eternalturquoiseblue

日本人として日々の暮らしの中で思うこと、知りたかったこと

「かごめ唄」~日ユ同祖論による解釈とは

2019-03-29 15:08:21 | 日本人論
2018/12/28(金) 午前 10:39

「かごめ唄」は日本人なら誰もが知っており、子供の頃などに唄った童謡ですが作者不詳。「1915年(大正4年)に発行された「俚謡集拾遺」(りようしゅうしゅうい)には、東京・長野・新潟で採収された歌詞が収められた」とあります。これによれば、江戸から大正時代にかけて「後ろの正面だーれ」のくだりが入っていなかったそうです。


前半はまだしも、後半の「夜明けの晩に」は言葉自体が意味不明で、すぐあとの「鶴と亀がすべった」というくだりなどは唐突な言葉の羅列でしかなく全く意味不明。「後ろの正面だーれ」はこの唄を歌いながら行われる遊びのポイントにはなりますが、これはあとから加えられたものなのでしょうか。


そもそもいつから唄われていたのかに関しては、宝歴・明和年間(1751年~1772年)頃に収録され「竹堂随筆」という文政3年(1820年)頃に編纂された童謡集の中に出てくるのが最も古い文献のようですが、その中では「後ろの正面だーれ」ではなく「なべのなべのそこぬけ。そこぬいてーたーぁもれ」となっているようです。



ところで、「日ユ同祖論」的解釈で、この唄の「音」をヘブライ語として訳してみると以下の様な意味になるのだそうです。


かごめかごめ 
「カゴ・メー カゴ・メー」(誰が守る 誰が守る)

かごの中の鳥は
「カグ・ノェ・ナカノ・トリ―」(硬く安置されたものを取り出せ)

いついつでやる
「イツィ・イツィ・ディ・ユゥー」(契約の箱⦅=聖櫃⦆に収められた)

夜明けの晩に
「ヤ―・アカ・バユティ」(神譜を取り、代わるお守りを作った)

つるとかめがすべった
「ツル・カメ・スーべシダ」(未開の地に水を沢山引いて)

後ろの正面だーれ
「ウシラッ・ショーメン・ダラー」(水を貯め、その地を統治せよ)



旧約聖書の中に出てくる「ノアの方舟」が現在のトルコに当たるアララト(アララテ)山へ漂着してノア一家が無事に大洪水を乗り越え神の救いを確認したのが7月17日。この日を祝うのがユダヤの「シオン祭」で、イスラエルでは7月17日の前後3週間をかけて新年祭という宗教行事が毎年行われるのだそうです。

一方日本の京都三大祭のひとつである祇園祭は貞観年間(9世紀)より続く祭で、7月1日から始まり、祭のハイライトとして山鉾巡行が行われるのがちょうど7月17日。「祇園祭」は「シオン祭」が訛ったもので、祭りの掛け声である「エンヤラヤー」は古代ヘブライ語の「エア二・アハレ・ヤー」(我はヤーべを賛美する)の意味と解釈でき、祇園祭の最大の特徴である山車は「ノアの方舟」を意味している、などのように解釈されているようです。


函谷鉾の懸装品のゴブラン織り前掛け「稀世の珍品」の図柄は旧約聖書創世記第24章の一場面とされ、アブラハム家の老僕エリアザルが処女リベカに水を求めている場面が描かれているそうです。


7月17日前後3週間かけて毎年行われるイスラエルの宗教行事「シオン祭」は神の天地創造を祝福すると同時に「ノアの方舟」による神の救済、イスラエル王の即位、そしてエルサレムに契約の箱(聖櫃)が運ばれたことを記念する行事なのです。


補足:
後半の解釈として別の意味も考えられているようです。

「鶴と亀がすべった」を
ツー・カメア・ソヴェレッ(tsur kamea sovelet)
「造られたお守り岩も(火による)被害を受けた


「後ろの正面だーれ」をヘブライ語の音で
フーシャー・ショーメム・ダラッ(hushar shomem dalak)
「焼かれた荒れ地は見放された」

のような意味にも解釈できて、こちらだと、実は「秘宝が隠された場所から取り出されたあと、周辺一帯に火がつけられて(守護神のあった)磐座も一緒に焼かれて放置された」という悲劇のシナリオになってしまうそうです。


