ショートショート「三つの願い」

2010-03-18 21:02:54 | コラムだお(^ω^ )
ある男が錠剤が入った瓶を見つめながら、一日を反芻していた。
それは彼の日課となっていた。
その薬を手に入れたときには、瓶一杯に詰められていたが、もう十錠ほどしか残っていない。

100年近い昔、とある乞食がいた。
彼は幸せな家庭を築いていたが、偶然が重なり、家も財産も、家族さえも失ってしまった。
彼が持っていたものは、就職祝いとして父親から貰ったコートと、命だけであった。
世捨て人になることを決意した彼は、さまざまな土地を転々とした。

ある暖かい日、ゴミ捨て場から幾ばくかの食料を手にした彼は、道端にあった毛の塊の様な物を見た時も、犬の死骸か何か
だろうと思った。
しかし、近くを通り過ぎようとした瞬間に、毛むくじゃらのものが彼の足を掴んだ。
「た・・・・・・たすケテくださ」
男とも女とも区別できないような声で、その毛むくじゃらは彼に話しかけてきた。
「お、なかが・・・・・すいて、何、か、食べる物を・・・・・・。」
彼はとっさのことに驚いたのと、昔飼っていた犬を思い出し、その日の戦利品を毛むくじゃらに与えた。

腹が膨れ毛の艶が良くなった毛むくじゃらは、満足そうに彼にお礼を言った後に、自分がこの星の生物ではないこと、何かお礼をしたい
ということを彼に伝えた。
「三つ位なら、何でも願いを叶えられますよ。」
男は三つの願いを伝えた後に、毛むくじゃらと別れた。



「金をくれ!一生使っても使い切れない金だ!」
一つ目の願いで、彼は莫大な金を手に入れた。 
彼はそのお金の一部を使い、仕事を始めた。その仕事は軌道に乗り、彼はすぐに社会的な地位を手に入れ、毛むくじゃらから貰った
金額と並ぶほどの財をなした。

「俺を不老不死で、健康な体にしてくれ!」
毛むくじゃらは、「それって二つの願いじゃないですか?」と言っていたが、彼は何とかその願いを叶えさせた。
彼の体は、持病の喘息に悩まされることも、花粉症で困ることもなくなったばかりか、どんなにきつい肉体労働をした後でも
一時間程睡眠を取っただけで回復するような強靭な肉体を手に入れた。
彼は一日中働いた。そうすると、結果は自ずと着いてきた。

「どんな人間でも殺せる薬をくれ!」
彼は、ただ不死の体で永劫生きるということを望まずに、成功することで社会を見返そうと思っていた。
社会は、仕事の対価としての財産に対して、無二の評価を与える。彼はそれを欲するために、働いているのであり、そしてその道を
貫くためには、敵が現れることを知っている。
彼がその昔、野良犬と同様の存在となったのは、その敵に負けたからである。
だから、彼はその敵を殺すための、最大の武器を毛むくじゃらから手に入れた。

彼は商売の邪魔となったものを殺してきた。
そうすると、当然彼にも、殺意の手は忍び寄る。銃弾を放たれたことも、ナイフを持った暴漢に襲われたこともあった。
しかし、彼は不老不死である。毛むくじゃらは、彼の細胞の再生する速度を超人的にした。その速度が通常の人間よりも、何倍も、いや何百倍も
速いということは、銃弾が体を突き抜けた瞬間、刺さったナイフが肉体から抜かれた瞬間には、もう傷口は跡形もなく消えていることになる。


彼の会社は、鉛筆から軍事産業までに手を広げていたために、1000年に一度の世界的な不況などどこ吹く風であった。
しかし、不況が長くなるにつれて、大国Aと大国Bの関係性は悪化の一途を辿っていった。
大国Aが大国Bに対して、核ミサイルを撃ち込んだのも、当然だった。
そのミサイルを皮切りに、世界的な戦争が起こった。
一発目のミサイルが発射した三日後にはその星の人口は半分になり、五日後には殆どの人類が死滅した。

周りの人間がどんどんと飢餓や怪我で死んでいく中、彼だけは健康そのものだった。
食べ物を食べなくても空腹を感じなければ、放射能に体が汚染されたとしても、彼の細胞は瞬く間に再生を繰り返した。

彼はまた歩き始めた。
最初は人間を一日に数人は見ていたが、三日に一人、一ヶ月に一人という風に、人間を見かける機会は減っていった。
日付の感覚なんてとっくに失ってはいたが、もう数年は人を見ていない。
彼は自分が、この星に残っている唯一の人間だと悟った。


彼は絶望することなく、自分の命の幕を閉じることを決意した。
彼が持っている薬は、どんな人間でも殺せるものであり、彼にも効くはずだった。
瓶を開け、錠剤を取り出し、口にした。
その瞬間、彼は気づいた。


「あ、使用期限切れてる!」

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