運命の1999年。膨らみきった風船が割れる直前のように、なにもかもがうまくいき過ぎていた。
出す曲すべてがミリオンセラーになり、年明けにはドームツアーがあり、そして夏には幕張メッセの20万人ライブが実現する。日本のライブ史を変えるメガ・イベント、そして僕たちの少年の日の夢……。
サイモン&ガーファンクルは50万人のコンサートを80年代に実現させたけれど、入場は無料だった。有料コンサートでの20万人は文句なしに世界記録だった。GLAYの周囲にいた人たちが、狂騒状態に陥っていったのは仕方のないことだと思う。
それだけの大イベントを次々に実現するのに費やされた何百人という人の数、そして彼らの費やした膨大な時間と労力を思えば、彼らがGLAYのこの成功は永遠だと思ったのも無理はない。
周囲の誰もが、永遠を信じていた。
●周囲の熱狂との温度差
GLAYの4人だけが、そんなもの頭から信じていなかった。ドームツアーをやっているときから、その先に来るものを思っていた。
これだけのピークの向こう側には、下る道しかないであろうということを。キャリアにピークを作るのが危険だということは、歴史の中で証明されている真理だ。
自分たちが、楽しいとか楽しくないとか、食える食えないというところでやってきたこと、上を目指すために築いてきたものが、これで根底からひっくり返されてしまうだろうことは、し忍び寄る黒い影のように強く感じていた。
「もっと大きくなって帰ってきます!」
なんて僕が叫んだのも、来るべき大波にどう対処したらいいのかわからない、混乱した状態といえなくもない。夢というものがしばしばそうであるように実現してしまうと、かえって本人は醒めてしまうというところがある。
周囲の熱狂と、僕らの実感の間に、温度差が生じていた。巨大イベントを実現するためにスタッフが成し遂げたこと、その過程でのコンサート技術の進歩には凄まじいものがある。
おそらく今の世界でメガ・イベントを実行したら彼らのレベルは世界でもトップクラスにある。
けれど、僕らにとっては、極端なことをいえば函館の「あうん堂」で演るのも、幕張メッセで演奏するのも同じことなのだ。むしろ、客席が遠い分だけリラックスしていたくらいだ。
20万人を前にしたあのステージで、僕らは楽器を演奏しながらお喋りをすることもできたくらいなのだから。
●ひとつの甘美なシナリオ
東京ドーム5デイズ?幕張メッセの20万人?これは、今だからこそいえることなのだけれど、そんなものはただの記録、単なる数字にしか過ぎないんじゃないか。
「次はいったいなにをやるんですか?」 そういう周囲の声に、記録を塗り替えることが自分たちの使命なんじゃないかと、勘違いしてしまうのが人間的な弱さというものだ。
そういう声に応えようとして、潰れていったのが今までの多くのバンドだと思う。実際、GLAYも潰れかけた。
幕張メッセの人の海を前に、「ついにやったな」なんていっていた僕たちが、その4カ月後には解散の話をしていたのだ。あと一歩で、解散するところだった。
直接のきっかけは、日本レコード大賞だった。99年の暮れ、僕たちは日本レコード大賞を受賞する。少年の頃、テレビにかじりついて夢中になって見ていた栄えある賞だ。
いくつもの問題が、複雑に絡みあっていて、正確に事情を説明するのは難しいのだけれど、単純化して話せば、その受賞をめぐってGLAYが割れかけたのだ。
今の僕らは受賞するべきではないという意見があった。黙って受け取ろうという意見もあった。
二つの意見は平行線をたどり続け、みんなは悩み、ついにこういう結論に達した。「じゃあ、レコード大賞は受賞しよう。そして、そのキャリアを最後に、GLAYは解散しよう」
99年の伝説に残るメガクラスのコンサートの数々、そして年末の日本レコード大賞受賞と紅白歌合戦への出場。日本の典型的な大物ミュージシャンの花道を踏んで、GLAYは2000年を迎え、20世紀最後の年に解散する。
それはひとつの甘美なシナリオにも思えた。
●僕らの知ったことか!
筋書き通りにことは運び、99年の大晦日、僕らは日本レコード大賞を、僕らの夢の実現だった夏の20万人ライブの衣装で受賞し、紅白に出場し、そして幕張に5万人を集めてのカウントダウンライブに臨む。
その会場で、スタッフの一人が抱きついてきた。彼の目には、涙が浮かんでいた。「良かったな、レコード大賞。おめでとう!」と素直に喜んでくれたその人の涙を見て、いろいろなわだかまりが一気に融けていく気がした。
受賞したことは、そんなに間違いでもなかったんだなと思った。彼と抱き合いながら、心の中でこう思っていたのも事実だが。「でも、GLAYは解散しちゃうんだけど」 それは、4人で決めたことだった。
話がひっくり返ったのは、2000年問題で心配されていたトラブルが何事もなく平和に年が明けた、GLAYの新年の飲み会でのことだった。どう解散しようという話をしていたとき、誰かがいった。
「でも、どうして解散しなきゃいけないんだっけ?」
解散は4人で決めたことだ。けれど、そういわれてみれば、なぜ?GLAYの中で、あんなに抵抗があったレコード大賞の受賞も、過ぎてしまえばただそれだけのことに過ぎなかった。
そして、GLAYの4人はといえばなんの問題もなく、こうしてみんなで楽しく酒を飲んでいる。そりゃ、次はなにをしてくれるんだっていう周囲の期待はある。だけど、そんなもん、考えてみれば、僕らの知ったことか!僕らはただ音楽がやりたいだけなのだ。
また今年もいい曲を作り、いいライブをやっていけばいいだけの話。どうして、もっと大きなこと、みんなを驚かせることをやり続けなきゃいけないんだろう。びっくり日本新記録じゃあるまいし……。くだらない。
こうして呆気ないくらい簡単に、GLAY解散の危機は雲散霧消する。
【記事引用】 「胸懐/TAKURO・著/幻冬舎」