長野県松本市安曇、上高地です。
その2の続きです。
1996年10月下旬の古い写真なので、画像が劣化しています。
①田代橋からの梓川。

②梓川右岸から見た正面、三本槍岳、右、霞沢岳。
なお、三本槍岳は2年後、1998年の地震で崩れて形が変化しています。

③

④梓川と明神岳。

⑤河童橋付近から望む岳沢と穂高連峰。

⑥

⑦河童橋のたもとはこのにぎわい。

⑧橋の上はこの人ひと。
橋は来シーズンに向けて、掛け替え工事の準備中。

⑨小梨の実と穂高。

⑩明神岳。

⑪明神橋と明神岳。

⑫

⑬上高地の猟師で名案内人だった上条嘉門次が立てた嘉門次小屋。

⑭明神池。

⑮河童橋へ戻る道沿いのカラマツ林。

⑯午後4時半。
五千尺ホテルと六百山。

⑰もう一度穂高連峰。

私が初めて上高地を訪れたのは1968年11月上旬。
人が少なく安曇村営ロッジに泊ったのは、私のほかには二人づれがひと組だけ。
大正池のほとりにいる人に声をかけたら、有名な山岳写真家でナチュラリストの田淵行男さん。
田淵さんに出来たてのコーヒーをごちそうになりました。
50年も前の、遠くなつかしい思い出です。
昔話、ご容赦を。
その2の続きです。
1996年10月下旬の古い写真なので、画像が劣化しています。
①田代橋からの梓川。

②梓川右岸から見た正面、三本槍岳、右、霞沢岳。
なお、三本槍岳は2年後、1998年の地震で崩れて形が変化しています。

③

④梓川と明神岳。

⑤河童橋付近から望む岳沢と穂高連峰。

⑥

⑦河童橋のたもとはこのにぎわい。

⑧橋の上はこの人ひと。
橋は来シーズンに向けて、掛け替え工事の準備中。

⑨小梨の実と穂高。

⑩明神岳。

⑪明神橋と明神岳。

⑫

⑬上高地の猟師で名案内人だった上条嘉門次が立てた嘉門次小屋。

⑭明神池。

⑮河童橋へ戻る道沿いのカラマツ林。

⑯午後4時半。
五千尺ホテルと六百山。

⑰もう一度穂高連峰。

私が初めて上高地を訪れたのは1968年11月上旬。
人が少なく安曇村営ロッジに泊ったのは、私のほかには二人づれがひと組だけ。
大正池のほとりにいる人に声をかけたら、有名な山岳写真家でナチュラリストの田淵行男さん。
田淵さんに出来たてのコーヒーをごちそうになりました。
50年も前の、遠くなつかしい思い出です。
昔話、ご容赦を。
今日も私の大好きな上高地の素晴らしい写真をありがとうございます。
カラマツの紅葉本当にきれいですね。
こんな秋の景色を必ず私も訪ねてみようと決意を固めています。
河童橋の取り替え工事、と言えば、この古い河童橋の材木が私のいつも泊まるペンションの階段に使われています。
上高地はもうすぐ真っ白な世界に包まれますね。あの岩石をくり抜かれた古い釜トンネルももう見られないと思うと寂しいです。私も昔話、失礼しました。
上高地は本当にこのカラマツの紅葉の時期が最高です。
信州は主に戦後植えられたカラマツ林が多いですが、上高地や乗鞍のカラマツはとりわけ見事です。
特に上高地のカラマツは、上高地の景観形成に大きな役割を果たしていると思います。
古い河童橋の材木がペンションの階段にとは!
河童橋の材木がそのように有効利用されているとはうれしい話ですね。
京都市電の敷石がお寺などで再利用されていることを、連想しました。
私も昔話・・(^^)。
私の昔話は50年前、半世紀も前の昔話で、てくてくさんのとは、かび臭さが違います(^^)。
来年の決意、ぜひ実現してください。
コメントをいただき、ありがとうございました。