・道隆の大臣の北の方の貴子の上を、
以前宮仕えしていたといって、
軽侮する人があるが、
その代り、おん娘の定子中宮は、
今上の後宮を明るく開放的な、
のびやかな色一色で、
いろどってしまわれた
「こんなによく、
笑い声の聞こえる御殿は、
いままで存じませなんだ」
主殿司の老いた女官長がいったが、
そういえば、
村上帝が亡くなられて、
冷泉、円融、花山と、
あわただしい代替わりが続いた
そして安和の変、
花山帝のにわかな御国ゆずり、
世をどよもす政変が続いた
そのたび、
後宮の女あるじも変り移り、
物の怪も混乱につけこんで、
跳梁した
早いご譲位に、
泣く泣く退出された女御、
帝の狂疾をおそれて、
宮中に寄りつかれなかった皇后、
政策のため、
女御とは名ばかりで、
帝と別居していらした方・・・
後宮は荒れ果てていた
そこへ定子中宮は、
さわやかな新風と光を、
持ち込んで入られた
そればかりではない
中宮ははじめて、
帝とむつまじく並び立たれた
お若い一条帝と中宮は、
相思相愛のおん仲で、
ほほえましく拝見される
要するに貴子の上は、
宮仕えびととして有能であったが、
それによって身につけた見識で、
定子姫をすばらしい、
後宮の女あるじに、
育てられたのであった
今の私には、
宮中のものみなすべて、
この上なくめでたいものに、
思われる
宮仕えすることも、
限りなく嬉しい
嬉しいものといえば、
中宮に視線をあてて頂くほど、
嬉しいことがあろうか
たくさんの女房の中で、
ことに私に目をあてて、
中宮がお話になる
胸がどきどきしてしまうほど、
嬉しい
遠い柱のそばに座を占めていると、
中宮が見つけられて、
「こちらへいらっしゃい
少納言」
とお声をかけて下さる
晴れがましさと嬉しさと
この頃、
中宮と私は、
恐れ多いことだけれど、
「女あるじと女房」
という主従関係以上の、
「仲よし」の間柄になった気がする
たとえば、
この前、雪が降ったときの、
「香炉峰」の問答のように
あれは去年の暮れだった
宮中で見る雪の風趣もよかった
私たちの住む登華殿の西廂の細殿、
ここは前にもいったように、
殿上から北の陣へ出る、
あるいは殿上へ昇る人々の往来が、
見られるところ
朝早く、
遣戸を開けると、
いちめんの雪
それが今も止まずに降っている
その中を、
殿上の宿直から帰る男たち、
四位五位のすらりとした、
若い美しい青年たちが、
うす紫や緋のあざやかな直衣を着て、
傘をさしてゆく
直衣の裾は、
濃い紫の指貫にたくしこみ、
深い沓をはいているが、
風が吹いて吹雪くと、
あざやかな衣装も雪にまみれる
そのさまが、
何とも艶麗で、
私はうっとりする
その日、
私が参上すると、
中宮の御前では人々が、
「降るものは何がよいか」
と言い合っていた
「みぞれ」
をあげる人もある
「少納言、
降る状態は、
どんなのがよくて?」
と中宮がおたずねになった
「雪は檜皮葺きに降るのが、
めでとうございます
それも真っ白に積もっているのより、
少し消えかかって檜皮が、
見えるところとか、
瓦屋根の一つ一つに吹き込んで、
瓦の黒いのが見えているところなど
時雨やみぞれは、
音を立てて降る板屋が、
おもむき深いものですし、
霜も板屋が美しゅうございましょう」
中宮はうなずかれたが、
いたずらっぽい笑みを、
浮かべられると、
「少納言
香炉峰の雪はどう?」
私はすぐ女官に、
「御格子を」
とささやくと、
かしこまって、
下げ渡していた格子を上げる
まだ外は夕方で、
雪に映えて明るい
私は御簾を高々と巻き上げ、
雪景色をお目にかけた
そこまできて、
はじめてほかの女房たちも、
わかったようだった
どっとどよめいて、
中宮さまも声をあげて、
お笑いになった
「どうでしょう
『遺愛寺の鐘は
枕をそばだてて聞き
香炉峰の雪は
簾をかかげて看る』
なんて、
いつも朗詠している句ですのに、
仰せのお心が、
すぐにはわからなかったわ」
と宰相の君が無邪気にいった
宰相の君の解説で、
やっとわかったらしく、
今ごろになって、
さざめいている人もいる
「すばしこい少納言」
という名が広まったのは、
それからではないかしら
無論、私も、
古参の人たちをさしおいて、
さし出たことをした、
と思わなかったわけではない
そんな配慮は、
中宮のほほえみと、
意味ありげな目くばせで、
ふっとんでしまった
人のことなんか、
かまっていられないわ!
中宮のおきれいな笑い声が、
私には何よりの、
ごほうびだった
中宮さえ、
お気に入って下さればいい
(次回へ)