「たぬき音楽祭」-ネオ公民館『誉』-「NU」 その他ごくたまに日記が書かれたもの。

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祝島

2010年05月09日 | 祝島について
三度目の祝島の一泊(民宿くにひろ)は、彼これ1週間はいたような 濃くてフレッシュな時間だった。






(柳井港~祝島へ9:30の便で行きました)






(港と集落)



(独特の家造り)



(島の宝)



(豚を連れて島の未来を想像する氏本さん)



(島の魅力にとりつかれ、3週間ほど手伝いをしているタカちゃん)


(島には島のルール、ノーヘルが基本)


(家族の様に島人に愛されている豚さん)


(地産地消。島のみかんをパクリ)


(4日前にうまれたばかり。)


(みんな仲良し)


(記念撮影)





(向こうに見えるは建設予定地)



(ひじきとり)



(島の長老?タミちゃんと、元彼らしい)


(手伝いを終えて、記念撮影)




(最後はみんなで晩餐会)













年金のことや、老後のことばかり考え、心配してる日本とは違い、この島では50代で若造。80代で現役バリバリという底抜けなパワーを秘めた島なのです。


まるで何の問題もないかのように、通りのあちらこちらではゲラゲラな笑い声が聞こえる。


この島は常に未来をみている。
僕はつねづねそうかんじる。



先に述べた老後のことよりも、どうしたらこの島がいつまでも元気でわらっていられるかを常に考え、実績している。
金銭的な豊かさを追わず、かといって発展を投げている訳ではなく、背丈にあった生活をわきまえ、そのためにしっかり働いている。



彼らには必然と何故働くのかがわかっているのだろう。
島の長老で80才の長老タミちゃんは言う。

この島では農業だけできたり、漁業だけできてもいけんのよ。なんでも出来てあたりまえ、そうでないと一人前ではないらしい(笑)


少ない人口、高齢だからこそ皆が皆を支えあえるように努力されできている。
GDPには反映されない洗剤的能力に長けているのだ。
その町や村には、それに見合った生活がきっとあるのだ。
だから中国電力が島に言うような第一次産業だけでは暮らしていけないと言う彼らの常識、ものさしではみてはいけないのだ。


夜、氏本さんの蔵で民宿のくにひろさん、同宿した志賀の先生、広島のタカちゃん。島の魅力にみせられ転校してきたミズキちゃん一家、山陰からちひと、けんじ君、犬のマキ、それからタミちゃんで晩餐。


『わしらは中電の作業員を憎んでいないんよ。むしろ同情してるし、可哀想だと思ってる。彼らは家族もあるし、命令されてるだけだから。でもね、どんなことがあってもわしらは金で海をうる事はできんのんよ。1000年以上も島を守り続けてきた先祖や、これからの子に申し訳がたたんけ』と島の長老タミちゃん。


さて、映画について。

公民館に溢れんばかりの爺ちゃん婆ちゃんが続々とあつまり、どことなくその光景が大きな家族にみえた。
そして映画がはじまるやいなやスクリーンに皆自分の間で つっこみを入れたり笑が耐えない。

映画には一切音楽はつかわれていないけど、島のリズム、メロディーが常に聞こえてくる。

2年以上も通いつめた監督からみえる島の日常風景や言葉こそが、一級品の絵であり 詩なのであります。


終始、笑いと涙がとまらなかった。
この映画をこの島で、島の感覚でみれて幸せだった、


そして、この様な懐かしい未来があるということを知ってもらいたい。
いつか松江で上映できればと思い、また島とサヨナラした。






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