こんなうれしいこともあった。
10月3日、松山のサロンキティは50人ほどしかお客さんが集まらなかった。「四国までは俺たちの情報が回ってないんだな・・」と少し寂しい気分になりながらも、打ち上げに出かけた。
この時は、CD『an Optic』の売り上げもまだ懐にあり余裕があった。
●ファンと意気投合
二次会にメンバーと繰り出すと、入った居酒屋に僕たちのステージを見てくれた女の子たちがいた。
その子たちは、「あ、GLAYだ…」と言って僕たちのほうへ来た。「どうだった? 俺たちのステージ。」 こう聞くと、「サイコーよ。私たち前々からGLAYのファンだったんです。サインください」と言ってサイン色紙を出してきた。
僕はうれしかった。「一緒に飲もうよ。」 ファンの子たちと僕たちは意気投合して、深夜まで飲み明かした。
博多のライブは10月の5日だった。博多のライブはそれまで以上の盛り上がりがあった。ステージの最前列には男の子のファンが群がり、オープニングから盛り上がりに盛り上がっていた。
翌日のことだ。僕たちは、機材車で博多から本州を一路、金沢に向かう道路を疾走していた。高速道路に入る。
「ちょっとガソリンが切れたから、ガソリンを補給していこうか。」とガソリンスタンドに寄った。「満タンにしてね」 そう言ってメンバーがガソリンの補給中にトイレに立つと、スタンドの店員が近づいてきた。
「ひょっとしたら、GLAYのみなさんじゃないですか?」 あまりにも意外なところで声をかけられたことに僕たちは驚きながら、「え、ええ、そうですけど。」と言うと、その店員さんはスタンドの事務所に飛び込んでサイン色紙を持ってきた。
「実は、博多のコンサートに行ったんですよ。GLAYって最高ですよね。がんばってください。僕、大ファンなんです」こう言って色紙を出し、「サインしてください」と頼んできた。その一枚の色紙にメンバー全員がサインの寄せ書きをした。
「有名なタレントってどこに行っても全国津々浦々、毎日のようにサインを求められたりするんだろうな。俺たちもいつになったらサイン責めに遭うことになるのかな。」
ガソリンが満タンに入り、再び高速道路を走りながら、TERUもTAKUROも興奮しながら僕に話しかけてきた。
【記事引用】 「GLAY‐夜明けDaybreak/大庭伸公(デビュー初期のドラマー)・著/コアハウス」