『追跡者』というと、私はトミー・リー主演の映画を思い出してしまいます。
たしか最初の問題を起こしたRDJ(苦笑)の復帰第一作目で、トミー・リーファンかつRDJファンの私は喜び勇んで観に行った覚えがあります。
『逃亡者』で主役を食った捜査官ジェラード(トミー・リー)のスピンオフという内容で、RDJは狡猾な小役人みたいな感じの役だったような。
RDJは二度目の復帰作の『グッドナイト&グッドラック』でも矮小な小役人役だったと思うので、最近はお茶目かわいいおいちゃん役を十八番にしてるけど、結構いやーんな憎まれ役も得意としてますね。(・・・て、それもどうなんだっていう・・・笑)
と、ザ・プロファイラーと関係ない話ばっかり書いてますけど、なにしろ今回はテーマがテーマだけに、なかなか考えがまとまらなくて。・・・
実は私、中学の時にマイン・カンプを読んでいます。
ナチスドイツについて知りたくて。
岡田くんが以前、「変な本ばっかり読んでて親に心配された」とかラジオで言ってたけど、すごくよくわかります。私もそうでしたから。(笑)
でもネオ・ナチ思想とかに興味があったわけでも、選民思想やヒトラー個人に興味があったわけでもなく、「大衆を扇動したものはなんだったのか?」にすごく興味があったのです。
また、「扇動される人々というのはどういう人々なのか」とか。・・・
国民性の違いとか、社会情勢の影響とか、マスメディアの果たす機能とか、なぜ、学歴も風采もたいしてよくないあの一人の男にあんなにも多くの人々が意のままにされてしまったのか、実際に引き起こされた出来事そのものよりも、それを実行するに至らしめた人間の心情が、とてもおそろしかった。
そして知りたかったんです。何が人々にそうさせたのか。
だからというか、日本の戦争ものとかもとても苦手でした。
ナチズムと戦時下の日本の軍国愛国主義はとても似ているものを感じてましたから。
あの空気感に堪えられなくて、ずーーーーとその手のものは意識的に避けてきました。
『永遠の0』を読んで、初めて知ったことが本当にたくさんあります。
このタイミングで岡田くんがヒトラーやホロコーストについて触れたのは必然であったと思います。
違う考えを持つことが「非国民」とされ排除される空気の中で、宮部が自分の考えを貫き通したことの過酷さを、岡田くんが今一度胸に刻むことができれば、表現は一層深みを増すと思われます。
さて・・・このブログで主義思想的な話やプロパガンダ等について語るのは本意ではないので、なるべく軽めにいきたいと思います。(笑)
ヒトラーの本物の演説シーンを見れたことは非常に興味深かったです。
今現在、プレゼンテーションの効果的な方法や演説のノウハウとして指南されていることを、すべてやっていたのがヒトラーということなのでしょう。
彼がその基礎を作り上げたのかも知れませんね。
今でも各国の大統領や首相等指導者の演説映像を見ると、同じ手法を使っているのが見受られます。
たとえば子供と触れ合うシーンとか、演説する自分の後ろに支援者を多く立たせることとか。
イメージ戦略、メディア戦略、最近はステルスなんとかなんて言い方が流行ってますけど、基本的な仕組みは別に変わっちゃいませんね。
映像や言葉を繰り返して潜在意識下に刷り込むことで、あたかも自発的な心情であるかのように思い込ませるという。・・・・
新語が出てくるとまるで新しい発見のように、鬼の首でもとったように言い立てる人がいますが、実は本質は何も変わっていないと認識していない時点で、そういう人が一番の良いお客さんであることが多いという皮肉もあるような。・・・
でも本質を見るのって難しいっすね。
番組では「いろいろな視点を持つこと」を一つの方法として挙げていましたが。・・・
日本人は特に、視点を変えることやスタンスを変えることを、「純粋でない」とか浮気(笑)とかアンチ(笑)とかとらえがちな気がするので、わりと危ない国民性だよなー・・・・と今でもよく思います。
心酔している状態が好き、というのもあるかも知れませんね。盲目になりたいんですよね。
心酔さえしてれば一種の安定があるので、安心していられるというのもあるのでしょう。
変化は安定とは相いれないので、変化には当然不安がついてくる。
不安に耐えられない、不安を避ければ、変化ができない。
意外と単純なことだけど、そういう心理を絶妙に突くのもまた戦略の一つで。
ナチス下のドイツ国民も、どこかで違和感を覚えながらも、今現在安心して居続ける方を取り変化を避けた結果、行き着くところまで行ってしまったのかも。
排他的になるとストッパーが居なくなるから、取り返しのつかないところまで行ってしまうんですよね。
「一体感」という言葉のうさんくささもちらりと含ませたところも、なかなか刺激的な番組だったのではないでしょうか。
へヴィな内容ではありますが、いつもの感じ(GR)っぽくて、岡田くん自身とても楽しんでいるように見えました。
