2月1日、せめて心機一転ブログのテンプレートを変更しました。テンプレートはちょうど谷村新司:作詞の「良い日旅立ち」のイメージでしょうか?雪解け間近の 北の空に向い・・・現在、日本で詩の傾向はどうなっているのか全く知識がないのですが、2月3日は節分、早春と言って良い季節にはいります。そこで思いだすのは島崎籐村「千曲川旅情の歌」;
小諸なる古城のほとり
雲白く遊子悲しむ
緑なすはこべは萌えず
若草も籍くによしなし
しろがねの衾の岡辺
日に溶けて淡雪流る
あたゝかき光はあれど
野に満つる香も知らず
浅くのみ春は霞みて
麦の色わずかに青し
旅人の群はいくつか
畠中の道を急ぎぬ
暮行けば浅間も見えず
歌哀し佐久の草笛
千曲川いざよう波の
岸近き宿にのぼりつ
濁り酒濁れる飲みて
草枕しばし慰む・・・そして「昨日またかくてありけり、、、」と叙景は抒情にがらりと変わります。もう一つ私たちが好んで歌った歌、「早春賦」;
春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず
時にあらずと 声も立てず
氷融け去り 葦は角ぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
今日も昨日も 雪の空
春と聞かねば 知らでありしを
聞けば急かるる 胸の思いを
いかにせよとの この頃か
いかにせよとの この頃か
でしょうか。これは小学校唱歌だったのですが、私には3番の歌詞に記憶がありません。日本の「君が代」は一番だけで終わりますが、アメリカの国家は確か2番の歌詞があるそうですが、人々が知っているのは一番だけ、或るスパイがつかまって完璧に歌ったためにスパイとばれたというのは、かなり旧聞に属します。さらに詩の大国イギリスの詩人、シェリーは「冬来りなば春遠からじ」という一節で私たちにずいぶん身近な存在になっています。
いよいよ2月中旬には大学に入学金を払うかどうか決めなければならないわけですが、私には理解不能のイギリスの詩をわが先人たちが、ともかくここまで咀嚼して日本の自由詩を作りあげたことに改めて尊敬の思いが沸いています。
小諸なる古城のほとり
雲白く遊子悲しむ
緑なすはこべは萌えず
若草も籍くによしなし
しろがねの衾の岡辺
日に溶けて淡雪流る
あたゝかき光はあれど
野に満つる香も知らず
浅くのみ春は霞みて
麦の色わずかに青し
旅人の群はいくつか
畠中の道を急ぎぬ
暮行けば浅間も見えず
歌哀し佐久の草笛
千曲川いざよう波の
岸近き宿にのぼりつ
濁り酒濁れる飲みて
草枕しばし慰む・・・そして「昨日またかくてありけり、、、」と叙景は抒情にがらりと変わります。もう一つ私たちが好んで歌った歌、「早春賦」;
春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず
時にあらずと 声も立てず
氷融け去り 葦は角ぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
今日も昨日も 雪の空
春と聞かねば 知らでありしを
聞けば急かるる 胸の思いを
いかにせよとの この頃か
いかにせよとの この頃か
でしょうか。これは小学校唱歌だったのですが、私には3番の歌詞に記憶がありません。日本の「君が代」は一番だけで終わりますが、アメリカの国家は確か2番の歌詞があるそうですが、人々が知っているのは一番だけ、或るスパイがつかまって完璧に歌ったためにスパイとばれたというのは、かなり旧聞に属します。さらに詩の大国イギリスの詩人、シェリーは「冬来りなば春遠からじ」という一節で私たちにずいぶん身近な存在になっています。
いよいよ2月中旬には大学に入学金を払うかどうか決めなければならないわけですが、私には理解不能のイギリスの詩をわが先人たちが、ともかくここまで咀嚼して日本の自由詩を作りあげたことに改めて尊敬の思いが沸いています。