きまぐれ日記「あばよ昨日、よろしく未来」

西武ライオンズと鹿児島をメインに更新していきたいと思います。

プロ野球オールスター第1戦

2006年07月21日 23時21分13秒 | いろんなニュース
■全セ3-1全パ(21日) 青木が勝ち越し弾■
 全セは1点を追う2回無死一塁から李承☆が右中間二塁打して同点。3回には青木の右越えソロで勝ち越し。6回は岩村が中堅へソロを放って加点した。ヤクルト勢は投手陣も活躍。3番手の石川は2回無失点、4番手の木田も7回を無失点にまとめた。
 全パは2回に里崎のソロで先制したが、3回以降は3安打に封じられて反撃できなかった。
 全 パ 010 000 000-1
 全 セ 011 001 00×-3
 ▽勝 三浦1試合1勝
 ▽S クルーン1試合1S
 ▽敗 吉井1試合1敗
 ▽本塁打 里崎1号(1)(川上)青木1号(1)(吉井)岩村1号(1)(平野佳)
 (注)☆は火ヘンに華(共同通信)

波乱の高校野球県予選

2006年07月21日 00時25分02秒 | 鹿児島ネタ
今回の高校野球県予選は稀に見る決勝だった。
しかも4強も。
伝統の4強の中に1校しかシード校入っていないという大波乱の大会。
なんとも伝統校が初戦敗退とかそんな大番狂わせな試合があり
文字通り波乱の大会となった。

準決勝:鹿屋5ー4れいめい 川内4ー5鹿児島工
決 勝:鹿屋7ー8鹿児島工

【鹿児島】鹿児島工 猛攻で初V 鹿屋の粘りも光った
 波乱の大会の頂点に立ったのは第3シードの鹿児島工だった。21日、県立鴨池球場で決勝が行われ、鹿児島工が鹿屋に終盤1点差まで詰め寄られながら、辛くも逃げ切り、初優勝を果たした。県立校の優勝は53年の甲南以来、53年ぶり。鹿児島工は8月6日に阪神甲子園球場で開幕する選手権大会に出場する。敗れた88チームの夢を胸に、舞台は甲子園へと続く。
 勝敗の行方は最後までもつれた。鹿児島工が序盤の大量得点を守りきって、必死で追い上げた鹿屋を振り切った。
 先制を許し、沈んでいた鹿児島工が、雨で中断後の2回の攻撃で、流れをつかんだ。
 2回、「スタンドの声援に応えたかった」という鮫島の二塁打を足がかりに、1年生の内村の右前安打でまず同点。「この回、7点取るぞ」との中迫監督の言葉に応えるように、無死一、三塁から新川の左前安打で今吉健も生還、敵失などもあり、さらに3点をあげた。
 猛攻は続き、1死満塁で蒔元が左前安打を放って2点追加。犠飛も絡めて打者12人の猛攻で監督の言葉通り、この回計7点をもぎ取った。
 ◎…先発の榎下は10長短打を打たれながらも、3失点と粘投を見せていたが、5回からマウンドを下茂に譲った。その下茂も7回、甘く入った変化球を狙われて3失点。8回にも1点を奪われ1点差に詰め寄られた。ベンチからの「1点くらいやっても大丈夫」の声が、心を軽くした。
 9回、先頭打者に左前安打で出塁を許したが、併殺で切り抜け、最後の打者はピッチャーライナーで仕留めた。
 ◎…鹿屋は終盤、驚異的な追い上げを見せた。5点を追う7回、「塁に出ることだけを考えた」という吉国が、甘く入った変化球を左翼席にたたき込んだ。
 山内監督の「奇跡が起きるのはこういう試合の時なんだ」との言葉に押され、1死二、三塁で楠原の打球は中前安打となり2走者がかえって、この回3得点。続く8回にも大迫宏が二塁打で出塁すると、失策や暴投を誘ってついに1点差まで追い上げた。安打数は計19本と、10本の鹿児島工を大幅に上回ったが、適時打が出なかった。
 主戦篠原はほとんど1人で7試合を投げ、投球数は884球。連投の疲れがあったが、この日も141球を投げ抜き、4回以降は鹿児島工の打線を無得点に抑える力投を見せた。
◆一戦一打、気迫の一振り 鹿児島工・今吉晃一君
 「お前の気持ちを見せてやれ!」。しゃがれた声が球場に響き渡った。
 気迫と声が、何よりの武器。ピンチの度にありったけの声でチームを、自分を鼓舞し続けた。
 元々は捕手。昨夏の大会が終わると、主将で正捕手の鮫島哲新君(18)が肺炎を患い、20日間ほどチームを離れた。代わりにマスクをかぶり、40試合近い練習試合を乗り切った。が、夏が終わる頃、腰を疲労骨折した。
 コルセットをはめて、回復を待ったが、大会開幕の3カ月ほど前、「もう間に合わない」と医者に言われた。目の前が真っ暗になった。もう辞めようと思った。でも、「甲子園に挑戦してからでも遅くない」。
 練習を再開した。全力で走ることも、捕手として座ることもままならないが、バットだけは振れた。中迫俊明監督(47)と話し合い、代打専門に転向した。
 根は優しくて涙もろい。打席に立つ時は、弱気な自分を奮い立たせるために誰よりも大声を出すようにした。
 1試合でたった一度だけの出番。今夏、全6試合に代打で出場し、6打数で5安打を放った。
 決勝では、流れを変えるために代打に送り込まれたが、三振。その後のベンチには、身を乗り出して、ひときわ大きな声を送る姿があった。
 優勝を決めた瞬間、涙が止まらなかった。「苦労が報われたうれしさと、大事な試合で貢献できなかった悔しさが、あふれ出した」
 その悔しさを晴らすため、甲子園でも、たった1度の出番のために、闘志を燃やす。
◆小柄な体、負けぬ体力 鹿屋・篠原秀平投手
 「回してくれ」
 1点を追う9回2死走者なし。次打者席で片ひざをつき、そう念じ続けた。
 だが、ライナーで飛んだ打球は相手投手のグラブに収まる。体の力が抜けていくのがわかった。
 164センチ、56キロ。小柄な体格ながら、切れのいい変化球と制球力で今大会67奪三振。7試合をほとんど1人で投げきり、チーム躍進の原動力となった。
 昨年10月、バント処理の練習中に右足のアキレス腱(けん)を切り、手術を受けた。投げられるようになったのは4月。
 体が冷えると、今でも足首が痛む。仲間が休憩しているときでも、走り込みや筋トレを繰り返し、練習不足からよぎる不安を打ち消した。
 臨んだ夏、スタミナが切れても気力で補った。
 決勝の前日。山内昭人監督(34)に「負けるときは華々しく散ろう」と言われた。言葉には「交代はない」というメッセージが込められていた。笑って応えた。
 疲労は隠せなかった。雨で中断後の2回、高めに浮いたボールを狙われ、連打を浴び7失点。マウンド上で何度も首を振った。3回にも1点を奪われ、気持ちが切れそうになった。
 だが、ベンチに帰ると、あきらめた空気は全くない。仲間に後押しされるように、4回以降は無失点に抑えた。打線も奮起。19安打を重ね、8回に1点差にまで迫った。自らも3安打を放って、気を吐いた。
 夢の甲子園にはあと一歩届かなかった。
 「悔いがないといったらうそになる。でも、精いっぱいやれた」。力を出し尽くした「小さな大投手」は、穏やかに言った。
(朝日新聞)