風のセミナリオ

フルーティスト勝俣敬二&聖アンセルモ・グレゴリオ聖歌隊の公式ブログ

2019.11.2 聖アンセルモ・グレゴリオ聖歌隊 (1986年創立 勝俣敬二 指揮) 『第29回グレゴリオ聖歌・ラテン語による 荘厳司教ミサ 「日本の教会の将来のため」教皇来日を機に』

2019-10-15 21:59:47 | アート・文化
第29回グレゴリオ聖歌・ラテン語による
荘厳司教ミサ
「日本の教会の将来のため」教皇来日を機に
 
29th Solemn Pontifical Mass In Latin With Gregorian Chant
〝Mass for the Church in Japan〟and for the Visit of Pope Francis
 
 
2019年11月2日〔土〕午後2時〔開場午後1時〕
東京カテドラル聖マリア大聖堂
 
主催 カトリック・アクション同志会
 
 
聖アンセルモ・グレゴリオ聖歌隊〔勝俣敬二指揮〕は、初回から参加し、GradualeとAlleluiaを担当してきました。
 
 
 
 
 
 

2019.11.16『朗読とフルート、チェンバロによるフランス音楽の午後』~蕗谷虹児、ヴェルレーヌの詩とフォーレ、ドビュッシー、ゴーベールの音楽で描くパリの抒情~

2019-10-05 11:33:52 | 演奏会
そこに調性は潜む。
ゴーベールとドビュッシーは二人ともフォーレの生徒であった。三人が生きたベルエポックを経て二つの大戦の狭間に探していたパリの空気を感じる。そこに調性の神秘が潜む。人々は生き延びた、がしかし不安と狂気がそこにはある。だから真の尊い喜びを無視したまま結果的に再び戦争を起こしている。個性、文化などと冷静に言えるのだろうか。そしてその狭間は我々の今にもあるではないか。空気の低くくに流れる冷たい音、勇気のない息づかい。装う無関心。
あの時代もジャポニスムが芸術と趣味のエレメントになっていた。その美の深層の中に。私は今、今の日本が戦争という死の行為から学んで守っている静かではあるが平和への、安心という尊いものを認め、戦争で負った心と身体の障がいの癒えぬ断片を嘆きよりも優先して作品の中に見つめ、調性で温めている。表現が叶って感謝している。