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江夏の21球

2017年12月27日 | 野球
現在、日経新聞の私の履歴書では元プロ野球選手の江夏豊氏が連載している。



ちょうど今、あの江夏の21球の時の話をしており、それがすこぶる面白い。



江夏の21球はあまりにも有名な話なので、説明もいらないと思うけど概要を書くと、

1979年、当時広島カープに抑えのエースとして所属していた江夏投手は近鉄との
日本シリーズに臨む。
3勝3敗で迎えた敵地 大阪球場での第7戦。
4-3で1点リードした7回途中から江夏投手が登板。
7回、8回と抑え、あと3つアウトを取れば日本一の場面、9回裏近鉄の攻撃から
試合終了までの21球が、のちに"江夏の21球"と呼ばれる伝説のピッチングとなる。

先頭打者に安打を許すと、四球と敬遠でノーアウト満塁、一打サヨナラゲームとなる
絶体絶命の大ピンチとなった江夏投手。

ブルペンでは急遽交代ピッチャーを準備。
信用されていないことに激怒する江夏投手。
その時に江夏投手に声をかけた衣笠内野手の一言とは・・・。


次の打者には"最高傑作"と自身が書いた配球で空振り三振、1アウト。

その次の打者 石渡選手との勝負。
相手はスクイズを仕掛けてくるのは間違いない。
問題はどのカウントで仕掛けてくるか・・・。

1ストライクからの2球目、石渡選手のバットが一瞬下がるのが見えた。

スクイズだ!

江夏投手は通常ではスクイズ外しができない球であるカーブを投げかかって
いた。
それでも外角高めにスクイズを外し、突っ込んできた3塁ランナーはタッチアウト。

世間では偶然外れたといわれたが、100%自分の意志で外したと江夏氏。

そして石渡選手を三振に打ち取り、ゲームセット。
これが広島初の日本一が決まった瞬間でもあった。


うーん、サッカーにはない、劇的な試合が感動的だ。


しかし最近、日経はこのコーナーのために読んでいるようなものだな・・・。


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