【民主主義という幻想風景 の巻】
総選挙は
細かな部分で
ハプニングがありましたが
その論評は別の機会に譲ります
25年前に作られた現状の選挙制度
本質的問題点の指摘もまた
別の機会に譲ります
それにしても
毎度毎度思うのですが
最高裁判事の国民審査の
制度設計が納得いきません
この制度は
辞めさせたい判事の名前の上に
「✕」印を書くのですが
何も書かない場合は
「信任」とするというのです
これって、アリですか?
なにゆえ「〇」印を書け
と、しないのですか?
期日前投票の数が増えているのに
判事の経歴、主要判断、心構えを記載した
審査公報が、新聞折り込みに入るのは
投票日の2~3日前なのです
罷免を求める票が1割しかないのは
そりゃ、そうでありましょうよ
制度と運用があまりに浮世離れしている
としかいいようがありません
そういえば、
「期日前投票で判断材料がなかったため
何も書かずに票を入れた」と
ラジオでカミングアウトした
国有放送のアナウンサーがおられ
これまたビックリ
わたしはといえば
今回も信任に値する判事は
ゼロでありました、とさ
ウチの90歳の母が投票に行って「どうしたらいいか、わからん」と、そのまま投票箱に入れていました。
資料の細かい文字を読めず、また投票所で横で読み上げるわけにもいかないので、こういう「信任」になってしまいます。
改善の余地は大いにあると思います。
法律をつくるときに実質審議する委員会で、どういう議論が行われたのか、疑念が残ります。現場でどういうことが起きるのか、イメージできなかった(あえてしなかった?)のでしょうか。議員の力量の問題なのか、恣意的なアイデアなのでしょうか。また、こんなことを長年放置している法曹界にも国会にも首を傾げています。