ファミマに「フォアグラの飼育は残酷」と抗議 やむなく特製弁当の販売を中止
ま、みなさんもコメントしてますが。
変な話です。
残酷であることは間違いないだろうが、弁当売るな、はちと違うよね。
1.フォアグラは弁当だけに使われているわけではない。
2.残酷なのは、フォアグラだけではない。
文句を言ったのであれば、
もちろん、フォアグラ使ってるありとあらゆるところに文句を言っているうちの、
これは1つでしかないのですよね?
たまたま、ファミマが撤退判断してニュースになっただけで、実は表面化していない種々のフォアグラ産業にも同様のクレームが送られているんですよね?
ファミマには文句言いやすいから言ってみた、とかだと、何してんだ、お前、だ。
また、別にフォアグラだけが特別残酷というわけではない。
食われる側にしてみれば、飼育されている時点で、既に残酷ですしね。
十分に生を全うするわけではなく、
おいしいか、コストに見合うところで、多くは若いうちに殺されるわけで。
ま、そこまで極端な話は置いておいても。
グルメ食材は残酷なものは多いと思うんだが。
北京ダックの食事風景なんかも壮絶ですしね。
確かに、フォアグラは脂肪肝で、要は肥満の病気にしているわけですが、
脂ののった肉がうまい、ってことは…
肉や魚で脂がのったのは、要は全て肥満体。
魚なんかはよく天然信仰がありまして、
確かに脂ののりのいい天然ものはうまいでしょうが、
よく運動して絞り込まれて、逆に脂が物足りないって場合もあり、
養殖の方が脂がのっていていい、って考えもあります。
つまり、養殖魚は、運動不足で、たくさん飯食ってるから。肥満ですなw
どうやら、いいさしの入った高級な牛肉って、脂以外は栄養失調にさせるそうです。
結果、肥満以外にも病気持ちが多いそうな。
そういった高級品までいかなくても、
逆に低コストで安く売るために、
鶏卵なんて、狭いケージに閉じ込められて、ひたすら卵産まされて、死んだらポイ。
そもそも、卵産むことに特化した品種改良がなされているから、卵産まなければ、役立たず。
食肉用鶏とは別物。
こういった、特殊な用途の畜産物も、最後までいただきましょう、という運動をしている人もいるが、
やっぱり、おいしくなくて、色々と苦労をされているようですが…
そういった運動は、考え方、方向性としては称賛に値します。
こういった流れから、そもそもの食肉を否定したり、
自然食のみを信仰する人々もおりますが…
肉否定のただのベジタリアンだと、農薬はいいの? 虫は殺していいの?
とか、思ってしまう。
ま、そういった流れから、徹底した自然食派、もおられるようですが、
突き詰めれば突き詰めるほど、また別種の異様感が漂ってきまして、
私の感覚から行けば、理解不能なため、全く共感はできない方向性であります。
私は理解不能で共感、賛成はできませんが、
論理が破たんせずに徹底しているのであれば、一つの考え方、として尊重すべきとは思います。
ゆえに、ぜひ、残酷だからやめさせたいと思い、文句を言うのであれば、
しっかりと信念を持って、徹底した活動をやっていただきたいもんです。
仮に、フォアグラだけを目の敵にするのであれば、フォアグラという存在をなくすために
全方向的な活動をすべきでしょうし、
あるいは、フォアグラのような「残酷な」ものを辞めさせたいのであれば、フォアグラに限らず、
いろんな方面の「残酷なもの」に対しても、きっちりと拒否感を示す生活を送っていただきたい。
言いやすいから言ってみた、とか、目についたところだけ、言ってみた、とかはやめて欲しいね。
それは、社会を変革する運動や、自分の信念に基づいた生き方ではなく、ただの嫌がらせにしかならない。
…ま、フォアグラだけを個人的にかわいそうだから、食うの辞めるってレベルはありかな。
何でも徹底すべき、は無茶だしぃ。
個人レベルで拒否感示すだけなら、適当な都合で取捨選択もありか…
ただ、自分としても、徹底できていない自覚は持って欲しいな。
個人の意思表示レベルだから、ま、自由にしてもらえばいい話ですが。
文句を言うのは、周りを巻き込む話なので、それは徹底的な活動の一環としてやって欲しいねぇ。
私としては、やっぱりおいしいものをいただきたいので、
残酷な飼育方法でも、しょうがないような気がします。
正直、食うために、殺すことを前提で生まれさせ、
自由に生かさず、強制し、早く殺すわけですから、
どこからが残酷で、どこまではセーフなのかが、私にはわかりません。
ま、食肉以外の目的で、欲しいものだけ生産してもらって、
後はなるべく自然に近い形で生を全うしてもらうことができる畜産なら、
ま、コスト重視で色々強制して、役立たずはポイは残酷、となるかもしれませんが、
食肉に関しては…ねぇ?