ですが、これらの「説」はあくまでも仮説。歌詞が謎めいた感じであっても、江戸時代(あるいはそれ以前)から日本各地で子供たちが「かごめかごめ」と遊ぶときに唄われた日本オリジナルな童謡なのかもしれません。



注:
契約の箱( ארון הברית‎ aron habrit Ark of the Covenant)とは『旧約聖書』に記されている十戒が刻まれた石板を収めた箱のこと。証の箱(あかしのはこ)、掟の箱(おきてのはこ)、聖櫃(せいひつ)、約櫃(やくひつ)とも呼ばれる。ただしユダヤ教・キリスト教において「静謐」は「契約の箱」より広義のものを含む語彙。神の指示を受けたモーゼが選んだ、べツァルエルが、神の指示どおりの材料、サイズ、デザインで箱を製作し、エジプト脱出から1年後にはすでに完成していた。アカシアの木で作られた箱は長さ130センチメートル、幅と高さがそれぞれ80センチメートル。装飾が施され地面に直接触れないよう、箱の下部四隅に脚が付けられている。


引用:

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%91%E7%B4%84%E3%81%AE%E7%AE%B1

「日ユ同祖論の原点 歴史的発見を隠蔽された剣山、かごめ唄と古代イスラエル人の足跡」
https://www.youtube.com/watch?v=np0bUkHGVn0

http://www.historyjp.com/article.asp?kiji=65

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%87%E5%9C%92%E7%A5%AD




コメント

「かごめ唄」は子供心にも変な歌詞と思ってましたが、童謡なんだと深くも考え無く遊んでました。
ヘブライ語と祇園祭との関連も凄い事ですね。
日本民族は益々複雑さを増しますね。
2018/12/28(金) 午後 0:41jinsen99


こんにちは、kamakuraboyさん
かごめの唄はほんとは怖い唄だそうです
どっかで読んだか聞いたかしました
ヘブライ語で訳せるとは知りませんでした
kamakuraboyさん、なんかひさしぶりな感じですね笑削除
2018/12/28(金) 午後 1:17[ 桑の実 ]


> jinsen99さん
こんにちは。コメントをありがとうございます。「日ユ同祖論」や「日本人シュメール起源説」などの日本人起原研究は面白いですね。

昭和天皇の末弟の三笠宮崇仁様が「古代オリエント学」の歴史学者として研究なさっていたそうですが、皇室の32菊花紋とそっくりな紋章がシュメール王朝のあったバビロン遺跡やエルサレムの神殿遺跡に残っているなどの類似点が多いそうですね。興味深い内容のことがネット上にも沢山出ていますよ。
2018/12/28(金) 午後 2:01kamakuraboy


> 桑の実さん
こんにちは。コメントをありがとうございます。「なんかひさしぶりな感じですね」というのは、この話題がということでしょうか。

「日ユ同祖論」

「世界に散らばったイスラエルの失われた10支族の1支族(第9族エフライム族、第5族ガド族、または第7族イッサカル族)の数人が日本に移住したという説」

「イスラエルの失われた10支族は、日本に渡来したという説」

「古代イスラエルの12部族全部が、日本に来たという説」

「古代日本人は、ユダヤ人の先祖であるという説」「(古代イスラエル12支族=ユダヤ民族(ユダ族、ベニヤミン族、レビ族の3族)との勘違いから派生した説)」

「天皇家、物部氏ヨセフ族、出雲神族(クナド大神族)レビ族、出雲族(龍蛇族)ダン族とナフタリ族はイスラエル支族であると言う説」

など様々であるが、但しここでいう「ユダヤ人」とは古代ユダヤ人であって、現在のイスラエルの人々ではないようです。
2018/12/28(金) 午後 2:03kamakuraboy


きょうのブログでは2つの点で驚かされてしまいました。
その1つは、誰もが子どもの頃に聞かされたり歌ってきた「かごめ唄」の陰にはこのようなお話があったということ。
人間は、もともとはアフリカで生まれ、それが中東やヨーロッパ、そして北欧やソビエトを通って日本に、また中東からインド、中国、朝鮮半島、東南アジアを経て日本までやってきたって習いましたが…

不勉強で、地理学や言語学などちっとも分からないのでこれまで考えたこともなかったのでしたが、ブログで説明されているように、イスラエルからダイレクトに日本に来たといったようなこともあったんでしょうねぇ。

