むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

「2」 ③

2024年09月01日 14時00分06秒 | 「むかし・あけぼの」  田辺聖子訳










・夜、子供たちが寝入ってから、
私は、
書きためたものを読んでいた

なかなか面白い

弁のおもとは、
笑ってくれるかもしれない

だって今まで、
こんなもの、
私は見たことがないもの
私の書いたもののほかには

「期待はずれで興ざめなもの」

・昼吠える犬

・春まで残っている網代

・乳飲み子の死んだ産屋

・牛の死んだ牛飼い

・学者の家で、
引き続き女の子が生まれたの

・方違えにいっても、
もてなしてくれないの

・田舎からの手紙に、
みやげ物がついていないの

・除目に官職を得なかった家

・乳の出ない乳母


「憎らしいもの」

・急用のあるとき来て、
長話する人

・硯に髪が入って、
磨るとき不快な音のするの

・つまらぬ凡人が、
やたらにやにやして物をいうの

・火桶、炭びつに手を、
うち返しうち返しして、
皺をうちのばし、
火にあぶっている男

・何か聞こうと、
耳をすましているときに、
泣く乳飲み子

・話に割り込んで出しゃばる者
そんな者は男でも女でも、
子供でも憎らしい

・子供が遊びに来たのを、
かわいがってものなどやったり、
しているとそれに馴れて、
いつもやって来て、
坐り込むのが憎らしい

・昔の女をほめる男

・くしゃみを声高くする者
いったいくしゃみなどというもの、
一家の男主人だけが、
無遠慮に出来るのだ

無作法な男は、
則光の友人であり、
声高にくしゃみをして、
はばからないのは、
鈍重な乳母たちである

子供というもの、
まともな神経で向き合うと、
憎らしい

・〇人がそばにいると、
図にのるもの

・取り柄のない子が、
親に甘やかされているの

近所のやんちゃ坊主、
四つ、五つくらいの子が、
いたずらをして困るのがある

いつも叱られたり、
制止されたりして、
思うままに出来ないのが、
親が来ているのに勢いづいて、
見たがっていたものを、
見せてといって母親をひっぱる

母親はおしゃべりに夢中で、
耳に入れないので、
子供は自分の手で引っぱり出すのが、
憎らしい

それを母親はこれこれ、
とだけいって、
その物を取り上げたり隠したりせず、
「そんなことしてはいけません」
などと笑いながらいっている
そういう親まで憎らしい
こっちが文句をいえないで、
ただ見ているだけなのも、
じれったく腹が立つものである

私は子供の可愛さをようく、
知りながら、
憎らしさも見過ごすことが出来ない、
のであった

「かわいらしいもの」

・瓜に描いた赤ん坊の顔

・雀の子がチュッチュッと呼ぶと、
踊るようにやってくるの

・二つばかりの幼な児が、
這ってくる道に、
小さいごみを見つけて、
小さい指でつかまえて、
大人に見せているの

・幼い女の子の、
おかっぱの髪が目の前に、
かぶさっている、
それをかきのけないで、
顔を傾けて物を見ているの

・ちょっと抱いているうち、
しっかりと寝入ってしまう乳飲み子

・人形あそびの道具

・蓮の小さな葉を、
池からとりあげて見る

・何もかも、
小さいものは、
とてもかわいらしい

・八つ、九つぐらいの男の子が、
澄んだ声を張って、
漢籍を読んでいるさま


「けだかいもの」

・美しくふっくらと肥えた幼な児が、
いちごを食べているさま

・薄紫色のあこめに、
白がさねのかざみを着た、
初夏の童女


「似つかわしくないもの」

・髪のよくない人が、
白綾の着物を着てるの

・ちぢれ髪に葵をつけたの

・字が下手なくせに、
赤い紙に書いているの

・いやしい家に、
雪の降ってるけしき

・老人の猫なで声

・ひげだらけの老人が、
椎の実をつまんで食べてるの

「汚らしいもの」

・鼠のすみか

・朝起きてなかなか、
顔や手を洗わない人

・白い痰

・洟をすすりながら、
歩きまわる子供

・油を入れる容器

・羽のそろわぬ雀の子

・暑いころ、
なかなか湯あみしないでいるの

・着物の萎えたのは、
みな汚らしいが、
うす黄色の着物はことに


「むさくるしいもの」

・刺繍の裏側

・猫の耳の中

・汚い場所の暗いの

・醜い平凡人が、
小さい子供をたくさん持ってるの

・愛してもいない女の病気を、
聞く男の心持ち


「大きいほうがよいもの」

・坊さん、果物、家

・弁当袋、硯、墨、男の目

・ほおずき、山吹の花、馬や牛


「短いほうがよいもの」

・急な仕立物を縫う糸

・燭台

・身分低い下女の髪

・未婚の娘の口数


「切なさそうに辛げにみえるもの」

・真夏の暑い午さがり

・汚らしい車に、
貧相な牛をかけて、
よたよたゆくもの

・雨の降らない日に、
莚をかけた車

・年とった乞食

・身分卑しい女の、
身なりのひどいのが、
子供を背負っているの

「めったにないもの」

・容貌も気だてもすぐれ、
非のうちどころのない人

・物語や歌集をうつすとき、
書きうつす本に墨をつけないこと

・深くちぎり合った人たちの、
終りまで仲良きこと

・打たせた練絹の、
うまくできてくること






          


(次回へ)

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