趣味の音楽とブログ

日々の日記とギター・マンドリンに関する情報

つるちゃん(2)

2010年06月30日 09時16分24秒 | 日記
新緑の時期から秋口までつるは延び放題になる
これなんかは涼しそうで絵柄的には

民家の庭先に建てられた、この家専用の電柱におじゃましちゃったつるちゃん、これ以上は伸びられない

成敗せいばい)するには、電柱に登らなくてもつるの下の方をちょん切れば退治できる
その事をつるちゃんは考えていないのか、ここの住人を信じ切っているのかは知らない
こちらも悲しい運命をたどるらしい

多分かぼちゃつるだと思うが、このまま進めば道路に出る
だからといってひょいとUターンはしないだろう。
必ず真っ直ぐに延びて車にひかれる
まあ、目がある訳ではないからしょうがないのかも
試しに今度この道を通ったらつるを畑のほうへ返しておこう
それでも又、道に向かって延びたら救いようがない
どうぞご勝手に

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つる

2010年06月29日 09時20分31秒 | 日記
つるは生命力が強い
山の中で杉の木の巻き付いたつる特に人間に迷惑はかからない

天まで届けと応援したいくらいです
ところが、こうなると少々邪魔になる

農家の飼料用タンクに巻き付いている
ペギー葉山さんの曲で学生時代の歌詞につたのからまるチャペルというのがある。
この歌は昭和39年に作られ、100万枚が売れたという。
当時だからレコードのシングル版だったろうと思う。
これがつたのたぐい

民家のブロック塀を完全に覆っている重そうだ。
今のうちはキレイだが、枯れてくるとぶざまな姿になる
18歳のと60歳のババアの違いアハハ。
これで批判のコメントが来たら毒蝮三太夫さんは、とっくに死刑
になってます。
どうか命ばかりはお助けを

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アイボン

2010年06月28日 09時21分43秒 | 日記
iphoneアイホーンは多機能の携帯電話ですが、今日は似たような名前の洗眼薬アイボンの話です。
夜間や早朝のサッカー観戦のため目薬や栄養剤、ドリンクなどが売り上げを伸ばしたと言う。
医者嫌いの知人が、ほとんどの薬は信用しないが、アイボンだけは使っていると言うので真似をして買ってみた

私は近眼と乱視の眼鏡使用者、サッカーの実況中継は見なかったが、目がショボショボする事は多い。
どれを買ったらいいか分からないので、店員さんを呼んで勧められたのが、いかにも女性用と思える商品。
中味も真っピンクで美味しそう張ってあったラベルは剥がした。

どの商品でも目薬感覚で使う物なので大差はないらしい。
一つだけこだわったのが下を向いても使える事。

ほ乳瓶の先っちょみたいなぷにょぷにょのカップに洗浄液を入れて使う。
確かに使い易い、大変満足した商品だった。
ただ、目には自浄作用があるので、これらの商品の使用については反対の意見もある。
何でもそうだが、過ぎたるは及ばざるがごとし、特にしょぼしょぼする朝1回だけ使うことにする。

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効果は?

2010年06月27日 14時24分55秒 | 日記
案山子(かかし)は主に稲などの実をから守るためのもの。
しかし、おねんねしていては役に立たないだろう

どこから手に入れたのかマネキンに白装束を着せたらしい。
その案山子も最近はほとんど見られなくなった。
最初は気付かなかったが、これも案山子のつもりらしい

これはかなりおっかねえ、泥だらけのさらし首
もう一体は若いお兄さんが電柱のトラ綱に縛り付けてある

若いお兄さん?は間違った言葉使いかも知れない、老人のお兄さんはいない
しかし、鳥たちは人間と認識するだろうか?ただ真っ黒い物体が置いてあるとしか思わないだろう。
せめて顔にファンデーションでも塗って少しは人間様らしくお化粧すれば良いのに・・・

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演奏会情報

2010年06月26日 09時14分29秒 | ギター・マンドリン

群馬県立高崎高校音楽部の第43回マンドリンコンサートが開催される。

まあ派手なパンフレットだこと涼しそうですね
今年は創部50周年に当たるので、特に気合いを入れたのかも知れない。

日時/
7月19日(祝日)午後2時開演
会場/群馬音楽センター
入場/500円(全席自由)

客演として、群馬交響楽団の首席バイオリン奏者の秋葉美果さんを迎える。
曲目はオリジナルを含むクラシックが主ですが、マンドリン合奏ではお馴染みの小池正夫作曲、古戦場の秋も予定されている。
現代風にパンフレットとチケットにはGRコード印刷されている。

暑い時期の開催ですが、館内は冷房が効いて快適でしょう。
主催は同高校のOB会となっています。

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蚕糸記念館(終り)

