みっちゃん
55年、はんぱな時の流れではありません。その55年前の高校卒業以来会っていない友人から突然電話があり、旧交を温めることになったのはまだほんの数十日前のことです。同級生なので彼女も立派なおばあちゃん、しかし聞けば、ご主人が亡くなられて1年、やっと一番つらい日々を少し克服したころ、ある思い、初恋にまつわるやや華やいだ(アウトサイダーの無責任な感想ですが)思いにとりつかれるようになったそうです。
昨年から、始めは体の不調があり、さらに周囲に不思議な出来事が次々とおこり、ふと、それらは遥か昔淡い初恋が敗れて別れた同級生(故人)が彼女に語りかけているように思えてならないのです。そのストレスを克服するために、唯一相談した相手はさらに彼女をあおるようなアドバイスをしたところから、彼女はいわゆるドツボにはいいたようで、さらにストレスを抱え込んでしまいました。
60年前の高校生というのは、信じられないでしょうが、恋する人の手も握ったこともないというのが一般的(だと私は思います)どちらが振ったかふられたか定かではなく、さまざまな行き違いがあってその恋は成就しませんでした。その彼の霊が今になって彼女に語り掛けてくるという悩みの聞き手として、なぜか故郷を離れたことなく、60年1日のごとく定位置に棲む私が2番目に選ばれ(?)ました。それが前述の突然の電話です。
困ったことに私はその手の話には最も不向きだったかもしれません。なにしろ私は霊界にはとんと理解がありません。霊というものは生きているものの“心”が作り上げる幻想だと信じてやまないのです。だから彼女の心があらゆる事象を彼と結び付けているとしか思えません
しかしようやく、私の信念(?)を彼女におしつけることでは、決して彼女の心のケアにならないことを、みっちゃん、あなたに教わりました。大切なのは母親が子供を無条件に許すように、彼女の思いを全て受け入れて寄り添うこと、答えは聡明な彼女自身が必ずに引き出してくるか、すでに引き出しているに違いありません。
、、、というわけで、鎮魂のために彼女と彼のゆかりの地へ、近いうちに一緒に行きましょうという話は、彼女一人で行くように薦めるつもりです。
55年、はんぱな時の流れではありません。その55年前の高校卒業以来会っていない友人から突然電話があり、旧交を温めることになったのはまだほんの数十日前のことです。同級生なので彼女も立派なおばあちゃん、しかし聞けば、ご主人が亡くなられて1年、やっと一番つらい日々を少し克服したころ、ある思い、初恋にまつわるやや華やいだ(アウトサイダーの無責任な感想ですが)思いにとりつかれるようになったそうです。
昨年から、始めは体の不調があり、さらに周囲に不思議な出来事が次々とおこり、ふと、それらは遥か昔淡い初恋が敗れて別れた同級生(故人)が彼女に語りかけているように思えてならないのです。そのストレスを克服するために、唯一相談した相手はさらに彼女をあおるようなアドバイスをしたところから、彼女はいわゆるドツボにはいいたようで、さらにストレスを抱え込んでしまいました。
60年前の高校生というのは、信じられないでしょうが、恋する人の手も握ったこともないというのが一般的(だと私は思います)どちらが振ったかふられたか定かではなく、さまざまな行き違いがあってその恋は成就しませんでした。その彼の霊が今になって彼女に語り掛けてくるという悩みの聞き手として、なぜか故郷を離れたことなく、60年1日のごとく定位置に棲む私が2番目に選ばれ(?)ました。それが前述の突然の電話です。
困ったことに私はその手の話には最も不向きだったかもしれません。なにしろ私は霊界にはとんと理解がありません。霊というものは生きているものの“心”が作り上げる幻想だと信じてやまないのです。だから彼女の心があらゆる事象を彼と結び付けているとしか思えません
しかしようやく、私の信念(?)を彼女におしつけることでは、決して彼女の心のケアにならないことを、みっちゃん、あなたに教わりました。大切なのは母親が子供を無条件に許すように、彼女の思いを全て受け入れて寄り添うこと、答えは聡明な彼女自身が必ずに引き出してくるか、すでに引き出しているに違いありません。
、、、というわけで、鎮魂のために彼女と彼のゆかりの地へ、近いうちに一緒に行きましょうという話は、彼女一人で行くように薦めるつもりです。