大泉寺の開創は古く、今から800年ほど前と言われ今の三戸に建立、盛岡築城と共に現在地に移転されました。藩政の頃寺院は基本的には城の外郭に置くとされましたが、どうゆう経緯からか、大泉寺だけが外堀の内に建立されました。寺町の中でも、一番中心地寄りに立地しています。
(伝説)・・・貞女おかん伝説
貞女おかんの秘話もこの時代のもので、九戸政実の家臣の娘おかんは、父の命で落ち延び、築城のころ盛岡に入るが、夫三平の大けがと組頭軍太の不義の恋に遭う。おかんは組頭に夫を殺害したら意に従うと欺き、その夜夫の三平に変装し身代りとして貞節を守り殺されて行く。組頭軍太は遺族の生計を助け、出家して菩提を弔う。「かんから石」のいわれは、おかん成仏の証しと伝えられる。現在でもおかんの墓碑はカンカンと音がすると言われている。
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