。電磁波や紫外線の調査をしてきた。放射線の聞き取り調査もしてきた。500ベクレルでも心配、71%の人が表示をしてほしいと希望している。天竜区の一年分のお茶を購入し、放射線の測定をした。県の委託金で静岡の放射線測定室が測定した値だと312ベクレル出た。声を大にして知らせたい。ドイツの「フクシマのうそ」という情報がある。いろんな団体があるが、横のつながりがないのが残念。

○ 原水爆禁止浜松市協議会の事務局長をしている。核兵器をなくそうと運動をしてきたが、原発反対の運動はやってこなかった。原発をなくすため、核兵器をなくすため、原子力のことや放射能について、みなさんと学習しながら運動を拡げていきたい。

○ 理科の教員として授業で教えてきたが、心底原発に反対してきたかと言えば忸怩たるものがある。何としても原発はなくさなくてはと、昨年の5月からの駅前署名には可能な限り参加している。文科省は「放射能副読本」を小中高校と配布しているが、原発事故のことはまったく触れていない。福島県教委は「副読本」からはみ出さないように教員を指導している。福島の親は、これでは不十分だという声と、不安をあおるなという逆の反応とがある。どちらの立場でも、事実としての放射線の数値を提示して、それをどう判断するかの力を国民が身に付けることが大切だ。


 


浜岡原発・津波防波壁の安全性についての検討     原告 落合勝二

2012年04月22日 22時27分32秒 | 浜岡原発裁判の内容

浜岡原発・津波防波壁の安全性についての検討     原告 落合勝二   

1、想定される津波の規模

 3月31日に、内閣府の有識者会議は、「南海トラフ地震」における最大級の地震が起きた場合、御前崎市における津波予測高さは21mになると発表した。

 ほぼ東西方向一直線にある遠州灘海岸において、掛川市で13.7m、袋井市で11.4m、磐田市で11.8mまた、御前崎市より北方の駿河湾に面する牧之原市で12.3mとなっている。

 なぜ御前崎市が特に高い津波が押しよせると予測されるのか、私見を述べてみます。

2、御前崎付近の海底地形の特徴

 御前崎の岬東方約6KMから、浜岡原発西方約8KMの菊川河口沖にいたる、東西約25KMを底辺として、南方約20KMまで台形状で、御前崎海脚といわれる水深100m程度の浅い海底地形となっている。

 この浅い半島状海底地形の東方面は、2,000m以上の水深をもつ駿河トラフであり、等水深線の方向はほぼ南北方向で、海底の傾斜はかなり急となっている。

 西方面は水深約1,000mの天竜川海底谷であり、等水深線の方向は浜岡原発沖では、ほぼ南東から北西方向となっており、海底の傾斜は駿河湾方面より緩やかになっている。

 東京大学地震研究所の都司准教授の分析によれば、東日本大震災によって大きな津波被害を受けた千葉県旭市沿岸の海底地形と類似しているという。

 3、津波の発生と特徴

 プレート型巨大地震における津波の発生は、プレート境界およびその付近において大規模な海底岩盤のズレや隆起、沈下、海底地すべりなどが急激に起こることにともない、海水を大規模に急速に移動させることが主要な原因です。

 そのため、津波の波長は数十KMから数百KMにもなり、台風などによる大波の波長は100mから200mであり波の性質が根本的に異なる。

 すなわち、津波は通常海岸で観察される波と異なり、高速度で進行する連続した海水の流体であり、強大なエネルギーをもち、すざましい破壊力を持っている。

津波の進行速度は V=√GHである。 G=重力加速度 H=水深

  水深1,000mにおいては津波の進行速度は約100m/秒、時速は約360km/時

  水深100mでは約30m/秒、時速は約110km/時

  水深20mでは約14m/秒、時速は約50km/時

  水深10mでは約10m/秒、時速は約35km/時となる

 4、御前崎沖海底地形の特徴と巨大な津波

 水深による進行速度の差によって、津波の進行方向は屈折し、等水深線に直角方向に向きを変えることになる。

 このため、南方向から北方の駿河湾方向へ高速度で進行する津波の一部は、御前崎の岬方向すなわち北西そして西方向へ進行することとなる。

 また南方向から天竜川海底谷へ進行した津波は、北東方向へ進行する。

 このように、異なる3方向の津波流が若干の時間差をもっておしよせ、御前崎の岬東方約6KMから、浜岡原発西方約8KMの菊川河口沖にいたる、東西約25KMを底辺とした部分に集中することとなる。

 このため、他の遠州灘海岸部や駿河湾沿岸部の約2倍の巨大な津波がおしよせることは充分考えられるのである。

  また、御前崎市の海岸が駿河トラフや南海トラフに近く、取囲まれたような地理的条件から、連動地震の影響を強くうけ、津波の発生源が次々と転移することにより、津波が重複する可能性が高く、さらに大規模な津波がおこる可能性がある。

