はーちゃんの気晴らし日記

気ままに 楽しく 書きくけこっこ!

ちょっぴり切なくて・・・

2008年09月12日 | わたくしごと
昨日の夕方、思いがけない電話がありました。
ナンバーディスプレイで見る番号には見覚えがありません。
とりあえず受話器を取ると、やはり聞き覚えのない声。
間違い電話かな?と思いましたが、相手は間違いなく私の家にかけているようです。
年配の声だったので、主人の親戚かな?と思いましたが、私の名前を言います。
「覚えているでしょう?K田です。」
ちょっと変わった苗字なので、すぐにわかりました。
驚きでした!

K田というその人は、私が子供の頃、私の家で働いていた人でした。
私が小学生の頃、日本経済は高度成長期の真っ只中でした。
当時は、集団就職というものがあって、農家の子供が、中学校や高校を卒業した直後に、就職のために臨時列車に乗って都会へ出てきました。
そして、私の家にも、くりくり坊主の二人の男の子がやってきたのです。
私が小学校3年生くらいの時のことでした。
一人はヒロちゃんと言い、見るからにまじめそうで器用な少年、もう一人は、タケちゃんと言うやんちゃ坊主でした。
それから、数年後、二人は故郷へ帰ったのですが、それが私が高校生の頃のこと、今から40年も昔のことです。
そのヒロちゃんからの電話でした。
ヒロちゃんは、絵がとても上手な人で、私はよくヒロちゃんの部屋へ行っては、絵を描いているのを見ていました。
ヒロちゃんは、似顔絵が得意でした。
絵画用の墨を使って、黒く塗ったりぼかしたりしながら、芸能雑誌に載っているスターの似顔絵をまるで本物の白黒写真のように描きました。

そんな40年も何の音沙汰もない人からの電話で、私は構えました。
大抵そういう人からの電話は、選挙のお願いとか、いかがわしい商売への誘いなどが多いからです。
「えっ?どうしたんですか?何かあったんですか?」
私が、一歩も二歩も引きながら恐る恐る訪ねると、
「いや、何もないですよ。ただ、一度話がしたいと前から思っていたんです。」
と言います。
私の父が亡くなったというのを小耳にはさみ、2度ほど私の実家を訪ねたとか。
そのときに私の連絡先も聞いたそうです。

私たちは、当時の思い出話をしたり、お互いの近況報告をしたりしました。
ヒロちゃんは、現在64歳。
二人の息子さんがいて、まめとほぼ同じくらいのお孫さんもいるとか。
3年前に舌癌になり、舌を3分の1ほど切除したけれど、今は、仕事もやめて家でのんびりしているそうです。
舌を切ったと言っても、電話で話した限りでは、話し方には、何の不自由もないように感じました。

「私の家の景気が悪くなって田舎に帰ったんでしょう?私は当時のことは何も覚えていないの。気がついたらいつの間にかヒロちゃんがいなくなって、その後何年かしたらタケちゃんもいなくなっていた、そんな感じだったの。」
と私が言うと、
言いにくそうに
「オレが実家に帰ったのは、景気が悪くなったからというわけじゃないんだけどね。」
とヒロちゃんは答えました。
それで私は当時、母から聞いたことを思い出しました。

まじめで器用だったヒロちゃんは、父から有望視されていました。
もしも、独立して仕事をやるなら、タケちゃんではなくて、ヒロちゃんだろうと父も母も言っていました。
ところが、期待されていたヒロちゃんは、近所の人に誘われて、ギャンブルにはまってしまったらしい。
もらったお給料を全部ギャンブルにつぎ込むようになり、私の父も母も頭を痛め、何度も注意したとか。
それでも、ヒロちゃんはギャンブルにのめり込み、それを見兼ねた母の忠告に腹を立てたヒロちゃんは、とうとう私の家を出て行ってしまったのです。
私が高校二年生の頃のことでした。

両親から期待されて将来性を買われていたヒロちゃんが出て行き、さほど期待されていなかったタケちゃんは、最後まで私の家に残り、仕事が衰退し、これ以上お給料が出せないというまでになった時、退職金代わりの車に乗って、実家へ帰っていきました。
ヒロちゃんとの電話の途中で、そんないきさつを母から聞いたことを思い出しました。

ヒロちゃんは、そのことには触れずに
「オレがはーちゃんの家を出て行ったのは、はーちゃんの誕生日だったんですよ。
はーちゃんの誕生日まで待って、それで出て行ったんです。
好きだったから。
はーちゃんの17歳の誕生日でした。
誕生日は2月28日でしょう?」
とヒロちゃんは笑いながら言いました。
私もふふふと笑ってその場を流しました。

当時の私は高校生。
学校の友達や受験のことで頭がいっぱいで、家の中で起こっていることにはまったく関心がありませんでした。
ヒロちゃんがそんな事情で出て行ったことも、いつ出て行ったかも気づいていなかったくらいです。

当時のヒロちゃんの姿が浮かびました。
その頃のヒロちゃんは22歳。
くりくり坊主ではない青年のヒロちゃんでした。

「はーちゃんに会ってみたいなぁ。」
とヒロちゃんは言います。
「いつ、実家へ行くの?機会があったら、はーちゃんが実家に行く時にオレも行けば会えるよね。」
と言います。
「そうね。機会があったら。」
と私は答えました。

電話を切った後、夕飯の支度やお風呂の準備でバタバタと時間が過ぎていきました。
そして、夜になり、ひとりになった時、不思議な切なさが襲ってきました。
15歳から22歳までの少年から青年にかけての時代に、そんな気持ちで私のことを見ていたヒロちゃん。
私には、私の家に働きに来ている人という感覚しかなかったけれど、それは、ヒロちゃんにとっては切なかっただろうと。
今、私は、この年齢になってこそ、当時のヒロちゃんの純な気持ちが想像できるのです。
もうおじいさんになってしまったヒロちゃんだけれど、私が覚えているヒロちゃんは当時のまま。
私もちょっぴり切なくなりました。

今日は、父の7回目の命日です。
ヒロちゃんはそれを覚えていて昨日私に電話してきたのかな?
それとも、父がヒロちゃんに私を思い出させたのかな?
ヒロちゃんは、若かった頃の自分を反省し、私の両親のことを今になって感謝してくれているのかもしれないと思いました。

でも、こんなおばあちゃんになった私には、会わないほうが良いのにぃ。





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