話し込んでいるうちに、夜も遅くなってしまった。
GLAYと仲のよかったバンドで、ブルーというバンドがあり、そのボーカルのタクくんという子が江戸川区の新小岩に住んでいた。それまで、何回かタクくんの実家に遊びにいったこともある。
そこでAKIRAが、「今日、エクスタシーレコードの関係者と、たぶん契約の話になると思うんだけど、けっこう遅くなりそうなんだよね。よかったら、泊めてくれないかな」と電話を入れておいた。
タクくんも、「いいよ、いいよ。俺んちでよかったらおいでよ」ということになり、AKIRAとTAKUROとHISASHIは、タクくんの家で泊まらせてもらうことになった。
●バンド仲間の家へ
当時、建築現場でコンクリートを削るハツリ屋という仕事をしていたTERUとJIROは、翌日の仕事を休むことができない。「俺も行きたいけど、明日も仕事があるから、帰るよ。眠っておかないと体もたないしさ」
結構ハードな仕事であるハツリ屋は、そこそこ眠らなければ1日勤め上げることができない。TERUとJIROは帰っていった。
TAKUROとAKIRAとHISASHIは、新小岩のタクくんの家に夜中の2時頃に着いた。「ごめん、ごめん。遅くなっちゃって。大丈夫?」 こう言うと、タクくんが出て来た。
「いいよ、いいよ。気にすることないよ。うち、結構家族も夜遅いんだよ。お母さんも起きてるから、なんか料理作ってくれると思うよ。みんなで飲もうよ」と、夜中だというのに快く迎えてくれた。
タクくんのお母さんは、メンバーの顔を見ると、「おめでとう。YOSHIKIさんのレコード会社と契約ができるんですって?よかったじゃないの。今夜はおばさん、大奮発するからね。みんなで心いくまで、飲んでいってちょうだい」
夜中というのに、タクくんのお母さんはハンバーグを焼いたり、肉を焼いたりしてくれたりと、ごちそうを出してくれた。しっかりと冷えているビールが次々に食卓のテーブルに並んだ。
「おめでとう。よかったよね。みんな運が向いてきたよね。勝負はこれからだから、がんばりなよ」と、タクくんは応援してくれた。
その日は、TAKUROも興奮していた。「いいよ、明日の朝、会社にちょっと理由を言って休むようにするから」 TAKUROからバンドの関係で仕事を休むという言葉を聞いたのは、その日が初めてだった。
●スタジオ店長からエール
この日を境に、GLAYの周辺は加速度をつけて変化していった。東村山のスタジオでの練習も熱を帯びてきた。
ある日、決められた時間にメンバーがスタジオに集まると、スタジオの店長さんが「君たち、すごいじゃないか」と言いながら、メンバーのほうにやって来た。
「エクスタシー・レコードって名乗る人から電話があって、GLAYの練習のためのスタジオ代は、うちが会社から振り込むから、GLAYのメンバーから徴収しないでくれって言われたんだけど、そのエクスタシー・レコードと契約したの?」
TERUもTAKUROもAKIRAも、ここぞとばかり、店長さんに事情を説明した。「YOSHIKIさんのやっているインディーズレーベルのレコード会社から話があって、一応、契約ということになったんですよ」
こう言うと、店長さんは驚いた。「えっ、ホント? うちで練習しているバンドで、そんな大物になるバンドなんて初めてだよ」
そして、「とにかくすごいよ。スタジオ代はエクスタシーレコードから振り込んでくれるっていうから、いつ使ってもいいんだよ。自由に使うように手はずは整えるから。みんな、がんばって練習してよ」とエールを送った。
●練習に打ち込むメンバー
この日を境に、週3回の練習が4回になり、昼間も集まるようになった。
TERUとJIROはハツリ屋の仕事を続けていたが、警備保障会社の隊長にまで昇格していたTAKUROは、「プロの契約をできるんだから、仕事よりバンド活動に重点を置くよ。だから俺、会社を辞めるよ」と、迷うことなく仕事を辞めた。
デビューが決まったとはいえ、CDが出るのはまだ先のこと。レコーディングすらしていないのに、唯一の収一人源を断ってしまうのは、かなり無謀だった。
この時点では一銭のお金も手に入ったわけではないのだから、つまり無収入ということになる。
それでも、TAKUROがバイトを辞めることにしたのは、自分の人生に下手な保険を掛けるようなことはしたくなかったからだ。今まで東京の音楽シーンにしがみついてきたのは、プロになるためだった。
その道が目の前に開けた以上、もう他のことには自分の時間を一秒たりとも浪費したくなかった。いよいよ、24時間音楽のことだけを考えられるようになったのだ。
「仕事の合間に眠い目をこすりながら曲を作り、練習をするという生活はもう終わり。ちょっとくらい貧乏になったっていいじゃないか」 そんな思いだったという。
●練習に打ち込むメンバー
AKIRAも、八王子のスタジオの店員をしていたが仕事を辞め、バンド活動一本に絞ることにした。
時間に束縛されず、スタジオ代も心配することなく、練習に打ち込む。一人ひとりのテクニックが見る見る間に上がっていった。1曲1曲の曲の出来映えも、想像以上にいい仕上がりになっていった。
「バンド活動するには、お金と暇がなきゃできないんだよ。いい機材を揃えてたっぷりと時間を使い、いいスタジオに入って練習する。そうすれば、そこそこのバンドはできあがるんだ」
AKIRAは、エクスタシーレコード関係者がそんな言葉を語っていたのを思い出した。
【記事引用】 「Beat of GLAY/上島明(インディーズ時代のドラマー)・著/コアハウス」
「胸懐/TAKURO・著/幻冬舎」