 今回の発表においては、全国最大の津波予測高さは高知県黒潮町の34.4mとなっている。

 5、標高18mの防波壁は安全か

 中部電力は、もともと高さ10mから15mの天然の砂丘があるから、津波に対して安全だと主張していた。

 福島第一原発の事故から、最初は12mの高さの防波壁の建設を発表したが、その後何らの科学的根拠も示さず18mに変更し現在工事を進めています。

 東日本大地震において、福島第一原発で確認された津波高さは14mから15mといわれているが、福島第一原発近くの富岡町では21mが記録されている。

 まず中部電力は、高さ18mとした科学的な根拠を明かにすべきである。

 21mの津波が押し寄せれば、単純にいえば当然のことながら、18mの防波壁では、3m分越えて海水は連続して原発敷地に流れ込むこととなる。

 実際の防波壁からの越流は、大きな運動エネルギーをもって押し寄せた津波流が、防波壁で突然ストップさせられるのであるから、21mの高さをはるかに超えて盛り上がり防波壁に流れ込むことになる。

 流れ込む海水量は単純に考えても、1,600m*3m*14m/秒=67,000㎥/秒となり一分間では400万㎥にもなる。

 原発敷地の標高は6.0~8.0m程度であり、津波の流れ込みにより、10m~12mの水深をもつ巨大なプールが出現することとなる。

 浸水面積は敷地面積1,600,000㎡のうち1,000,000㎡とすれば、10,000,000㎥が満水になるのにわずか2~3分しかかからない。

 深さ10m~12mで水没した状態が長期にわたることが予測されるが、原発の建物や付属施設などを、防水構造に補強して浸水対策をとったところでどうしようもないのではないか。

 また、敷地に流れ込んだ膨大な量の海水を、いかなる方法で排水しようとするのか。

 取水槽から逆流させて排水することも考えられるが、スクリーンや排水口が、砂、松の木、波消しブロックなどでつまり排水不能に陥り、長期間の浸水が続く可能性が高い。

 ところで、砂やガレキでつまった取水槽から、いかなる方法で冷却水をとるのであろうか。

6、巨大な津波に砂丘はたえられるか

 浜岡原発敷地の海岸部は、幅60~80m、高さ10~15mの砂丘であり、波打ち際には1個当り重量4トン~6トン程度の消波ブロックが多数敷設されている。

 地震時や津波が押し寄せた時、この砂丘が安定した状態で存在し続け、津波の猛烈な速度、破壊力に抵抗できるのか大きな疑問がある。

 砂地盤に、強烈な地震動が働くことや地盤の隆起によって、内部の間隙水圧が高まり液状化現象がおき、砂粒子のかみあわせがゆるみ、結果的に非常にルーズな状態になり砂のせん断抵抗力が減少する。

 ルーズな状態でせん断抵抗力が減少した砂丘に、猛烈な速度をもった津波流が押し寄せるのであるから、そのエネルギーによって容易に砂は流され砂丘は崩壊することとなる。

 砂丘の崩壊過程は、相対的に弱い部分から始まり、あるいは消波ブロックの移動を契機として、砂などをまきこんで密度が高くなることにより破壊力を強め、連鎖的に破壊が拡大し、全体の崩壊に至ると想定される。

 秒速14mで上陸した猛烈な津波流は、波打ち際に置いてある多数の4トン~6トンの波消しブロックや砂丘の砂、松の木などの低木、そして地震動で破壊された防波壁内側のアスファルト舗装の残骸などをまきこみ、原発敷地内に大量に流れ込むこととなる。

 これらの土砂や流木、ガレキが取水槽に大量に流れ込み、冷却水の取水が不可能に陥る危険性が想定されのである。

 大きな余震と津波が同時に起る可能性も充分ありうるのであるから、これらの一連の現象がさらにひどくなることもありうる。

 東日本大震災でも各地で「津波石」が発生した。

 岩手県宮古市田老地区では、幅6m、奥行き、高さとも4m、推定重量130トンの巨石が河口より、500mも移動した例にしめすように、津波のエネルギーは4トン~6トンの波消しブロックなど容易に遠方に押し流す。

 今、全国的に海岸の浸蝕や後退が大きな問題となっている。

 その主要な原因は、戦後多く築造されたダムにより、土砂がダムに堆積し海岸部への供給が減少し自然のバランスがくずれたことにある。

 白砂青松を誇った遠州灘海岸は、佐久間ダムなどの土砂堆積による影響で天竜川からの土砂供給が減少し、急速に海岸の侵食がすすんでいる。この浜岡の砂丘も例外ではない。

 砂丘や防潮林ば、中程度の津波にたいしては抵抗力も期待できるが、巨大な津波に対して抵抗するよしもない。

7、防潮堤の築造によって新たな危険性が懸念される

 原発敷地の西側に2級河川・新野川が遠州灘にそそいでいる。

 河口の幅は約80m、堤防高は5m程度であり、河口より約300m西方まで海岸堤防があり、それより西は標高15m程度の浜岡砂丘となっている。

 さきにのべた、2方向の津波が合流し盛り上がった巨大な流れを、原発の防潮堤があたかも導流堤の役割を果たし、幅約400mの津波流が御前崎市の中心部に向うこととなることが懸念される。

