今日4月10日、ハイジは16年間の生涯を閉じました。
ハイジが息をしていないのに気づいたのは、深夜2時40分くらいでした。
まだ身体は温かく、息をしていないとは思えませんでした。
でも、触ってみても身体は動かず、心臓の音も聞こえませんでした。
最近のハイジは食欲にムラがあり、食べたり食べなかったりでした。
ずっと軟便が続いていて、下痢止めやその他整腸剤、お腹の抗生物質などを混合した薬を山梨の先生から送っていただいて飲ませていましたが、最近は薬の効果もありませんでした。
先生も今以上の治療は見当たらないとのことで、様子を見る以外ありませんでした。
朝晩の点滴と飲み薬、先生から送っていただいた高カロリーの食品などで、しのいでいました。
ハイジの身体はまさに骨と皮だけだったと思います。
でも、つい2~3日前までは便も普通に戻り、食事も普通に摂るようになっていました。
この分ならまだまだ大丈夫と思い、山梨の先生に2か月分の飲み薬や点滴剤をお願いしたところでした。
ところが金曜日の夜、突然ハイジの行動がおかしくなりました。
じっとしていなくて部屋を歩き回り、壁に頭をつけたままじっとしていたり、壁と家具の隙間などの狭い場所に顔をいれようとします。
夜中もずっと部屋中を歩き回っていました。
がさがさいう音で目を覚ますと、ハイジは狭いタンスと壁の間に入り込んでもがいてました。
ボケたのかなと思いました。
翌土曜日も朝から変でした。
ずっとその調子で歩き回り、狭い場所を見つけては顔を突っ込むような行動をしました。
抱いてやっても今までのように落ち着いて抱かれていません。
そのうち奇妙な声を発するようになりました。
ハイジは、今まで痛くても苦しくてもじっと我慢をして震えているだけで、声を挙げることはありませんでした。
普段からめったに吠えることもありません。
そんなハイジが甲高い声を上げています。
痛がっているような様子はないのですが、眠っていても高い声を出していました。
そんなことが日中続きました。
でも、その声も夜になると静かになりました。
すでに意識がなくなっていたように思います。
いつもなら点滴の時に針を刺す瞬間、私の手を噛むようなしぐさをするのですが、夕べはそれもなく身体が一瞬、びくっと動いただけでした。
もう、歩き回ることはなく、いつものように私と一緒に布団に入り、落ち着いて寝ました。
私も前夜ハイジが歩き回っていたことで寝不足だったので、すぐに眠りに入りました。
そして、深夜2時過ぎに隣で眠っているハイジを触ってみたところ、息をしていないことに気づきました。
16歳と10ヶ月でした。
細々と命の灯をともし続けてくれたハイジなので、2ヵ月後の17歳の誕生日を迎えられると思っていました。
でも、力尽きたようです。
慢性腎不全になっていることに気づいてから1年以上が経過していました。
何も治療しなければ2~3ヶ月の命と言われたハイジなので、投薬と点滴のおかげとはいえ、ずいぶんがんばってくれたと思います。
「その日」は、できるなら、私が一緒にいるときであって欲しいと思っていました。
仕事で留守にしているときに、一人で寂しく息を引き取るようではかわいそうだと思っていました。
そんな私の思いが通じてくれたのか、ハイジは金曜日の夜から急変し、休日に亡くなってくれました。
しかも、私と一緒の布団の中で・・・。
最期までハイジは、私たちを気遣ってくれたのかなと思います。
『犬3匹』というタイトルで始め、そのうち『はーちゃんの気晴らし日記』となった私のブログですが、犬2匹になってしまいました。
ハイジは、6歳8ヶ月の時に我が家にやってきました。
犬の美容学校の教材犬だったハイジは、おしっこのしつけがされていなかったため、そのことをネットの相談コーナーで質問しました。
その時に使った私の名前がハイジの愛称、「はーちゃん」でした。
その回答に「はーちゃんさんへ」とあったので、私のブログのハンドルネームも「はーちゃんさん」にすることにしました。
そんなハイジがいなくなってしまい、今は頭の中が真っ白です。
息をしていないことに気づいたときは、来るときが来たんだなという思いで冷静でした。
でも、それからは眠ることはできませんでした。
朝まで時間つぶしにゲームをして気を紛らわせていました。
ところが、時間が経つにつれて、だんだん自分の感情が抑えられなくなっています。
どうしても涙声になってしまって、家族ともまともに会話ができません。
ハイジが病気になってからは、ハイジの世話が私の生活の大半を占めていたので、いつもの習慣がなくなってしまうのは、こんなに寂しいものなのかと思います。