2010年06月25日 09時20分32秒 | 日記
勝った・・・サッカーの話。
事前のサポーターへのインタビューでは、日本の勝利を信じてます。
など、強気な意見ばかりだったが、相手は強豪もしかしたら負けるだろうと思った人も多かったに違いない。
終わってみれば快勝、ファンでなくても嬉しい。
蚕糸記念館のブログは今日で終わりますが、サッカーはまだ続きます
ますます応援にも熱が入るだろう

手動式の簡単なはた織機(写真手前)と座繰機(写真奥)

上の写真だけでは何が何だか私でも分からない
下の写真は大きい糸巻きに繭の糸を巻き付けた物、手動での巻き取りだったので、大きいほうが回転数が少なくて済む

手動といっても手は糸を巻き取る作業に使うので、通常は足踏み式になっている

明治から大正生まれの女性は、これらの作業を自宅でやっていた。
繭から糸を取り出すには繭をお湯で煮てやわらかくする必要があるが、その耐え難い臭いも金のため、文句を言う子供もいなかったようだ。
景気の回復が感じられない昨今ではありますが、当時の貧しさを経験している先輩達は全く意に返さない。
食えるだけで充分との考えは立派だが、人並みの生活を送るには、教育費や医療費など、押さえられる出費にも限界がある。
武士は食わねど高楊枝(たかようじ)では済まない時代

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蚕糸記念館(7)

2010年06月24日 09時06分14秒 | 日記
医者の無養生とは、他人の体は診るが、医者自身の病気に対しては無頓着(むとんちゃく)だというもの。
さらに昔の言葉で、むしろ織り(むしろを織って生計を立てている人のこと)、こもをかむって寝る、ということわざがある。
むしろは藁(わら)で編んだ比較的高級な物、こもは少々お粗末な織り方のもので、下の写真はこものたぐい

この程度の物は夜なべに織って出費を防いだという。
桑などを入れる竹製のカゴも自分で編む人が多かったようです。

蚕を入れて運ぶには、蚕の足に付いている吸盤みたいなものを痛めないように木製の器(木鉢、きばち)に入れて移動した。(写真の右側)
その後、アルミ製などの茶盆が利用されるようになった。
繭の表面に付いている余分な毛をむしり取る機械を毛羽取機と言う。

手動式の簡単な機械だが、一度に多くの繭を送り込むと繭そのものを機械に巻き込んでしまうので結構操作がむずかしかった
子供ながらに面白い作業で志願してやらせてもらった
だが、高値で売れる繭を相当数ダメにしてしまうので・・・
怒られる事はあっても誉められる事はなかった

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蚕糸記念館(6)

2010年06月23日 08時54分07秒 | 日記
蚕室を暖めるために籾殻(もみがら)を使用することがある。
なるべく安い費用でまかなうのが商売の鉄則、いわゆる経費の節減を図るというもの
この円錐(えんすい)に似た穴だらけのブリキの筒は、もみ殻の着火を助ける簡単な道具で、どこの家にも1つぐらいはあった気がする

次ぎに登場するのはまぶしを織る道具です

まあ、手動の毛糸編み機みたいな物です
現在の飼育方法は広い場所で行い、桑の与え方も大ざっぱになって作業がしやすくなった。
それまでは住居部分に木の枠を作り、このような竹で編んだカゴを置いて、その上に油紙などを敷いて飼っていた

蚕を飼っている期間中は、家族の居場所が極端に狭くなり、オーバーな言い方をすれば折り重なって寝る状態で、子供部屋などは考えも及ばなかった時代です。

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蚕糸記念館(5)

2010年06月22日 09時07分02秒 | 日記
繭(まゆ)の中ではやがてサナギとなる

この時点で繭を糸に引く工程となる。
サナギを放っておくと、このような丸々太った(が)になるが、養蚕農家で蛾を見ることはほとんどない

寒さに弱い蚕を保護するため、火鉢(ひばち)などを使って蚕室を暖める。

は農家にとっては神様みたいな存在だったのだろう。
そのためお蚕様(おこさま)とも呼んでいた

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蚕糸記念館(4)

2010年06月21日 09時33分41秒 | 日記
(まゆ)を作る時期が来ると放って置いても適当な場所に繭を作ってしまう。

繭を収穫するためには、どこにでも勝手に作られては困るので、このような稲わらで編んだまぶしと呼ばれる器具に蚕をばらまく

このまぶしは繭を取り出しにくいためこのようなダンボール製のまぶしが開発され、随分と楽になったようだ

天井から吊した針金に吊り下げる仕組みで、クルクル回るようになっているため回転まぶしと言ってた。
碁盤の目のようになっている升目(ますめ)の中から繭を取り出す木製の櫛(くし)のような道具もあった。
短期間で現金収入になる養蚕は、我が家でも私が小学生ごろまで携わっていた。
桑摘みや蚕の世話は子供が喜んでする作業ではなかったのでイヤイヤながら手伝った記憶しかない

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