たしか最初の問題を起こしたRDJ(苦笑)の復帰第一作目で、トミー・リーファンかつRDJファンの私は喜び勇んで観に行った覚えがあります。
『逃亡者』で主役を食った捜査官ジェラード(トミー・リー)のスピンオフという内容で、RDJは狡猾な小役人みたいな感じの役だったような。
RDJは二度目の復帰作の『グッドナイト&グッドラック』でも矮小な小役人役だったと思うので、最近はお茶目かわいいおいちゃん役を十八番にしてるけど、結構いやーんな憎まれ役も得意としてますね。(・・・て、それもどうなんだっていう・・・笑)
と、ザ・プロファイラーと関係ない話ばっかり書いてますけど、なにしろ今回はテーマがテーマだけに、なかなか考えがまとまらなくて。・・・
実は私、中学の時にマイン・カンプを読んでいます。
ナチスドイツについて知りたくて。
岡田くんが以前、「変な本ばっかり読んでて親に心配された」とかラジオで言ってたけど、すごくよくわかります。私もそうでしたから。(笑)
でもネオ・ナチ思想とかに興味があったわけでも、選民思想やヒトラー個人に興味があったわけでもなく、「大衆を扇動したものはなんだったのか?」にすごく興味があったのです。
また、「扇動される人々というのはどういう人々なのか」とか。・・・
国民性の違いとか、社会情勢の影響とか、マスメディアの果たす機能とか、なぜ、学歴も風采もたいしてよくないあの一人の男にあんなにも多くの人々が意のままにされてしまったのか、実際に引き起こされた出来事そのものよりも、それを実行するに至らしめた人間の心情が、とてもおそろしかった。
そして知りたかったんです。何が人々にそうさせたのか。
だからというか、日本の戦争ものとかもとても苦手でした。
ナチズムと戦時下の日本の軍国愛国主義はとても似ているものを感じてましたから。
あの空気感に堪えられなくて、ずーーーーとその手のものは意識的に避けてきました。
『永遠の0』を読んで、初めて知ったことが本当にたくさんあります。
このタイミングで岡田くんがヒトラーやホロコーストについて触れたのは必然であったと思います。
違う考えを持つことが「非国民」とされ排除される空気の中で、宮部が自分の考えを貫き通したことの過酷さを、岡田くんが今一度胸に刻むことができれば、表現は一層深みを増すと思われます。
さて・・・このブログで主義思想的な話やプロパガンダ等について語るのは本意ではないので、なるべく軽めにいきたいと思います。(笑)
ヒトラーの本物の演説シーンを見れたことは非常に興味深かったです。
今現在、プレゼンテーションの効果的な方法や演説のノウハウとして指南されていることを、すべてやっていたのがヒトラーということなのでしょう。
彼がその基礎を作り上げたのかも知れませんね。
今でも各国の大統領や首相等指導者の演説映像を見ると、同じ手法を使っているのが見受られます。
たとえば子供と触れ合うシーンとか、演説する自分の後ろに支援者を多く立たせることとか。
イメージ戦略、メディア戦略、最近はステルスなんとかなんて言い方が流行ってますけど、基本的な仕組みは別に変わっちゃいませんね。
映像や言葉を繰り返して潜在意識下に刷り込むことで、あたかも自発的な心情であるかのように思い込ませるという。・・・・
新語が出てくるとまるで新しい発見のように、鬼の首でもとったように言い立てる人がいますが、実は本質は何も変わっていないと認識していない時点で、そういう人が一番の良いお客さんであることが多いという皮肉もあるような。・・・
でも本質を見るのって難しいっすね。
番組では「いろいろな視点を持つこと」を一つの方法として挙げていましたが。・・・
日本人は特に、視点を変えることやスタンスを変えることを、「純粋でない」とか浮気(笑)とかアンチ(笑)とかとらえがちな気がするので、わりと危ない国民性だよなー・・・・と今でもよく思います。
心酔している状態が好き、というのもあるかも知れませんね。盲目になりたいんですよね。
心酔さえしてれば一種の安定があるので、安心していられるというのもあるのでしょう。
変化は安定とは相いれないので、変化には当然不安がついてくる。
不安に耐えられない、不安を避ければ、変化ができない。
意外と単純なことだけど、そういう心理を絶妙に突くのもまた戦略の一つで。
ナチス下のドイツ国民も、どこかで違和感を覚えながらも、今現在安心して居続ける方を取り変化を避けた結果、行き着くところまで行ってしまったのかも。
排他的になるとストッパーが居なくなるから、取り返しのつかないところまで行ってしまうんですよね。
「一体感」という言葉のうさんくささもちらりと含ませたところも、なかなか刺激的な番組だったのではないでしょうか。
へヴィな内容ではありますが、いつもの感じ(GR)っぽくて、岡田くん自身とても楽しんでいるように見えました。