生産者的立場なら、そもそもそういった生産はしない、という選択肢を考えられますが、
消費者的立場では、殺した以上は美味しくいただく努力、しかないかな、と。
前述のように、消費者的立場でも、
不買運動をして、商品価値を下げ、
生産者全体に撤退の決断を迫る、という方向性もありますケドモ…
ま、私としては、結局のところ、個々の食材の飼育の良しあしとかよりも、
賞味期限が近づいたから、とか、でポイポイ捨てる方が問題だと思うなー。
殺したのだから、せめて残さずおいしくいただくよう、精一杯の努力をしたいもんです。
企業論理で、儲け優先、必要以上の安全管理で、早く捨てる。
それによる食物の無駄の方が、よっぽど問題だと思うなー。
食物連鎖下位の動物なんてどうでもいい、ってちょっと極端な視点に立った場合でも、
こういった食物の無駄を先進国(特に日本?)がしている中で、
世界的には食糧困窮で餓死している人(日本国内でも貧困で餓死の人いるし…)がいるわけで、
これは、人命の問題につながると思うし。
ま、結局は口先だけの一消費者でしかないので、
個人レベルとして、好き嫌いはなくそうね。
出されたものは、残さず食べましょう。(健康を害さない範囲で、ですが。)
ということに留まるのですが。
ま、みなさんもコメントしてますが。
変な話です。
残酷であることは間違いないだろうが、弁当売るな、はちと違うよね。
1.フォアグラは弁当だけに使われているわけではない。
2.残酷なのは、フォアグラだけではない。
文句を言ったのであれば、
もちろん、フォアグラ使ってるありとあらゆるところに文句を言っているうちの、
これは1つでしかないのですよね?
たまたま、ファミマが撤退判断してニュースになっただけで、実は表面化していない種々のフォアグラ産業にも同様のクレームが送られているんですよね?
ファミマには文句言いやすいから言ってみた、とかだと、何してんだ、お前、だ。
また、別にフォアグラだけが特別残酷というわけではない。
食われる側にしてみれば、飼育されている時点で、既に残酷ですしね。
十分に生を全うするわけではなく、
おいしいか、コストに見合うところで、多くは若いうちに殺されるわけで。
ま、そこまで極端な話は置いておいても。
グルメ食材は残酷なものは多いと思うんだが。
北京ダックの食事風景なんかも壮絶ですしね。
確かに、フォアグラは脂肪肝で、要は肥満の病気にしているわけですが、
脂ののった肉がうまい、ってことは…
肉や魚で脂がのったのは、要は全て肥満体。
魚なんかはよく天然信仰がありまして、
確かに脂ののりのいい天然ものはうまいでしょうが、
よく運動して絞り込まれて、逆に脂が物足りないって場合もあり、
養殖の方が脂がのっていていい、って考えもあります。
つまり、養殖魚は、運動不足で、たくさん飯食ってるから。肥満ですなw
どうやら、いいさしの入った高級な牛肉って、脂以外は栄養失調にさせるそうです。
結果、肥満以外にも病気持ちが多いそうな。
そういった高級品までいかなくても、
逆に低コストで安く売るために、
鶏卵なんて、狭いケージに閉じ込められて、ひたすら卵産まされて、死んだらポイ。
そもそも、卵産むことに特化した品種改良がなされているから、卵産まなければ、役立たず。
食肉用鶏とは別物。
こういった、特殊な用途の畜産物も、最後までいただきましょう、という運動をしている人もいるが、
やっぱり、おいしくなくて、色々と苦労をされているようですが…
そういった運動は、考え方、方向性としては称賛に値します。
こういった流れから、そもそもの食肉を否定したり、
自然食のみを信仰する人々もおりますが…
肉否定のただのベジタリアンだと、農薬はいいの? 虫は殺していいの?
