私の写真日記

私は喜寿近くになり50年勤め完全退職しました。これから健康寿命を伸ばし夫婦共々穏やかに楽しむ人生を願っています。

75歳過ぎると選択しは少くなる

2024年05月24日 | 自分のブログ

昨日は、予告どおり昼飲み会でした。

お互いの中間点である最寄りの駅近くでの一杯でした。

何年か前に駅前が開発され、電車は地下になり平地に線路があった場所は大きなひろばになっています。

我々に合った昼から飲める場所もそんなにありません。

いつも駅から徒歩1分のビル5階の居酒屋にしています。

「先ずは生中」で乾杯です。外国の方は「先ずは生中」と言う銘柄があるように思っているようです。

いまやどこでも高齢者には苦手な、タブレット注文なんですね。

どこを押しても注文したいモノが出て来ません(時間がかかります)。

付け出しはこれツブ貝?です。

そう、まだこんな時間です。

女性同士での方。

我々と同じような方がそれぞれ会話を楽しんでいます。

このキャベツは特に美味しい。

何んとか、タブレットでも注文出来ました。

店員さんとの会話はほとんどありません。これも今風の居酒屋での変化なのでしょう。

とりわけ、大事な話がある訳では無いのです。

強いていえば、「お互いの安否確認」です。

この方、安〇さんはある団体の理事長さんで、私も同系列の団体に属しており60歳からの付き合いです。

境遇も似ていて、何故か気もあっていたのでしょう。何かあると一杯にお誘いしていました。

東日本大震災の復興支援に行きましたね。大船渡・陸前高田・遠野市などにもです。

このような席は、当然最初は昔話(むかしばなし)からです。お互いの仕事上の業績などを自負?しながら、会話は続きます。

男性社会はみなさん昔を忘れられずに、こんな会話から始まるのでしょう。

ふと気が付くと、もう我々の時代ではなく、旧職場も風の便りでは現状の動きに不甲斐なさも感じます。年寄りの邪推であって、何があっても”そんなの関係ねぇ~!”なのでしょう。

以前は協力して難題に立ち向かったり、解決する努力を共にしてきたのですがね。

まぁ~これが時の流れであり、口を挟むような場面ではありません。

気が付けば安〇さんと私も後期高齢者と呼ばれる立場になりました。

政府では高齢者の年齢を5歳引き上げて、65歳からとしました。

60歳からの年金受給者で良かったのかも?

それより、我が身の健康や家族のこと、今後の人生をいかに暮らすかの方が先決に考えるべきなのでしょう。

ここで感じるのは、「75歳過ぎると選択種は少ない」と言うことです。

以前の現職時代も含み若い頃は、あれもこれもとやりたいことが選べました。

また、私は旅行や他の趣味なども持ちたいとか思いますが、今や資金力と体力が付いて行けません。

ここまで来ると、道は二つしか選べません。

片方に行けば健康で長命に、もう片方行けば下り坂へです。

しかし、成り行きや方向は自分では選べないのが実情です。

多少の努力や気持ち次第で、次の暮らしが出来るのかも知れません。

知り合いでも、昔 海外生活や船旅行を楽しむなど、華々しい話をする方もおります。それはそれとして・・・。

義兄や姉さまも現職時代は苦労されたかと思いますが、卒業後はよく海外旅行に出かけていました。

しかし、やがてどちらかが片方になると資産もあっても、儚い夢となるのでしょう。

断捨離する体力も無くなります。

このように健康と老いは、経験や資産などとは関係がありません

やがては、忍び寄る認知症や介護施設の暮らしも想像できます。

私も見せかけでは「元気で充実した生活をしているように」感じられている方もいるようです。

女房も病院での検査結果待ちで、私もかかりつけ医から、いろいろと生活指導を受けています。

その注意(指導)が返ってストレスに感じることもあります。18歳(20歳から)アルコールと一緒ですが60年間飲んでいても、この状態(比較的健康の部類と感じています?)ので、まぁ~いいか!と開き直っている部分もあります。

ちょうど良い時間になりました。

バスに揺られて帰宅です。

女房も”今日は楽しかった?”と言われました。一人でも良いから何でも話せる友だちは必要よ!と・・・。全くそのとおりだと思います。

現在の心境や悩み?を分かちあえる友がいることは心強いものです。

 

yuki76

コメント (4)
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