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「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

42、京のおまつり

2022年04月15日 08時21分23秒 | 田辺聖子・エッセー集










・「葵祭に雨降ったことおへん」
と京都人に励まされたが、
前日はかなりの雨だったので心配していたところ、
幸い、当日の五月十五日はよい日和となった。

私は勇んで京都へ出かけたのである。

いま、「宇治十帖」の現代語訳にかかっているので、
今年の葵祭はぜひ見ておきたいと思った。

町は混雑しているが、
祇園さんのときほどではない。

葵祭の行列は、毎年のコースとは今年、
少し変えられている。

いつもは川端通りを行くのだが、
地下鉄工事で、今年は河原町通りを北上する。

四百五十人あまり、
牛馬四十頭、
牛車(ぎっしゃ)が二輌出るという。

七百メートルの大行列、
これが全員王朝風俗だから、
王朝狂いにはこたえられない活人画というか、
歩く絵巻物である。

やっぱりそばへ行って間近に見なくては、
「源氏」も「枕」も顕ってこない。

牛車なんてものは、
実に壮麗なものである。

大の男が物々しい服装で四人乗れるのだから、
近間で見るとまるで高層ビルの如く、
(う~ん、大きいなあ)と感嘆し、
かつ、今の車より高価いものだったろうとわかる。

貴族仲間でも、牛車の貸し借りはあったらしく、
「枕草子」にも、これから出かけようというのに、
貸した車が戻ってこなくてイライラした、
ということが書いてある。

今年の斎王代は四条通りの老舗、
和装小物屋さんの「井澤屋はん」のお嬢さんで、
美しくて品がよく、「朝顔の君」もかくやとばかり。

裳唐衣の正装で、白丁六人のかく腰輿(およよ)に乗られる。

勅使の束帯姿もりっぱだが、
私の好きなのは、巻えいの冠においかけという、
鬢の両側に黒い飾りをつけた武官の舞人や馬寮使い、
王朝の服装は、女性はむろんだが、
男の格好の、立派で色気のあることといったら。

「源氏物語」でいうと、「葵」の巻、
かつ車争いのとき、光源氏は二十一歳で大将だから、
さっそうたる武官として行列に供奉する。

けってきの袍で帯剣騎馬姿、
おいかけのあいだから流し目をくれたりすると、
六条御息所(ろくじょうみやすどころ)でなくとも、
女は、キャア~!となるところである。

ところで、今年は下鴨、上賀茂の社頭の儀を拝観する。

行列は下鴨社で儀式がすむとしばらく休んで、
上賀茂社へ向かう。

その間、白丁や雑色(ぞうしき)馬副(うまぞい)の、
扮装をした人々は、木蔭に腰を下ろしたり、
白砂に寝そべったりして、
「あ~~、しんど」とバテている。

京大の学生アルバイトだという白丁の一人は、
「暑うてたまらんねん」
とひんやりした砂の上に気持ちよさそうに寝そべり、
「えらいですワ、これでけっこう」
といっていた。

全行程は八、二キロあるそうだ。
五千七百円もらう、といっていたが、
私としては、思い思いに寝そべる白丁や雑色、
袍の袖に五月の薫風を吹き入れて、
ふくらませながら歩いている姿に、
夢はふくらむのである。

典雅な行列もいいが、
ひと休みして思い思いに散ってるい王朝人の、
たたずまいに心ひかれる。

衣の裾をたくし上げて右往左往する、
かわいい女童(めのわらわ)たち、
緋色とはなだ色(水色)の、
あざやかな取り合わせの衣の武官の舞人、
袖をひるがえして小走りに行く采女(うねめ)。

「かき氷たのむデ」

と叫んでいる風流傘を持った舎人(とねり)。

いや、「源氏物語」より「今昔物語」の風景かいなあ。

この葵祭には、子供たちがたくさん加わっている。
女の子は女童の姿で従い、
少年は水干(すいかん)など着て、牛車のそばを歩く。

ことにめざましいのは、
上賀茂の社頭の儀が終ってから、
参道で行われる走馬(そうめ)である。

一頭ずつ馬を走らせる、
というだけのもので、
別に競争するわけではないが、
白い水干に冠をつけた少年が、馬と一体になって、
「ハア~ッ」とかけ声もろとも、
白砂を飛ばせて馳せていくさまは、
新緑の神苑を背景に、なんともすがすがしい。

本人は無我夢中であろう。
一瞬にして目の前を飛んで去るだけだが、
少年の気はくのようなものが飛んで、頬は真っ赤だった。

社家ゆかりの方にうかがうと、
走馬に出るのは社家の息子の元服式のようなもので、
私らも子供のとき、やりました、
というお話であった。

京のまつりにゆかりのある人々は、
馬に乗ることもたしなみの一つであるらしい。

少女たちも馬に乗って、
斎王代の輿を前後守るが、
これは「むなのりおんな」(騎女)という。

いい気分で帰ってきた。
青葉の夜、かつおのたたきで冷酒を飲む。






          


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