とうとう、昨日をもって10ヶ月にわたった休職生活が終了しました。
今日は、朝からかなり緊張していたものの、挨拶回りと同僚と喋ったりしている内に
緊張も解け、10ヶ月間、時間が止まっていたような感覚になりました。
ごく当たり前に、同僚と話し、食事をし、仕事もして、ごく当たり前に仕事を終了して
帰ってきました。
しばらくは、残業も制限されているので5時半上がりですが、仕事は山積みのようです。
明日から少しずつペースを上げていくつもりですが、とりあえず、しばらくはなんとか
通勤できそうな気がします。
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いよいよ、明日(5/26)から復職です。
流石に、元居た職場とはいえ緊張してしまいます。
不安も非常に大きいモノになっているので、やむを得ずデパス2mgでなんとか
押さえ込んでいる状況です。
明日、書ける余裕が有れば、復職状況などを書こうと思います。
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さて、5/26が復職の日と決まり、ここの所、手続き続きです。
精神科での復職オッケーの診断書を貰い、まずは会社へ。
ところが、産業医との面談が必須だというので、会社に提出した診断書のコピーを
受け取って、産業医の面談に行ってきたんだけど、以前休職する際にも書いた
例のオーラー診断するちょっと難のある医者なんです・・・・
まず、診断書を出して一言目は「診断書のコピーを出すなんて失礼よ」
いや、会社からそう支持を受けていますと答え渋々納得。
次に診断書の中身に色々ケチを付け始めました。
復職に関して、深夜、休日の勤務はしばらく控える事と、容態が悪くなった場合、
休暇を取る事が復職の条件に書かれているのですが、その条件に難癖を付けてきて
「普通、精神科は復職にあたってはこんな条件は付けないわよ「症状が出た場合は
投薬によりコントロールする」とか、書かないと、復職する人が不利になるでしょ」とまたまた難癖・・・
これも、会社から、復職にあたって最初から全開という訳にはいかないので、もし、なんらかの
問題があるなら条件としてしっかり書いて貰ってくれと言われてたんですが・・・聞く耳持たず。
鬱病になった事ある人なら誰でも分かると思いますが、抗うつ剤や安定剤で完全に
鬱をコントロールなんて出来るわけないのに、精神科の現実を余りにも分かってない
感じがします。
現実に抗うつ剤でコントロール出来ないから、自傷行為や、自殺を食い止める事が出来ないわけで
なんだか、蓮舫議員の馬鹿発言を思い出すような産業医の面談に少しいらついてしまいました。
おまけに「復職する以上死ぬ気で頑張りなさいよ」を連発です。
禁句連発にもう私の方はひたすら苦笑です。
まぁ、しかし、そんなわけで復職も決まり、後は5/26を待つだけです。
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現在の生活を支えてくれている傷病手当金ですが、毎回、10日過ぎに病院で医者のはんこを貰い
15日までには会社に提出するようにしています。
20日に健康保険組合に到着しないと、翌月扱いに回されてしまうからです。
なので、大体は○月10日~×月9日(30日間)の休業と記述しており、その分が毎月給料日に
振り込まれます。
この手当金は直接健康保険組合から貰うことも出来るのですが、税金やら社会保険やらの控除が
めんどいので一度会社に払って貰い、会社から給料と同じ様に処理して貰い、給料日に会社から
振り込まれるようになっています。
で、2月と3月は共に28日分といつもより2日分~3日分少ない申請をしたんですが(3月は診察曜日の関係)
その3月分がいつもより5万円も多く支給されていました。
4月分は逆に3月分で少なかった反動で32日分の申請となり5月にその手当金が振り込まれるので
5月の支給が多ければ理由は分かるのですが・・・・
5月の給料日直後に復職予定ですが、毎日の出勤はまだ厳しそうなので、復職後の傷病手当金に関しても
どのように処理して良いのかまだ分かりません。
以前に総務に聞いた際には、出勤できなかった日にちだけ書いて出せばいいと言われたのですが、
正直、それだけで良いのか、連続して休まないと貰えないのか等、よく分からないことだらけです。
そこら辺は、今度、会社に顔出した際に再度聞くつもりです。
で、いよいよ復帰予定まで1月を切った訳ですが、今のところ順調です。
不安には襲われる物の、昔のように大きな鬱の波は治まっています。
この調子で行ければと思います。
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長々と書いたブログの文章がエラーで全て消えた時の喪失感、空しいですね・・orz
さて、復帰日も心に決め、最近はブログに書く事も減ってきたかなぁって感じです。
昨日由梨とお出かけした際に、由梨が1月の顔面痙攣の手術を受けたのを境に
随分回復してきたって近くにいると感じるって話してくれました。
考えてみると、確かに昨年12月頃は手術に向けての不安、鬱病の回復への不安、
社会復帰できるかの不安、会社からの何となくのプレッシャー等でODを繰り返すなど
かなり荒れていたような気がします。
とは言っても人に当たる訳ではないので自分を攻める形でのストレスだったので、
それが負のスパイラルになっていたような感じでした。
1月の顔面痙攣の手術以降は、まず手術へのプレッシャーから開放された事、
それと、それまで、まともに右目が開かない状態だったのが、完全に症状が治まった事、
さらには何ヶ月も人と接するのが極端に減っていた中、病院で周りに人がいて、規則正く
生活をし、さらには三井記念病院の脳外科スタッフ(勤務医、看護師、給仕さんを含めて)
の奉仕的な勤務に対する畏敬の念などをみて、自分の甘さを再認識できた事などで
鬱病が快方に向かうきっかけを与えてくれたのは間違いないと思います。
また、復帰日を5/26と決め、会社では私が復帰しやすいように環境を整えてくれている事等、
もちろんプレッシャーはあるモノの今ではそれも受け入れられる程自分の鬱病の
症状が回復している事を再認識することが出来ました。
今も、不安症の症状や、睡眠障害などは出ていますが、それすらも職場は理解して
くれているので、やはり私は恵まれているのでしょうね。
こんな形で私の事は書く事が減ってきましたので今後は再び由梨との生活内容などが
ブログの主になってくるかもしれません。
更新も少し遅くなるとは思いますがよろしければ今後も私のぼやきに付き合って
いただければと思います。

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