


こんばんは♪d(⌒〇⌒)b♪



ようこそいらっしゃいました。
即、本題です(笑)。
今月に入ってすぐの1~4日、三泊四日で、実家の父母が遊びに来ました。
うちに来るのは3年ぶり。
ピヨ太郎が中学に入学した年の5月以来でした。
「どこか行きたい所は無いの?」
と母に訊くと、
「江ノ島に行きたい。」
それならば江ノ島に行って、島の中の手打ち蕎麦屋さんで、ざる蕎麦を食べようという約束になっていました。
ところが。
その日の夕方くらいから、母の様子がちょっとおかしいのです。
何となく、動きがゆっくり...のような???
長い時間、慣れない乗り物に乗ったし、緊張もあっただろうし、旅の疲れかなぁ...なんて思っていたのですが。
翌日、母は、腰と肩~背中の痛みで動けなくなっていました。
我が家は、2階にリビング・キッチン・お風呂があるので、食事や洗面はイヤでも階段を上って2階に来なければばりませんが、母は、階段すらまともに昇れなくなっていました。それでも、みんなに悪いと思った様で、四つん這いになって階段を這い上って来たのです。
予定では、この日、江ノ島に行く予定だったのですが、朝の母の様子では外出は難しいという判断で、家でのんびりする事にしました。
3日目の朝。
この前日、母に整形外科に行く様話をしてみたものの、「行かないで寝て直す」と頑として言い張ったので、様子を見ることにしたのですが、一日経っても大した変化は見られなかったため、再度診察を受ける様説得してみました。
予定では、この翌日(4日目)に帰ることになっていて、痛みが取れなければ、帰るのを延期するしか無かったからです。
色々話をして、母は渋々ながら、近くの整形外科に受診することを納得してくれました。
受診がこれまた大変でした。
何せ、歩くのが大変、着替えるのも大変な訳ですから、歩いて10分そこいらの近所のお医者さんでも、かなり”遠い”ところにある様なことになります。
何とか痛い思いをさせずに移動させられないかと考え、先ず私が自転車で行き、先に受付を済ませて事情を話して車椅子を借り、車で追いかけて来たダンナに、借りた車椅子を自宅まで運んでもらおう...という事にし、ピヨ助が学校に行ってから、父・ダンナ・私の大人3人がかりで、母を整形外科に連れて行きました(要領が悪いからこうなってしまった(^^;)。
レントゲンも撮ってもらって診てもらった結果は、頚椎椎間板と腰椎椎間板のヘルニア。
母はだいぶ前から、頸椎椎間板の異常からくる痛み(首・肩・背中等)はあったので、自宅に戻ってから、改めて掛かり付けのお医者さんに観て診てもらう様、言われました。
ふと見ると、レントゲンを撮った直後に着けてもらったのだという簡易式の腰痛ベルトが母の腰に巻いてありました。
普段飲んでいる薬も持っていってたので、飲み合わせを見てもらい、痛み止めの薬と湿布を出して頂きました。
それから、また母を車椅子に乗せて家に連れて帰り、車椅子を整形外科の受付に返して時計を見たら、もうお昼ご飯の時間になっていました。
母はお昼ご飯を食べ、痛み止めの薬を飲んで一眠り。
すると...。
夕方、朝の母とはまるで別人の様に足取り軽く階段を上がって来たのです。
「だいぶ楽になったよ。」
声に張りも出て、いつものニコニコ顔の母になっていました。
母親の笑顔が嬉しかったです。
母の笑顔が見れたのがホントに嬉しい...そう思いました。
4日目。
朝、両親が寝ていた部屋に母の顔を見に行くと、もうすでにいつもの母の顔でした。
この日の朝、軽快な足取りで二階に上がって来た母は、真っ先にデッキに出て西の方を眺めていました。
そう、富士山を見たかった様なのです。
昨日までは、自由に起き上がることも出来ず、ひたすら痛みに耐えるだけしか考えられず、富士山を見たいという気持ちにもなれなかったのです。
江ノ島には行けなかったけれど、せめて富士山だけでも...きっと母はそう思ったのでしょう。
けれども、富士山が見える西の空は少しモヤッていて、その美しい姿を見る事が出来ませんでした。
「わざわざ、こっちに出て来てまで寝込んでしまって、何しに来たのかな~。お土産を買いに来たみたいだな~。」
「○○(ダンナ)にも○○○(ピヨ助)にも満月にも、みんなにいっぱい迷惑かけて、ホントに申し訳なかったよ。」
母は、寝て過ごした3泊4日を悔やみ、私達家族に申し訳ないと思っている様子でした。
「気にしないでよ~。江ノ島は絶対!!逃げないから。また、時間を作って二人で来ればいいじゃん。」
私がそう言うと、母は苦笑いしていました。
「それにね...」
私は、18歳で家を出ました。
一緒に暮らさないと決めたその時、もしも両親が病気や怪我で入院した時、満足に看病出来ないかもしれないし、ろくに見舞いにも行けないかもしれないことを覚悟しました。
でも今回、我が家で母が寝込んだお陰で、出来ないと覚悟したことの何千分の一かの事が出来た様な気がして、それが何だかとても嬉しかったのです。あんなに痛い思いをし、行きたい所にも行けず悔しがる母の前で、こんなことを告白するのは、ホントに申し訳ないのだけれど、これが私の本音でした。
母は、申し訳ない、申し訳ないと言いながら、予定通りの新幹線に乗って帰って行きました。

