はーちゃんの気晴らし日記

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惚れたが悪いか

2008年11月29日 | 雑談
みなさんの記憶に残っている『かちかち山』はどんな話だったのでしょう。
私が子供の頃読んだ絵本の『かちかち山』は、こんな話だったように思います。

むかし、あるところにじいさまとばあさまがすんでいました。
ある日、じいさまが山の畑でいたずらものの狸を捕まえ、手足を縛って、家に帰りました。
家で待つばあさまに狸汁を作るように言って、じいさまは、再び、出かけていきました。
ばあさまが支度を始めようとすると、狸が「手伝うから縄を解いてくれ」としつこく言うので、気の優しいばあさまは縄を解いてやりました。
狸は、杵でばあさまを叩いて逃げました。
用事を済ませたじいさまが家に帰ると、狸は逃げていて、ばあさまは死んでいました。
じいさまが嘆き悲しんでいるところにうさぎが来て、
「私が、じいさまに代わって、狸を懲らしめてあげましょう。」と言います。


こんな話でした。
ところが実際の『かちかち山』はもっと残酷な内容です。

ばあさまが支度を始めようとすると、狸が「手伝うから縄を解いてくれ」としつこく言うので、ばあさまは縄を解いてやりました。
縄を解かれた狸は、ばあさまを杵で撃ち殺します。
そして、ばあさまの着物を着てばあさまに化けます。
じいさまが帰ると、ばあさまに化けた狸は、狸汁を勧めます。
じいさまは、狸汁を食べながら、
「どうもこの汁はばあさま臭い」
と言うのですが、狸に言い含められてすっかり汁を食べてしまいます。
じいさまが、全部、食べ終わると、狸は、
「ばあ汁食った。流しの下の骨を見ろ。」
と叫ぶと元の狸になり、山へ逃げて行きます。
じいさまが泣いている所にうさぎがやって来て訳を聞き「仇をとってやる」と言い帰って行きました。


そして、その後、うさぎの復習が始まります。

実際は、殺したおばあさんでババ汁を作り、それをおじいさんに食べさせるという残酷な話です。
そんな話を知って、太宰治は、

「ウサギは、十代後半の潔癖で純真な美少女で、タヌキはそのウサギに恋をする中年男」
と設定します。

というのも、狸がおばあさんを殺して、おじいさんにババ汁を飲ませ、そのおばあさんの骨が縁の下に散らばっていたというのは、児童読物としては、発売禁止になるようなところだろう。
だから、『カチカチ山』の絵本は、狸が婆さんに怪我をさせて逃げたという風に変えている。
もう一つ疑問なのは、たったそれだけの悪戯に対する懲罰としてはどうも、兎の仕打は、執拗すぎる。
狸が単に婆さんに怪我をさせて逃げた罰として、うさぎからあのようなかずかずの恥辱と苦痛のあげく溺死させられるのは、不当のようにも思われる。
仇討ちの仕方が男らしくない。

【私もそれに就いて、考えた。
そうして、兎のやり方が男らしくないのは、それは当然だという事がわかった。
この兎は男じゃないんだ。それは、たしかだ。この兎は十六歳の処女だ。
いまだ何も、色気は無いが、しかし、美人だ。
そうして、人間のうちで最も残酷なのは、えてして、このたちの女性である。
その姿態は決して荒くれて岩乗な大女ではない。むしろ小柄で、ほっそりとして、手足も華奢で可愛く、ぞっとするほどあやしく美しい顔をしているが、しかし、ヴィナスのような「女らしさ」が無く、乳房も小さい。
気にいらぬ者には平気で残酷な事をする。

こんな女に惚れたら、男は惨憺たる大恥辱を受けるにきまっている。
けれども、男は、それも愚鈍の男ほど、こんな危険な女性に惚れ込み易いものである。
そうして、その結果は、たいていきまっているのである。】
<太宰治『かちかち山』より>


背中に背負った薪に火をつけられても、やけどに唐辛子を塗られても、それでも、可愛いうさぎである少女についていく情けない中年男。
そして、泥の船に乗せられて、沈みかけたところを追い討ちをかけるように櫂で叩く少女。
そのとき中年男は、

【「白状する。おれは三十七なんだ。
お前とは実際、としが違いすぎるのだ。
年寄りを大事にしろ! 敬老の心掛けを忘れるな!
 あっぷ! ああ、お前はいい子だ、な、いい子だから、そのお前の持っている櫂をこっちへ差しのべておくれ、おれはそれにつかまって、あいたたた、何をするんだ、痛いじゃないか、櫂でおれの頭を殴りやがって、よし、そうか、わかった! お前はおれを殺す気だな、それでわかった。」
と狸もその死の直前に到って、はじめて兎の悪計を見抜いたが、既におそかった。
 ぽかん、ぽかん、と無慈悲の櫂が頭上に降る。
狸は夕陽にきらきら輝く湖面に浮きつ沈みつ、
「あいたたた、あいたたた、ひどいじゃないか。おれは、お前にどんな悪い事をしたのだ。
惚れたが悪いか。」
と言って、ぐっと沈んでそれっきり。
 兎は顔を拭いて、
「おお、ひどい汗。」と言った。】
<太宰治『かちかち山』より>


太宰治にかかると、『かちかち山』はこんな話になっていました。
最後に「惚れたが悪いか」と言い残して、水底に沈む中年男は哀れだけれど、それを見て、汗をぬぐい美しい風景に微笑を浮かべる少女のぞっとするような美しさ。
大人でも子供でもない少女には、そんな残酷さがあるのかもしれません。
すべての女性に、この無慈悲な兎が住み、男性には、善良な狸がいつも溺れかかってあがいていると、太宰治は言いたかったようです。

それにしても、小説家とはすごいもんだと改めて思いました。
うさぎと狸を美少女と中年男に置き換え、こんな話を作るなんて、すごい想像力。
やっぱり、私は小説家にはなれないや~






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