でも、これで、私も楽になったんですよね。
ハイジが息をしていないのに気づいたのは、深夜2時40分くらいでした。
まだ身体は温かく、息をしていないとは思えませんでした。
でも、触ってみても身体は動かず、心臓の音も聞こえませんでした。
最近のハイジは食欲にムラがあり、食べたり食べなかったりでした。
ずっと軟便が続いていて、下痢止めやその他整腸剤、お腹の抗生物質などを混合した薬を山梨の先生から送っていただいて飲ませていましたが、最近は薬の効果もありませんでした。
先生も今以上の治療は見当たらないとのことで、様子を見る以外ありませんでした。
朝晩の点滴と飲み薬、先生から送っていただいた高カロリーの食品などで、しのいでいました。
ハイジの身体はまさに骨と皮だけだったと思います。
でも、つい2~3日前までは便も普通に戻り、食事も普通に摂るようになっていました。
この分ならまだまだ大丈夫と思い、山梨の先生に2か月分の飲み薬や点滴剤をお願いしたところでした。
ところが金曜日の夜、突然ハイジの行動がおかしくなりました。
じっとしていなくて部屋を歩き回り、壁に頭をつけたままじっとしていたり、壁と家具の隙間などの狭い場所に顔をいれようとします。
夜中もずっと部屋中を歩き回っていました。
がさがさいう音で目を覚ますと、ハイジは狭いタンスと壁の間に入り込んでもがいてました。
ボケたのかなと思いました。
翌土曜日も朝から変でした。
ずっとその調子で歩き回り、狭い場所を見つけては顔を突っ込むような行動をしました。
抱いてやっても今までのように落ち着いて抱かれていません。
そのうち奇妙な声を発するようになりました。
ハイジは、今まで痛くても苦しくてもじっと我慢をして震えているだけで、声を挙げることはありませんでした。
普段からめったに吠えることもありません。
そんなハイジが甲高い声を上げています。
痛がっているような様子はないのですが、眠っていても高い声を出していました。
そんなことが日中続きました。
でも、その声も夜になると静かになりました。
すでに意識がなくなっていたように思います。
いつもなら点滴の時に針を刺す瞬間、私の手を噛むようなしぐさをするのですが、夕べはそれもなく身体が一瞬、びくっと動いただけでした。
もう、歩き回ることはなく、いつものように私と一緒に布団に入り、落ち着いて寝ました。
私も前夜ハイジが歩き回っていたことで寝不足だったので、すぐに眠りに入りました。
そして、深夜2時過ぎに隣で眠っているハイジを触ってみたところ、息をしていないことに気づきました。
16歳と10ヶ月でした。
細々と命の灯をともし続けてくれたハイジなので、2ヵ月後の17歳の誕生日を迎えられると思っていました。
でも、力尽きたようです。
慢性腎不全になっていることに気づいてから1年以上が経過していました。
何も治療しなければ2~3ヶ月の命と言われたハイジなので、投薬と点滴のおかげとはいえ、ずいぶんがんばってくれたと思います。
「その日」は、できるなら、私が一緒にいるときであって欲しいと思っていました。
仕事で留守にしているときに、一人で寂しく息を引き取るようではかわいそうだと思っていました。
そんな私の思いが通じてくれたのか、ハイジは金曜日の夜から急変し、休日に亡くなってくれました。
しかも、私と一緒の布団の中で・・・。
最期までハイジは、私たちを気遣ってくれたのかなと思います。
『犬3匹』というタイトルで始め、そのうち『はーちゃんの気晴らし日記』となった私のブログですが、犬2匹になってしまいました。
ハイジは、6歳8ヶ月の時に我が家にやってきました。
犬の美容学校の教材犬だったハイジは、おしっこのしつけがされていなかったため、そのことをネットの相談コーナーで質問しました。
その時に使った私の名前がハイジの愛称、「はーちゃん」でした。
その回答に「はーちゃんさんへ」とあったので、私のブログのハンドルネームも「はーちゃんさん」にすることにしました。
そんなハイジがいなくなってしまい、今は頭の中が真っ白です。
息をしていないことに気づいたときは、来るときが来たんだなという思いで冷静でした。
でも、それからは眠ることはできませんでした。
朝まで時間つぶしにゲームをして気を紛らわせていました。
ところが、時間が経つにつれて、だんだん自分の感情が抑えられなくなっています。
どうしても涙声になってしまって、家族ともまともに会話ができません。
ハイジが病気になってからは、ハイジの世話が私の生活の大半を占めていたので、いつもの習慣がなくなってしまうのは、こんなに寂しいものなのかと思います。
でも、これで、私も楽になったんですよね。