子供はムラや家といった共同体の内部で生まれる。だが、「七歳までは神の内」と称し、子供を神の管理下に置くような民俗学的思考では、子供の外部性を強調している。たとえば出産祝いのことを「ヒアワセ」と呼ぶ地方があるが、これは、生後七日のあいだ家人と赤子は別日で食事をするが、 その火食が改めて家族と統合される儀礼的な手続きを言いう。出産に際して母親は、産屋という家の外部に分離・隔離されている。あるいは、実際に母胎を家から隔離しなくとも、村はずれに三尺四方程度の模型のような小屋を建てて祭り、これを産屋と呼ぶ例などもある。
母胎ないしはその象徴としての産屋は、ムラの周縁部分に配置されるわけだ。/こういった母胎の隔離や別火の収束は、通常、出産に伴う血の忌みから説明づけられるが、むしろ新生児に着目したとき、赤子を共同体の<外部>から来る者として位置づけ、これを迎え入れる儀礼だと解釈されるべきだ。
このとき隔離される母親はむしろ共同体の<外部>すなわち異界におもむき、そこで、共同体への加入者たる新生児を連れ戻す役割を担う。---人身御供論(著・大塚英志)
大塚英志が言うには、村落共同体の構成員を再生産する仕掛けとしての通過儀礼は、神の領域からやってきた赤子の魂をとりあえず人間の領域に固定するための儀礼であり、それは出生時から七歳までの間になされるわけです。
<拾い親>という儀礼もあるらしく、これは形式的な捨て子で、親の厄年に生まれたり、先に生まれた子供が病弱であった場合に行われる。まず仮親を選び、その家の前で形式的に子供を捨て、仮親に拾わせる。実父母は、この仮親からその子供を養子として引きとる行為を、儀礼的に行う、というもの。
こっからは、俺の考えで、厄年というと女性は33歳、37歳と当時の平均年齢を考えると、無事に出産できるかという不安や、前の子供をの体の弱さを踏襲しないように、一回殺す(魂を生まれ変わらせる?)儀式としてそういう行為が産まれたのかなと。