2つめは、kamakuraboyさんは政治とか歴史とか文学とか音楽とか…本当にいろいろなことに関心を持たれ、ご専門以外のこともとても博学なんですね!!削除
2018/12/28(金) 午後 2:22[ weeping_reddish_ogre(泣いた赤鬼) ]


> weeping_reddish_ogre(泣いた赤鬼)さん
こんにちは。コメントをありがとうございます。私が博学なのではなく、世の中の情報が簡単に手に入る(本当に核心的なものはネット上には出ないかもしれないが)ということですよ。

興味があれば、様々なことが出ていて飽きないのですが、肝心なことは、情報の出典に信頼性があるかどうかということでもあるので、読む方々が知りたいと思う引用の方に当たってみて下さいね、という意味で引用を必ずつけるようにしております。
2018/12/28(金) 午後 2:35kamakuraboy返信する


kamakuraboyさん、こんばんは
ちょっと話はズレますが、ノアの箱舟は、地形などから史実であると教えられたような気がします。
Google mapで見ると、アララト山のあるアルメニアは黒海とカスピ海に挟まれた低地で、セヴァン湖やヴァン湖など大きな湖にも挟まれています。
5000m級のアララト山だけが突出して雪をかぶっています。
面白いことにアララト山には西側にある大アララト山と東側にある小アララト山とがありますが、特に小アララト山は富士山のような姿形ですね。よく似ています。

ところで、数年前に封切られた「ノア 約束の舟」について、正教会やカトリック教会からは創世記の実際の記述からかけ離れていると批判的ですが、まずまず忠実に描かれていて面白かったと記憶しています。監督のダーレン・アロノフスキーはロシア系ユダヤ人、ラッセルクロウ、エマワトソンが出演しています。
2018/12/29(土) 午前 0:11泉城


> 泉城さん
こんばんは。コメントをありがとうございます。本当の博学でいらっしゃるのは私の先生ともいえる泉城さんのような方ですね。いつも感嘆してしまいます。ノアの方舟がたどり着いた時、そこは高い高い山の上だったはずですね。5000m級の山ならば洪水などものともしなかった安全な場所ですね。

「小アララト山」の形は富士山に似ているということは美しい成層山なのでしょうね。もし、その人々の子孫が移動に移動を重ねて日本列島にたどり着いたなら、小アララト山にそっくりな富士山を目にして、日本列島に親しみを覚えたのかもしれませんね。そして、ここが「約束の地」であると確信したのかも。

「ノアの方舟」も観てみようと思います。
2018/12/29(土) 午前 0:36kamakuraboy


kamakuraboyさん、こんばんは

「かごめ唄」がヘブライ語ではないかとする説は以前からよく聞く話でおもしろいですけれども、他の歌の多くはヘブライ語の発音ではなさそうなのでちょっと無理がある気がします。
私は、やはり、この歌は次のように子供の遊び歌だと思っています。

1 籠目、籠目(「籠の目」と「囲め」の意味が重なっており遊び始める雰囲気を出すための調子を整えるお囃子です)
2 籠の中の鶏は(籠の中にいる鶏は)
3 いついつ出遣る(いつになったら出てくるのかという問いかけ)
4 夜明けの晩に(夜明けに近い晩のこと、真夜中過ぎに)
5 鶴と亀が統べった(鶴と亀があわさった。縁起の良い象徴の鶴と亀が一緒になって、後ろを振り向くタイミングとなった。)
そして決まり文句で「後ろの正面だーれ」と問いかけます。
2018/12/29(土) 午前 1:04泉城


> 泉城さん
そうですね。仮にですが、(「音」は時代を経るにつれて、「日本語訛り」に変わって行くでしょうから)「元唄」があったにせよ、正確な「音」からは次第に変化していったと思います。まあ、上の説も一種の都市伝説のようなものですが、後半の部分の「音」から言葉を当てはめる解釈には、全く別の解釈がもう一つあるようです。そちらは全く正反対の意味が考えられているようですが。

