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「ミツバチのささやき」とフランコ独裁体制下のスペイン

2019-04-01 16:39:01 | 音楽・映画・アニメ
2019/2/15(金) 午前 7:00

スペインの内戦後の現代史をみながらこの映画について考えてみた。

1931年スペインではブルボン王朝(アルフォンソ13世)が倒され、王族は国外へと追放され第二共和政となるも、36年7月に陸軍の将軍グループがクーデターを起こしスペイン内戦:Guerra Civil Española1936~39年)に拡大。


マヌエル・アサーニャ率いる左派の人民戦線政府(共和派)と、フランシスコ・フランコを中心とする右派の反乱軍(ナショナリスト派)とが争い、反ファシズム陣営である人民戦線をソ連やメキシコが支援。欧米市民知識人らも数多く義勇軍として参戦。一方、フランコをファシズム陣営のドイツ・イタリアが支持し直接参戦。


スペインの内戦に参戦したドイツ空軍が1937年4月26日にバスク地方のゲルニカに世界史上初の「都市無差別爆撃」を行い、当時パリにいたスペイン人の画家パブロ・ピカソが「ゲルニカが全滅した」という報せを聞き、反戦の意味をこめてパリ万博のスペイン館の壁画として1か月で描き上げて誕生した作品が有名な「ゲルニカ(Guernika)」である。


何故ゲルニカが空爆のターゲットになったかといえば、当時スペイン北部バスク地方は孤立しており、ゲルニカには共和国軍の部隊は駐留していなかったものの、通信施設などがあり、また前線へ通じる交通の要でもあったため、共和国軍の連絡・移動・補給を断つ上で極めて戦略的価値の高い要衝として反乱軍のフランコを支援するドイツ軍に狙われたようだ。3時間の空爆で犠牲となった人々は約1600人ともいわれている。


3年間の内戦はスペイン国土を荒廃させ、共和国政府を打倒した反乱軍側の勝利で終結。フランコに率いられたファランヘ党は自らの影響力を拡大し、フランコ独裁体制(1939年~78年)がその後の約40年間続くことになる。内戦と長きに渡る独裁体制はスペインの人々の心に傷跡と複雑な思いを残すことになった。2008年に独裁政権時の他の幹部とともにフランコは死後に「人道に対する罪、理由なき違法拘禁の恒久的犯罪」の咎で起訴されている。但し、フランコ体制に対する自国民の評価は否定的なものばかりでもないらしく、ここが民族感情というものの不思議なところ。


第二次大戦当時フランコ体制下のスペインは、当初親枢軸国の立場であり、ヒトラーに参戦を促されたものの参戦を拒み、「非参戦」中立国の立場をとった。しかし枢軸国に諜報活動の協力を行い、石油輸出の便宜を図るなどしたことで連合国側からは白眼視され、終戦後は46年12月の国連総会でフランコ体制が非民主的でスペイン人の支持を得ないものと批判されて加盟国にスペインとの断交を推奨する決議が行われている。


映画「ミツバチのささやき」の監督ビクトル・エリセはゲルニカ空爆3年後の1940年にバスクで生まれここで育った人物なのであるが、バスク地方では68年から反フランコ体制である「バスク祖国と自由(ETA)」の活動が活発となり、軍が治安維持の全面に立ち、ETA構成員に対する苛烈な処罰が行われた。しかしスペイン国内においてETAは概ね支持されていたそうだ。バスクで17年間過ごした後にマドリードで政治学と法学を学んだエリセ監督はフランコの独裁体制への批判の意味を込めてこの映画をつくったのだと思う。


1934年にスペインを離れパリに在住していたピカソは内戦が起こった翌年の1937年1月にはフランコを風刺する内容の「フランコの夢と嘘」という詩を書き、後には詩に添える銅版画を製作していたとされる。エリセ監督も映画で独裁体制下のスペインの閉塞感を暗喩しつつ祖国の民主化への願いを込めたのではないだろうか。


1969年には1931年の革命で亡命した国王アルフォンソ13世の孫であるアルフォンソ・カルロスを王位継承者とする法律が成立し、フランコの死後の元首が確定。一方でフランコは腹心のルイス・カレーロ・ブランコを事実上の後継者とし、73年にブランコは首相に就任。自らの独裁路線を継続させる構想を描いていたとされる。


「ミツバチのささやき」が製作されたのは73年で、この年に首相に就任したブランコは就任から僅か半年後にETAによって暗殺されており、フランコの独裁体制が終わりに近づく。世界はオイルショックや急激なインフレに見舞われ、スペインも経済状況が悪化していった頃であった。


映画の設定はフランコの独裁が始まるスペイン内戦の終結直後の1940年を舞台としており、主要登場人物は、父フェルナンド、母テレサ、姉のイザベラ、妹のアナと、「汽車から飛び降り、負傷しながら村はずれの廃墟へと逃げこんだ一人の逃亡者の男」の5人で、それぞれ重要な役割を演じている。


