
・ヴェニスというのは、
晴れた日に訪れるべき都市である。
更には、この町は、夏の都市のように思われる。
海に浮かぶ町なのだから。
残念ながら、当方の都合で、
その頃にヴェニスを訪問出来ない。
3月29日、という中途ハンパな時期になってしまった。
なぜ中途半端かというと、
案内書によればヴェニスの料理店や社交場は、
「四月から十月まで開店」というところが多い。
ヴェニスの観光時期は、その七カ月なのであって、
三月終りはまだ、海風も冷たいのだ。
私はちょうど十年前、ヨーロッパへ行ったが、
その時もヴェニスへ来た。
しかしここでは、水に濡れた汚い路地を歩き、
ガラス細工を買ったという印象しかない。
私はカナヅチであるので、水恐怖症だから、
ホテルの窓からすぐ下が川なのに動転して、
「キヤッ!」といったなり、
窓を閉めて震えていたのであった。
水上バスで飛行場まで行く時は、幸い満員で、
人ごみの中に立って、
手荷物を足元へ置いてとられないように気を配っていたから、
水が目に入らずにすんだ。
ガイドが、
「運河が市中を縦横に流れ、四百の橋がかかり・・・」
といっても、大阪は八百八橋やないか、
珍しくもない、と思ったりして、
多分、その頃に、団体旅行の疲れが出ていたのだろう。
ゴンドラに乗ってる人もあったが、
その時の相棒は私のお袋であった。
お袋とゴンドラに乗って月夜の海へ漕ぎだしてもいかにせん、
私は美空ひばりではないのだ。
嬉しくも悲しくもない、
張り合いのないことである。
お袋と旅して張り合いのあるのは、
ショッピングのときだけであった。
買い物好きの私(ゲテモノ、ガラクタ好き)に、
おなじく金使いのあらいお袋(ブランドもの、高級品好き)は、
互いの買い物、互いの金使いについて、
ケンケンゴウゴウとやりあうのであった。
そうして風景絶佳とか、世界の奇観、
とかいうところへまいりますと、
片やお袋は疲れてぐっすり寝込み、
私は水の上に漂ってるような心もとなさに、
四方の川をみて、
「キャッ!」といって窓を閉めるのであった。
しかしまあ、ヴェニスは世界の奇観というには、
やぶさかではない。
こんな特徴ある町はどこにもない。
かつ海に浮かぶ町であれば必然的に、
住民は海のモノを口にしているのであろう、と、
私は今回、もう一度ヴェニスを見直そうと、
ローマから飛んできたのであった。
ローマから空路一時間、
ヴェニスのマルコ・ポーロ空港へはお昼前に着いた。
空から見るヴェニスは、
飛行機の窓に、絵葉書を貼りつけたかと思うばかりである。
群青から濃紺、紺碧と、
光と色が屈折して見えるアドリア海のただ中に、
町が浮かんでいるのだ。
淡褐色の屋根、淡黄色の屋根の町が、
海上に忽然とあらわれる。
建物の裾は、すぐ青い海である。
私は南海諸島の奄美あたりへ飛行機で飛ぶと、
(島へ来た)という感じがする。
緑濃い島が洋上に浮かび、
そのまわりを白いレースのような波が縁取り、
更にそのひとまわり外側を珊瑚礁が取り囲み、
(納得!)という感じで、そこに島はある。
飛行機はそこへ羽をすぼめた蝶が舞い下りるように、
ス~ッと下降してゆく。
しかしヴェニスでは、波打ち際も海岸線もなく、
建物からすぐ海である。
おびただしい財宝と過去の栄光と、
現在の活気、それらを詰め合わせた、
美しいチョコレートボンボンが、
海上にばらまかれた、という感じである。



(次回へ)