また、純粋に日本オリジナルな童謡だとすると、「夜明けの晩に」という言葉は不自然な気がします。それから全体が脈絡がないようにも。「籠の中の鳥は」いつ出てくるのかと囃しておいて、そこから先は「鶴と亀」に変わり、しかも「鶴」は鳥目だから「晩」には飛ばないし、活動しませんよね。「鶴と亀がすべった」の「すべった」は子供の言葉ならば「滑った」の方かもしれませんが、直前の「夜明けの晩に」という副詞節はどこにかかるのでしょう。「籠の中の鳥」も「鶴」も鳥は「晩」には動くとは思えないので、「夜明けの晩に」という言葉が宙に浮いてしまうような感じで、意味不明な印象を受けてしまうのです。
2018/12/29(土) 午前 2:08kamakuraboy


kamakuraboyさん、こんばんは
「日ユ同祖論」は、YAP遺伝子からあると思います。ただ、この歌と結びつけるのはどうかなと疑問符です。

歌の内容は、籠の中にいる鶏が、籠の中から出てくるのは「夜明けの晩」つまり夜明け間近の晩です。鶏と夜明けは大いに関連しています。
伊勢神宮の式年遷宮のときの神職の鶏の声「カケコー」は真っ暗闇の中で行われるように、鶏は昔から夜明けを告げる鳥として知られています。

この歌は鶏の習性と合っているように感じます。
2018/12/29(土) 午前 2:31泉城


kamakuraboyさんが紹介されているように、「ミトコンドリア・イブ」、「モンゴロイドのY染色体」、「ハプログループD」のことがあって、日本人と古代イスラエル人は、男性だけに伝わる同じYAP遺伝子を持っていますね。
Dはアジアでは日本人とチベット人にしか見られません。アフリカの中ではエチオピアだけが日本・チベットと同じD系統です。
エチオピアと言えばポールモーリアでも触れました曲「シバの女王」です。
シバの女王はソロモンと会ってその子が王族となっていくのですから古代イスラエル人はDE系統のうちD系統だったのかもしれないすると壮大な話になって「日ユ同祖論」に結び付いていくのではないかと思います。
2018/12/29(土) 午前 2:50泉城


> 泉城さん
おはようございます。泉城さんは日本人のルーツなどのことをとてもよくご存知なので、興味深い内容のお話をいつもお聞かせ頂きありがとうございます。D系統がアジアでは日本人とチベット人にしかみられないということは知っておりましたが、エチオピア人にもみられるということは知りませんでした。

旧約聖書と古事記の類似点に関しても、泉城さんは誰よりもお詳しいのではないかと思います。どの辺りが類似しているのか今度是非教えて頂ければと思います。
2018/12/29(土) 午前 8:50kamakuraboy


kamakuraboyさん、おはようございます。

ちょっと言葉足らずでした。
現生人類ホモ・サピエンスの直接の祖先は、約16万年前のエチオピアのアファール低地で発見された頭蓋骨のヘルト人で、これが最古のものと理解されています。
これは「ミトコンドリア・イヴ」や「Y染色体アダム」につながり、Y染色体は父から男子の子に伝わり、そのタイプをハプロタイプと呼びA~Tで表されます。現在の学説ではエチオピアを起源とするハプログループDEは65千年前に分岐し、DとEは5~6万年前ごろに分岐しました。そしてEはアフリカ内部にとどまり、Dはエチオピアからアフリカを出て東へ向かったとされます。
そこでDの日ユ同祖論へロマンがつながっていきます。
2018/12/29(土) 午前 11:04泉城


> 泉城さん
偶然なのかもしれませんが、wikiによれば、現在、聖櫃(契約の箱)を保持しているとして、これを崇敬しているのはエチオピア(エチオピア正教会)だけで、「失われた契約の箱」はエチオピアと日本にあるという説があるそうです。
2018/12/29(土) 午後 2:01kamakuraboy


> kamakuraboyさん、こんばんは

映画『レイダース・失われたアーク』では聖櫃はエジプトの遺跡で見つかって、最後は米国ネバダのエリア51の奥深くに格納されてしまいます。映画のこととはいえ仕舞ってしまうのではなく公開してほしかったです。
秘密にするようなものではないですからエチオピアの正教会が本当に保有しているならば聖櫃を開示しモーセの十戒の石板を見せてほしいですね。興味があります。日本に聖櫃があるとは思えないですが面白い話としてはありです。
2018/12/29(土) 午後 11:28泉城