この映画の特徴は物語りが幼い少女の目を通した世界として描かれていることで、そのことによって、体制への批判という強いメッセージではなく、夢うつつの中で「精霊」に呼びかけるという寓話の形をとっていること。これは体制側の検閲を逃れるためにファシズム体制下の国で当時の芸術家らがとった手段であったようだ。


物語りの中でヒロインの父フェルナンドは高齢でミツバチの研究に没頭し、多くの時を書斎で過ごしている人物。これは当時のスペインのフランコ体制のような旧態依然の社会、独善的で家族よりも自己の関心事、反イデオロギーというイデオロギーに埋没している人物のよう。ところで、独裁者フランコは実は反イデオロギー的イデオロギーの人物で、「反共産主義」「反フリーメーソン」だったそうなのだが、1940年にこれらの勢力への弾圧法を制定。一方で一国内の自給経済を推奨(アウタルキー政策~50年まで)。


母テレサは内戦時に生き別れた昔の恋人への手紙を密かに書き続けている。しかし手紙が恋人の処に届いている様子はなく、返事は来ない。最後に彼女は暖炉で手紙を燃やし、恋人との別離を受け入れ、家族のために生きることを決意している。つまり自己の感情から現実逃避していたものの、最後に家族愛に目覚め、家族のために生きることを選択する人物として描かれている。この場合の「ミツバチの家」=アナの家=スペインを表しており、家族愛→愛国精神に立ち返る国民を象徴。


姉のイザベラはアナと違って世間知のある早熟な女の子で、明確な自我を持っている。政治には無関心で自由で勝手きままなスペインの若者達を象徴。映画の中で「何故、映画の中のフランケンシュタインは少女を殺したの?何故、みんなはフランケンシュタインを殺したの?」と質問する妹に向かって「フランケンシュタイン=モンスターは精霊のようなものだから、一度友達になれば、いつでもどこでも呼び出せる」と発言。この言葉がその後のアナの行動を触発。


主人公のアナはまだ現実と夢の区別がつかず、夢うつつに日常を過ごしており、「自他の区別があいまいで自我が生まれる前の人間」を表しており、彼女に象徴されるのは「当時のスペイン共和国の純粋な若者像」であるという解釈も。アナはフランケンシュタインの代わりに村はずれの廃墟に隠れている逃亡者に出会い、彼に食べ物や父の上着を運んでやる。


肝心の逃亡者は何を表していたのか。最後に何故射殺されなければならなかったのか。そして少女が逃亡者に手を差し伸べた理由がこの映画の重要部分だと思う。


少女が逃亡者を助けようとした理由は「精霊」と友達になりたかったから。この映画の原題は「El espíritu de la colmena=蜂の巣の精霊」で、つまり、フェルナンドが観察していたてんでばらばらなミツバチたちは、ばらばらで「知性の感じられない」スペイン国民(フランコに対する人民戦線政府は内部に共和主義者、共産主義者、無政府主義者を抱えていたため、統一性に欠けていたとされている)の暗喩で、アナの家の窓ガラスは六角形でミツバチの巣のイメージであり、アナの家(スペイン)の住人(国民)はミツバチなのだ。


エリセ監督はタイトルについて「私が考えたものではなく、偉大な詩人であり劇作家のモーリス・メーテルリンクにより書かれた蜂の生活についての最も美しいと思われる本から引用した。その作品中、蜂たちが従っているかのように見える、強力で不可思議かつ奇妙な力、そして人間には理解出来ない力をメーテル・リンクは『蜂の巣の精霊』という言葉で表現している」と述べているそうだ。


そして小さいミツバチであるアナ=スペインの純粋で無力な若者達の願いは「ミツバチの巣の精霊」にバラバラな家族(国民)をまとめ、不思議な力を授けてもらうことだったのかもしれない。しかし願いも虚しく「精霊」であるはずの逃亡兵は無残にも村人達にみつかって銃殺されてしまう。多くの大人たちは体制に背くことはできず、ミツバチの巣の精霊が動かせたのは1番小さいミツバチだけであったから、体制に離反した逃亡者には処刑される運命しか待っていなかったのだ。


しかし、40年の長きに渡って独裁体制を行ったフランコが75年に闘病の末に亡くなると、彼の遺言通りスペインに王制が復活し、即位したフアン・カルロス1世は、フランコのもとで帝王学の教育を受けていたものの、一転して政治の民主化を推し進めて西欧型の自由主義国家への転換を図り、77年には41年ぶりにスペインで総選挙が行われ、78年に新憲法が承認され立憲君主制国家として再建されたのであった。


「ミツバチのささやき」のラストシーンでは、少女アナが目を覚まして夜中に自室の窓を開け放ち、「わたしよ、アナよ・・・」と精霊に呼びかけているところで物語りが終わっている。




引用
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%84%E3%83%90%E3%83%81%E3%81%AE%E3%81%95%E3%81%95%E3%82%84%E3%81%8D

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E5%86%85%E6%88%A6

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B3


 http://www.art-library.com/picasso/guernica.html

                                        


ヒロインを演じたのは当時5歳のアナ・トレント
(1966~)

                       





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