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酒の肴を独断偏見でエブリデー更新。関西3県境の北摂(兵庫東北部、大阪北端、京都南部)に生息※敬称は略。

愛娘かばい父凍死の悲話

2013-03-04 | 日記
お雛祭りの日曜日だった。
朝から寒さが厳しい。
強風で降る雪が頬に当たり痛いほどだった。
「今日は桃の節句だよ、なっちゃん」
9歳の一人娘、夏音(なつね)が笑顔でうなずいた。
「買いものに行こうか。ケーキを予約してるんだよ。今年はシロクマさんの形だよ」
「わーい」無邪気に娘がはしゃいだ。
漁業を営む父・岡田幹男が、玄関を出て軽トラックのエンジンをかけた。
普段は漁具を運ぶ車。
氷点下6度の厳寒の外気に車内を娘のために温めた。
「もういいよー、出てきて。家の鍵を閉めてね」
「はーい」
真っ赤なほっぺを膨らませて車に転がるように助手席に滑り込んだ。
玄関からほんの数分。
フードつきスキーウエアを着たなっちゃんの長いまつげは、白く凍りついていた。
「ふーー、しばれるな(寒いな)」
「うん」
桃の節句のために予約していたケーキをもらってUターンした。
町に来る時はそうでもなかった。
だが、自宅に戻る途中、風速15メートルの「小台風」。
視界をさえぎる猛吹雪になった。
「前が見えないね」
「うん、お父さん、大丈夫?」
「なっちゃん、大丈夫。お父さんがそばにいるからね」
フロントガラスをワイパーがきかない吹雪が襲う。
雪にはなれているが、恐怖さえ感じる猛吹雪になってきた。
アクセルを踏む右足の筋肉がこわばる。
トロトロソロソロ。
しっかりハンドルを握って、前かがみで運転をした。
目を凝らして、前方をにらむが視界はない。
「お父さん、怖いよ」
「大丈夫、だいじょうぶ」
自らを落ち着かせようとするかのように、愛娘に答えた。
不安を打ち消すのも、父親の役目。
そうはいうものの、まったく前方が見えない。
道路の境目さえ見えなくなってきた。
車の窓は真っ白で外の景色は見えない。
午後3時を過ぎていたが、一面真っ白。
方向感覚は、まったく失われる状態だ。
さすがに怖くなった。
「車が動けない。凄い雪だあ」
親戚の人に携帯を鳴らした。
その1時間後。
「このまんまだと、燃料がなくなってしまう。親戚の家に泊りに行く」
再び携帯を鳴らした。
「子供の服は大丈夫か」
「ああ、帽子がついたスキーウエアだから、大丈夫だよ」
そんなやり取りしたあと、消息が途絶えた。
この頃はすでに2時間で3メートルほどにもなる積雪になった。
「父ちゃん、怖いよ。家に帰れる?」
「うん、車を出よう。近くに親戚の家があるから泊めてもらおうか」
笑顔でなっちゃんに伝えた。
猛吹雪で、車の外では声も聞きとりにくい。
44歳で授かった一人娘。
2年前、妻を病気で亡くした。
祖父母ももう、他界している。
53歳の岡田さんはホタテ、カキなどの養殖で生計を立ててきた。
父一人、娘一人。
可愛くて仕方なかった。
料理、洗濯、学校の用意、母親の役目も必死でこなしてきた。
なっちゃんの大好きなハンバーグ料理も必死で覚えた。
一緒に朝ごはんを食べるために漁の時間を遅らせることも、しばしば。

「かわいいんだあ。夏音。このごろは母親にいうことが似てきてねえ」
幼馴染の友人に目じりを下げて、ニコニコしながら話す。
子煩悩は人一倍だった。

親戚の家が近い、と思った。
手探りで、娘の肩をひき寄せ吹雪の中を歩いた。
新雪で足がズボズボめり込む。
気温はどんどん下がる。
吸い込む空気が鼻に痛い。
喉を通ると肺が凍ってしまう感覚に陥る。
「もうすぐだからね」
「うん、頑張る」
大きな建物が目の前に現れた。
見上げると黒い影がそびえる。
「家かな?でも、灯りが見えないね。お父さん」

父は身体が冷え切って、言葉が出ないほど衰弱してきた。
家と思って辿り着いたのは、大きな倉庫だった。
牧場の敷地だった。
「なっちゃんごめんな、もうすぐ吹雪も止むから。頑張れ」
「うん。寒いね早く帰りたいね」

父は娘を抱き寄せた。
娘の背を倉庫の扉につけて抱き寄せるようにして風を防いだ。
暖をとるために、娘の全身に覆いかぶさった。
両腕を背中に回し、息の出来る空間を空けて冷気を防いだ。
それでも娘を守れないと、自らのジャンパーを脱いでくるんだ。
どれほどの時間を経たのだろうか?
「お父さん、お父さん返事して、とうちゃん、トウチャン・・・」
真っ暗だった。
吹雪は少し収まったが、冷気はますます厳しくなってきた。
「うん、うん」
声を振り絞っていた父から、やがて返事がなくなった。
重い。
でも、父の身体にはまだ、温かみがあった。
そのまま、眠ってしまった。
発見された朝7時ごろ、父の身体は半分雪に埋まっていた。
身体をあづけて10時間は経っていた。
捜査員に声をかけられたなっちゃんは声を上げて泣いた。
泣きじゃくった。
「お父さん!トウチャン。起きて、オキテ、起きてぇー!」
涙がとめどなく流れた。
体力が衰弱しているのに、涙だけはあふれた。
小学3年生の運命にしては、余りにも過酷な暴風雪。
とうとう、一人ぼっちになった。
神も仏も試練に耐える者だけに、試練を与えるというが・・・。
いい人を早く天国に呼ぶというが・・・。
【NEWS引用】北海道湧別町では3日午前7時5分頃、近くの漁師岡田幹男さん(53)が同町の倉庫前で、長女の小学3年夏音(9つ=なつね)さんを抱きかかえ、倒れていた。捜索中の道警遠軽署員が見つけた。岡田さんは、搬送先の病院で死亡が確認された。夏音さんは発見時、岡田さんに抱えられたまま泣いていた。夏音さんは手などに軽い凍傷を負ったが、命に別条はない。


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