とか、思ってしまう。
ま、そういった流れから、徹底した自然食派、もおられるようですが、
突き詰めれば突き詰めるほど、また別種の異様感が漂ってきまして、
私の感覚から行けば、理解不能なため、全く共感はできない方向性であります。
私は理解不能で共感、賛成はできませんが、
論理が破たんせずに徹底しているのであれば、一つの考え方、として尊重すべきとは思います。
ゆえに、ぜひ、残酷だからやめさせたいと思い、文句を言うのであれば、
しっかりと信念を持って、徹底した活動をやっていただきたいもんです。
仮に、フォアグラだけを目の敵にするのであれば、フォアグラという存在をなくすために
全方向的な活動をすべきでしょうし、
あるいは、フォアグラのような「残酷な」ものを辞めさせたいのであれば、フォアグラに限らず、
いろんな方面の「残酷なもの」に対しても、きっちりと拒否感を示す生活を送っていただきたい。
言いやすいから言ってみた、とか、目についたところだけ、言ってみた、とかはやめて欲しいね。
それは、社会を変革する運動や、自分の信念に基づいた生き方ではなく、ただの嫌がらせにしかならない。
…ま、フォアグラだけを個人的にかわいそうだから、食うの辞めるってレベルはありかな。
何でも徹底すべき、は無茶だしぃ。
個人レベルで拒否感示すだけなら、適当な都合で取捨選択もありか…
ただ、自分としても、徹底できていない自覚は持って欲しいな。
個人の意思表示レベルだから、ま、自由にしてもらえばいい話ですが。
文句を言うのは、周りを巻き込む話なので、それは徹底的な活動の一環としてやって欲しいねぇ。
私としては、やっぱりおいしいものをいただきたいので、
残酷な飼育方法でも、しょうがないような気がします。
正直、食うために、殺すことを前提で生まれさせ、
自由に生かさず、強制し、早く殺すわけですから、
どこからが残酷で、どこまではセーフなのかが、私にはわかりません。
ま、食肉以外の目的で、欲しいものだけ生産してもらって、
後はなるべく自然に近い形で生を全うしてもらうことができる畜産なら、
ま、コスト重視で色々強制して、役立たずはポイは残酷、となるかもしれませんが、
食肉に関しては…ねぇ?
生産者的立場なら、そもそもそういった生産はしない、という選択肢を考えられますが、
消費者的立場では、殺した以上は美味しくいただく努力、しかないかな、と。
前述のように、消費者的立場でも、
不買運動をして、商品価値を下げ、
生産者全体に撤退の決断を迫る、という方向性もありますケドモ…
ま、私としては、結局のところ、個々の食材の飼育の良しあしとかよりも、
賞味期限が近づいたから、とか、でポイポイ捨てる方が問題だと思うなー。
殺したのだから、せめて残さずおいしくいただくよう、精一杯の努力をしたいもんです。
企業論理で、儲け優先、必要以上の安全管理で、早く捨てる。
それによる食物の無駄の方が、よっぽど問題だと思うなー。
食物連鎖下位の動物なんてどうでもいい、ってちょっと極端な視点に立った場合でも、
こういった食物の無駄を先進国(特に日本?)がしている中で、
世界的には食糧困窮で餓死している人(日本国内でも貧困で餓死の人いるし…)がいるわけで、
これは、人命の問題につながると思うし。
ま、結局は口先だけの一消費者でしかないので、
個人レベルとして、好き嫌いはなくそうね。
出されたものは、残さず食べましょう。(健康を害さない範囲で、ですが。)
ということに留まるのですが。