「20XX年、子供達の間で“電脳メガネ”が大流行していた。この“電脳メガネ”は、街のどこからでもネットに接続し様々な情報を表示する機能を備えた、子供たちになくてはならないアイテムだ。」
2007年、今なにかとお騒がせのNHKで放送された
「電脳コイル」は凄いアニメだ。若手詩人の最果タヒも
河出書房「人生を変えるアニメ」で本作を取り上げているが、色々な意味で時代を超越した異色作だ。ネタバレしないレベルでその凄さを書き留めておきたい。
1・VR(仮想現実)ではなくAR(拡張現実)
本作で驚くべき点は2007年の時点でARが社会インフラとして確立することを示唆している点だ。2006年にはVRの草分けである「セカンドライフ」日本版がリリースされている中で、「仮想現実」ではなく「拡張現実」が社会インフラとして先に浸透することを描き切るとは驚くべき想像力である。ARゲームの金字塔である「ポケモンGO」の発売が2016年であることを考え合わせると、もはや奇跡としか言いようがない。
2・ウェアラブルデバイス
冒頭の説明文にもあるとおり、このアニメでARデバイスとして登場するのが「電脳メガネ」。映像・音声を自在にコントロールできるウェアラブルデバイスだ。現時点でウェアラブルデバイスと呼べるのはスマートウォッチくらいのもの。
プレイステーションVRのゴーグルの大きさを考えると「電脳メガネ」はさらに5~10年後を予想した技術と言えるだろう。
3・AIと並行世界
「電脳コイル」のAR上にはAI(人工知能)を駆使した電脳ペットやプログラム修復ロボットが登場する。そしてARに映し出される表象の総体である「電脳空間」は所謂現実世界からは自立した独自世界を形成している。物語の後半に進むにつれ、これらの技術がもとは「医療用」に開発されたものであること。しかしながら人間の脳に悪影響を及ぼす可能性があること等が明らかになってくる。これはインターネットの普及に伴って発生した多層世界(*)や理論物理学でも話題にあがる「並行世界」を想起させる。「電脳コイル」の前では映画「マトリックス」でさえ陳腐に見えてしまうのは僕だけだろうか。
このような本来の目的を逸脱した技術利用や多元的世界観は現代社会の複雑さと生き辛さを見事に先読みしている。技術は直線的な進歩を止めないが、人間はころころと「進化」したりはしない。技術を扱う「人間の在り方」を問い直し続けることが正しい意味での倫理問題なのだ。
NHKは時々、こういった革新的なアニメ(コンテンツ)を生み出すから面白い。「未来少年コナン」「名探偵ホームズ」「ふしぎの海のナディア」等々。NHKが構造的な問題を抱えているのは間違いないし、受信料の在り方にも疑問を感じざるを得ないが、こうした挑戦的なコンテンツの作り手には必ず生き抜いてもらいたい。
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*リアルとネットの同時進行に伴うアイデンティティの分裂はいまや社会問題となっている(ウラ掲示板やネトウヨ、「炎上」等が好例だろう)。詳しくは
平野啓一郎の小説や
斎藤環の精神分析を参照頂きたい。