 浅い海や河川を津波が進行するとき、津波の先端部が「ソリトン分裂現象」を起こし、段波が発生しさらに津波が高くなることも考慮しなければならない。

 このことにより、仮に、正面からの津波が防波壁を乗り越えなくても、新野川に面した方向より乗り越えることも考えられる。

 また、新野川に浸入した津波流の進行方向と、防波壁の方向は平行となることにより、防波壁の鋼管基礎部分の激しい洗掘、引き波時の残留水圧により防波壁そのものが転倒することも考えられる。

 緊急時の対策の一つとして、原子炉冷却用の淡水をこの新野川から取水できるとしている。

 津波で破壊されつくした新野川から、淡水の冷却水が取水できるなどとは、どう考えても無理な相談である。目測ではあるが、新野川の通常時の流量は毎秒0.5トン未満である。

7、防波壁は地震動と津波の衝撃力に耐えられるか

 防波壁の基礎構造は、岩盤に相当程度2~6m根入れされた鉄筋コンクリート製地中壁を、深さ10~30m、厚さ1.5m、幅7mのものを6m間隔で、地盤を掘削してつくる。

 この基礎の上に、厚さ2m、幅7mの底盤、壁の厚さ2m、高さ10~12mのL型よう壁で、鉄骨と鉄筋コンクリートの複合構造となっている。

  L型よう壁は、1ブロックの延長方向の長さ12m、1ブロック当たり900トンの重量があるものを109個連結した、鎖のような、延長1,600mの長大な連続体構造物である。

 中電の説明によれば、この防波壁は90秒間揺れ、最大加速度2300ガルに達する地震にもゆがまず、充分な耐震性を確認し、最大5m越流した津波の力にも耐えられる構造というが、いくつかの問題点を述べる。

 ① 設計外力は「地震力を加え、地震終了後地盤に生じる残留変位による付加的外力が防波壁に作用している状態で、津波波力を作用させる。」としているが、地震と津波が同時におこる可能性を否定できない。

 ② 津波の波力は、「9mの水深の進行波が防波壁でせき上がり、この進行波の3倍に相当する水深の静水圧分布が働くものとして設定」としている。あまりにも過小な想定である。

  ③ 東日本大地震により観測された最大加速度は、宮城県栗原市で2,933ガル、2004年中越地震において柏崎刈羽原発で観測された2,516ガルを考慮した設計とすべきではないか。

  ④ 防波壁の高さは、基礎の先端より壁の天端まで最大で40mとなるが、岩盤への根入れ部を固定した片持ち梁、自立壁として設計照査しなければならないのではないか。

 ⑤ 津波の越流や引き波による、防波壁まわりの洗掘について設計上全く考慮してない。

 ⑥ 地盤の沈下や隆起が予測され、大きな段差が発生することによって、地盤支持力ゼロとなる場所が必ず発生し、防波壁の転倒や傾きがおこる可能性が高い。 

 地盤変動が2m程度おこることが予測されているが、どの場所でも等しく隆起、沈下、移動がおこることはありえない。

 地盤の構成は一律ではない。

 地盤構成が場所により異なることは、基礎地中壁の深さが10~30mであること、2009年8月の駿河湾地震において、5号機で大きな加速度が観測された事実が何よりも示している。

  ⑦ 1ブロック当り900トンの重量をもち、109個連結した長大な連続構造物が地震動によってどのような挙動をするのか、解明しなければならない。

 地震の縦揺れ、横揺れによって、防波壁は上下および左右に不規則に波うち、あるいは捩じれ、などで大きく変形することが想定される。

 このことは、長大な連続構造物に大きな引張力が働き、ブロックの接合部で切断され、

 移動や転倒、傾きにつながり破壊される可能性がある。

 防波壁は、連続した安定性が確保されなければその存在価値はないといえる。

  このような長大な連続構造物の設計は、延長方向を考慮した3次元設計とすべきである。

 

 

 

 


ニュースを聞いた感想 4月1日 「津波は浜岡で21メートル」

2012年04月01日 21時06分45秒 | 原告・支援者の思い
ニュースを聞いた感想 4月1日 「津波の高さ、浜岡で21メートル」

 3月31日に内閣府、有識者会議が「南海トラフ」で最大級の地震が起きた場合、御前崎で津波の高さが21mを超える恐れがあると公表しました。

 これでは、中電が実施している18mの防波堤では当然津波を防ぐことはできません。

 さらに、地盤変動が2m程度予測されるとのこと。防波堤の構造そのものが大きな地震動にたえられるかはなはだ疑問です。

 (落合勝二、4月1日)