がちゃ三毛庵~猫よ、花よ~

東京の一角。ご近所から次々合流してきたネコたちと暮らす・・・いけばな徒然日記

ネコにまつわるエッセイ風味~名前~

2010-01-31 | Weblog
子供の頃ニャンたちが常に数十匹、ご飯を貰うためだけに家を出たり入ったりしていた。
いまだにその頃の夢を見る。
台所の小窓からネコの名前を呼び、塀越しに歩いてくる猫に、鰹節をまぶしたご飯=ネコマンマ=を振舞う夢。

あれから四半世紀はとうに過ぎた。メンバーはすっかり変わってしまったが、実感している同居ニャンたちの数は、昔も今もほとんど変わらない。
出入り自由の数十匹と、門外不出の7匹は、家の占有密度として同じくらいだと思っている。

おネコ様方とは、おかげさまで密接にお付き合いをさせていただき、少しずつではあるが、ネコ理解度が高まっている、と、信じているのではあるが、
まだ、わからないことの方がはるかに多い。
その中でも、ネコたちは、どうやってニンゲンの発音を認識しているのか?という疑問はいつも感じている。

大勢の名前が飛び交う日常で、ネコたちは自分の名前を確実にピックアップして認識しているのである。そのメカニズムがわからない。

つまり、ネコはキチンと自分の名前を理解している。
でも、名前とは明らかにニンゲンの便利のための手段。その手段を理解して、“自分”と認識している・・・。

“みたらし~ブラッシングしよう!”と隣の部屋から呼ぶと、みたらしがイソイソ呼ばれた部屋に入ってくる。他のネコは“みたらし”という名前に反応しない。
“ミ~ンミン!”と呼びかけると、確実にミンミンだけが、恐竜の子供のような声を出して返事をする。
“むっちゃん、むっちゃん!”と呼べば、むっちゃんが押入れの天袋から降りてくる。他のネコは呼びかけには反応しない。
〔爬虫類の脳みそ〕と言われているごまチャンですら、自分は“ごま”と呼ばれていることを知って生活している。

7匹のネコが、ニンゲンの発音を理解して、名前を聞き分けているのである。

確かにネコが発する声の種類は、非常に多岐に渡っている。
朝から晩まで、ニャーニャー言っているわけではない。

明らかにご機嫌で、話したいことがたくさんある子供みたいな時もあれば、
非常に文句タラタラなときもある。
極めて怒っている時もあるし、とっても甘えん坊モード炸裂な時もあり・・・
声のトーンや発し方は、すべて違う。

面白いので、マカロニが甘えん坊炸裂のときに、同じ声を出してマカロニに甘えると、
マカロニは安心したように深い眠りに付いたりする。

ミンミンのおしゃべりが止まらない時に、同じ調子でミンミンと会話を交わすと、面白いほど話が弾む。

ネコのコミュニケーションサインをニンゲンがキャッチすることができるのは、ワタシもヒトの端くれとしてわかるのであるが、
ニンゲンの発音もネコは聞き分けているのだろうか・・・

ということは、ワタシが喋っていることも聞き取られているということになる。

しかも、声に発することもなくゼリーでも食べようかとPC席を立った途端、冷蔵庫前で待っている連中も居るということは、ついでに“思っていること”も読み取られているのだろうか。

ネコたちが文字を操ることができないのは、何よりもありがたいことである。
ワタシネタのエッセイなんかブログで発表された日には、抱腹絶倒、だろう。
くわばら。くわばら。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