おばちゃんの備忘録

物忘れが特技となってしまった自分のために、日々の出来事を記録しておきます。

日々学習です。

2013-03-29 | 訪問介護

わたしが勤めるヘルパーステーションは、
総合病院の傘下にあるので
訪問看護ステーションとセットになっています。

さて、今日は看護師さんの助手の仕事。
看護師さん一人で手に負えない利用者様が何人かおり、
ヘルパーが助っ人として同行します。

前回は「体中痛い!」と大暴れした利用者様。

ご家族から
「今日は腰を痛がって手に負えません、
無理せず清拭や洗髪は省いてもかまいません。」とのこと。

若い看護師さん大丈夫かな~~~と思っていたら、
なんと、なんと
やさしく手際よくそ~っとケアを進め、
全身清拭・洗髪・足浴・おむつ交換…

利用者様は一言も発せず、痛みも訴えず、
先ほどのご家族の話がウソのよう。

看護師さん曰く「運よくご機嫌が良かったのです。」
そうかなぁ~

まず、声掛けで利用者様の心を解きほぐし
ゆっくり、やさしくケアする。
利用者様も感情のある人間ですからケアする側の気持ちも
伝わったのだと思います。

年配のワタシのほうが若い看護師さんたちから
多くのことを学ばせて頂いております。

散歩

2013-03-24 | 日記
久しぶりの散歩です。

実家跡の庭で山茶花が自己主張していました。
震災後にボランティアさんに切ってもらったのですが
なんとこんなに元気なわき芽が育っていました


そして、蕾もこんな感じ。



ここは、危険区域で土地を買い上げしてもらう予定なので
その前に、我が家の庭に移植したいと考慮中です。


海は穏やかでキレイ


震災直後はこうだったのですよ。


大勢のボランティアさんのおかげなんです。
感謝 感謝

堤防の工事が行われています。


こんなに高くなるのです。


圧迫感があるんです。
以前のように海を眺めながらドライブできませんね。
防災のため仕方のないことなのでしょうが
海を眺めて暮らしていたのでピンときません。

ボランティアさんたちが植えて下さったスイセンが
今年も咲きはじめましたよ。


ふきのとう

2013-03-13 | 日記
数年前、山から庭に移植したふきのとう。
住み心地が悪いのか増えることなく
毎年、数個の収穫です。

今夜はスーパーで買ったタラの芽と共に
天ぷらにしましょう。

息子たちが小さかった頃
お弁当を持ってよく山に行きました。

春先はふきのとうを採ってお皿いっぱいの天ぷら。
あっという間に空になったものです。

今夜は二人だけになった食卓で春を味わいましょうか。

震災時に役に立ったもの

2013-03-09 | 日記

もうすぐ震災から2年になりますが
ライフラインの復旧まで我が家で活躍したものです。


電気ケトル
いちばん復旧が早かったのが電気。
これでお湯を沸かして毎日体を拭いたり
洗面・シャンプーもしました。
因みにガスの復旧が一番遅く
二か月近くかかりました。


食品用ラップ・ホイル
食器が洗えないのでお皿に敷いて使用。
ホイルは調理用にも。


2リットルの空ペットボトル
毎日の給水に便利でした。
ガソリンが手に入らず給水車まで徒歩。
ポリタンクは重いので帆布の丈夫なバックに
空ペットを数本入れて通いました。

キャリーカートを使用するとポリタンクも
残念ながら我が家には無かったのです。


台所洗剤の容器
介護の現場で毎日使用するのですが、
利用者様のおむつ交換時に私たちはこれに
ぬるま湯を入れて陰部を洗浄します。
我が家ではこれをシャワートイレの代用にしました。

2リットルのペットボトルのフタに
数か所穴を開けこれに適温のお湯を入れて
シャンプーもしました。


ポータブルトイレ用消臭剤
水道の復旧まで一か月以上かかりましたが、
飲料水優先でした。
トイレットペーパーは流さず、
数回使用ごとにバケツで水を流しました。
消臭剤使用で匂い対策はでした。


寝袋
子供たちが小さかった頃キャンプで使用した物。
漠然と非常時に役立つだろうと思い保管してました。
寒い時期だったので床に敷いたり膝かけに。

ツーバーナーコンロも大活躍!
10年以上前の燃料が少々危険と思いつつ
背に腹はかえられず使いました。
火力が強く重宝しました。


二度と経験したくありませんが
ボタンひとつで事が済むような便利な時代に暮らして
それが当たり前になっている自分への戒めとして
心に刻んでおきます。

ひとりごと

2013-03-02 | 日記
今日は、朝からテレビで映画三昧のオジサンを尻目に
仕事してます。

だいぶ日差しが春らしくなりましたが
強風で車ごと飛ばされそうです。

震災後、海沿いの家々が無くなったせいか
高台の我が家は、以前より風が強く吹くような気がします。

本日の一軒目。
津波で被災した集落の跡に車を置いて
訪問先に向かいます。


利用者様宅は急な坂道の途中にあり、
津波の被害を免れました。
しかし、大切にしていた船を2艘失い落胆していたご主人が
震災直後に脳血管障害で不自由な体になりました。

このお宅では震災の話は禁句です。
今日は、我が事業所の「歌うヘルパー」が同行したので
民謡を一曲披露
手拍子合いの手入りで
明るく盛り上げて帰ってきました。


同じような利用者様が何人かおりますが
この方たちも震災の被害者なのです。

ウチのオジサンも津波から生還しましたが
今日のようにゴロゴロテレビ三昧の一日が
大切で尊いのかもしれません。


昨年、那覇の路上で書いてもらった色紙。
まさにその通りです
何もない普通の日が「幸せ」なのですね。