> 泉城さん
こんばんは。日本だと、四国の剣山に隠されているという説があって、ずいぶん深い穴があるそうです。そこで100体くらいの遺体が見つかったものを、米軍が持ち去ったそうですが、当時の地方新聞の記事が残っているようです。
2018/12/29(土) 午後 11:57kamakuraboy


kamakuraboyさん、こんばんは

以前に話題にした2014年の映画『ノア 約束の舟』をあらためて観ました。
『創世記』に馴染みが少ないので状況設定が理解しにくいところがありました。ノアはアダムの10代目で、ノアの祖父は天使なので触れるだけで子を授ける力がありますが、ノアには特別な力はないようでほぼ人間のようです。ノアは邪悪な人間がいない世界にする使命を神から与えられ、それに忠実に従おうとします。つまり自らの家族を人類最後にしようと決心しているものの、結局、ノアは苦悩する中で慈悲を選び神の使命に背きます。それも神の意志のうちなのでしょう。
エンターテイメントでもあり考えさせる物語ともいえますね。
「ノアの方舟」に見立てたとされる祇園祭の山車と良く似たものは、高山祭や尾張津島天王祭(川祭り)など日本各地のお祭りで観られますがバリの火葬式でも観ましたよ。ところで、日本のお祭りでよく見る担ぎ棒のある御輿は「聖櫃」に似ていますね。
2019/1/5(土) 午前 1:18泉城


> 泉城さん
おはようございます。「ノアの方舟」を再びご覧になったのですね。私も観てみようと思っております。旧約聖書は「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」の「モーセ五書」からなるそうですが、「出エジプト記」は映画「十戒」などで描かれていますね。

ノアはアブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフの次の次の・・・次の十代目ということですね。ノアの使命というのが「邪悪な人間がいない世界にする」というものだったけれど、「結局慈悲を選び神の使命に背くのも神の意志のうち」というのが「ノアの方舟」で描かれている内容なのですね。

「ノアの方舟」に見立てたような山車とその神輿は、その形状や上に飾ってある鳳凰の形が方舟に積まれて運ばれたとされる「聖櫃」に非常に似ていますね。
2019/1/5(土) 午前 7:52kamakuraboy


> 泉城さん
共通点としてあげられているのは、①アークの上部には2つの天使(ケルビム)の像が羽を広げて向かいあっているが、日本の神輿も金で覆われていて、神輿の上には鳳凰(ほうおう)と言われる鳥が作られており、大きく羽を広げている。

②アークの下部には2本の棒が貫通しており、移動するときにはレビ族が肩にかつぎ、鐘や太鼓をならして騒ぎ立てた。しかも、かつぐための2本の棒は絶対にアークから抜いてはならなかったように、神輿の棒も抜かれることはない。祭りが終わった後も棒を差し込んだまま保管されている、とあります。
2019/1/5(土) 午前 7:53kamakuraboy


kamakuraboyさん、こんにちは
「聖櫃」にはモーセの十戒の石板が納めらていますが、そのモーセの十戒には「汝、殺す無かれ」と記されており、これが神の意思であるとすれば、神に託されたノアの使命である人類滅亡は、まさに殺してはならないことのパラドックスですね。
結局、ノアに対して、使命が大事か、人が生きるのが大事か悩ませることで生命の重要性を問いかけたのですね。
2019/1/5(土) 午後 0:16泉城


> 泉城さん
確かに、仰るように神がノアに命じたことは十戎の「殺すなかれ」に矛盾していますね。但し、ノアは創世記の「方舟をつくる」の中で、他の人々に方舟に乗るようすすめているので、厳密には殺したというよりも、ノアの忠告に従わずに「滅んだ」というべきかもしれませんし、彼の家族の人々は方舟に乗り生き延べて、結果的に人類は滅亡せず、ご指摘のように神は彼に「使命よりも人が生きるのかを悩ませることで生命の重要性を問いかけ」彼を試したということなのかもしれませんね。

先ほど私は勘違いしました。ノアの系譜はアダム、セツ、エノス、カイナン、マハラレル、ヤレド、エノク、メトセラ、レメク、ノアの順番でアダムから数えて確かに十代目すね。

ノアの息子はヤぺテ、ハム、セムの3人で、この息子たちとその妻達8人の家族が方舟に乗り生き残った人々ですね。そのうちのセムの直系でノアから数えて十一代目がアブラハムで、次がイサク、その次がヤコブ、次がユダ、ユダから数えて8代目がヨセフということですね。
2019/1/5(土) 午後 2:29kamakuraboy

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。