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日本人として日々の暮らしの中で思うこと、知りたかったこと

居酒屋兆次

2019-03-02 18:46:06 | 音楽・映画・アニメ


古い映画ですが、1982年の邦画に「居酒屋兆次」という映画があります。高倉健と大原麗子が共演している映画で、山口瞳が原作の東宝映画です。お二方ともいまは鬼籍に入ってしまったのですが、ヒロインの大原麗子が、自暴自棄で破滅してゆく薄幸の美女を演じていました。

私はこの映画を80年代当時に目にしたので、今ではカットされている台詞のところをぼんやりと憶えています。その台詞を聞かなければ、若い恋人達が、何故いっしょになれなかったのか、兆次が資産家に恋人を嫁がせてしまったことを後悔し、己をどのように恥じているのかが、今ひとつピンぼけとなってしまい、この映画のもつ「貧しさ故の不道徳性、悲劇性」といった部分が正確に伝わってきません。

その台詞というのは、若く貧しい恋人たちが二人で話し合って、まず女が(病弱な)金持ちの男と結婚し、その相手が死ねば二人で豊かになれると考えたこと、しかし人の死を願う浅ましさに恥じ、次第にあきらめて恋人を忘れようとしている心情を高倉健が吐露する台詞が現在はカットされてしまったようです。

映画のストーリーは、肩を壊してプロの野球選手になれなかったかつては高校野球のヒーロー(町の人たちにっとっては今でもヒーロー)の居酒屋の主、兆次(高倉健)と、同じ町の資産家の妻さよ(大原麗子)は、かつて高校時代からの恋人同士であったが結ばれることなく、今ではそれぞれに伴侶と子供がいる。しかし、さよは兆次のことをずっと想い続けており、何度も家出を企てた挙句、とうとうその町を去り、行方をくらましてしまう。

さよはススキノで夜の女となって酒浸りになり次第に身を持ち崩し、涙を流しながら兆次に無言の電話をかける。その相手が誰であるかを直感した兆次が彼女を探し当てたときにはときには、大吐血したあとで、二人で映った写真を握りしめたまま亡くなっていた。

さよの葬式ははからりと晴れた空の下で町の人が大勢集まって酒をの酌み交わして見送ってやる。「変な女でした」と夫がつぶやき、ススキノでさよに惚れてしまった若い男が「変な女なんかじゃない」と叫ぶ、といったお話です。

大原麗子が亡くなる前に、その晩年のあまりの孤独ぶりや変人ぶりが報じられていたことを記憶しています。ギランバレー症候群(難病指定されている)のために、文字を書くことも難しくなっていたようで、亡くなる少し前に、ハイエナのように家の周りに集まってくるマスコミに彼女が激高し、抗議している文章(マスコミあてにFAXで送った文章)を目にした記憶があります。直筆の文字が痛々しいほどに乱れているものを、これまた非情なマスコミが写真で掲載して報じていました。

実生活では実父と確執があったこと、人気女優であったが故に夫とはすれちがってしまい、二度の離婚をしていること、人気女優であるが故のプライドやわがままに、親身であった友人達が次第に距離を置いてしまったことなど、演じられなくなったあとはとても孤独な晩年のようでしたが、代表作のCMの和服姿が記憶に残る、美しくて声も素晴らしい女優さんでしたね。

ご本人が出演した映画のスクラップブックなどが亡くなったあとに出てきて、高倉健のファンであった様子、映画への熱い思いや演技へのこだわり、好き嫌いのはっきりとした「男気のある」性格が伝わってきて、どこか少女のような人であったように思います。







コメント

大原麗子の時々眉間に少ししわが寄るようなところは、気が強そうでいて不安を隠している女性を感じさせます。
一方で女性らしいかわいらしさがあったと思います。

演じて見せる仕事ですから、病気によって自分をさらけ出すことになり辛かったことでしょう。
2018/8/21(火) 午後 11:11 泉城

顔アイコン > 石田泉城さん
そうですね。彼女の声がとても印象に残っておりまして。「気が強そうでいて不安を隠している女性をかんじさせる」「一方で女性らしいかわいらしさがあった」という感想に同感です。生き方などが自分にも他人にも嘘の付けない性格だったのだろうなと。
2018/8/21(火) 午後 11:38 kamakuraboy


2018年1月25日ヤフーブログに投稿した記事より



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