父と母に見せてやりたかったな、富士山。
我が家のデッキから眺められる富士山は、実物のほんの先っぽなのだけれど、それでも、娘の家に居ながらにして眺められる富士山は、何物にも代え難い「絶景」なのかも知れません。
さて。
両親が帰っていってから約4週間。
一昨日も母の声を聞いたばかりだったのに、昨日の午後、妹が携帯で連絡してくれた話にビックリしました。
母が入院しました。
病名は、「
房室完全ブロック」というもの。母の場合、重症度は3度(3度のことを”完全”というらしいです)。後日、ペースメーカーを埋め込む手術を受けることになるだろうという話でした。
母は、本当にラッキーでした。
昨日は、たまたま掛かり付けのお医者さんの通院日でした。
いつもの診察で血圧を測ってもらっている時に、手首で取った脈が少なかったことを不審に思ったお医者さんが、たまたまその場で心電図を取って確認し心電図の異常を見つけて下さって、そのままそこから救急車で大きな病院に運ばれたのです。
母は、「たまたま」が重なって、助かりました。
数日、顔が浮腫んだり怠かったりしていたそうですが、忙しくて、そんな事には構っていられなかった様なのです。
もし、通院日が無かったら?...多分、そのまま無理をしていたのでしょうから、心臓が急に止まってしまっていたかもしれないそうです。
そして、今日。
お昼頃鳴った電話の主は、義母。
私は、ちょっと警戒。
実は、義母は感が良く、絶妙なタイミングで変化を嗅ぎ付ける人(悪い意味ではなく...ネ)なのです。
”お義母さん、早過ぎ~”なんて思いながら、当たり障りの無い話をしていたら...
「実は今日ね、お父さんが入院してね...」
.....え!?
たまたま義父も、今日が通院日。
で、肺炎を見つけられて、そのまま入院になったのだそうなのです。
義父は、気管支や肺が弱いので、普段から重々気を付けてはいた様なのですが...。
それでも、倒れる前に異常を見つけてもらって入院となったので、ホントにラッキーでした。
義父の見舞いは、週明けにダンナが仕事に絡めて行くそうです。
続く時には続くもの...そうは分かっていても、この2日の間(厳密に言えば、24時間内)に、お互いの親がそれぞれ入院することになるなんて...ねぇ...とダンナと顔を見合わせました。
ホントに、ラッキーです。
「最悪」の手前の段階でお医者さんに見つけてもらって入院する事が出来たのですから。
命を繋げて頂いたのですから。
神様・仏様・ご先祖様に、感謝しなくてはいけません。
「ありがとうございました。」
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ダラダラと文章でゴメンナサイ。
最後までお付き合い下さって、ありがとうございました。
明日はピヨ助の学校の行事で、明後日は私の通院の為、出掛ける予定になっています。
その後も、この記事にした件もあってバタバタしそうで、PCの前に座る時間が持てないかもしれません。
どうも、長い記事はアップ出来そうも無いので、今日こうして書いてしまいました。
一日に4つもの記事をPCからアップするのは、ホントに久しぶりだったかも~...フゥ~ε-(´o`;A
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