「フィオナ・タンまなざしの詩学」展で観た
ドキュメンタリー作品「《影の王国》」のなかで
それを元々発したと言われるヒトと同時に
とても気になった言葉がありました。
登場人物の男性の語りの中のことばでしたが
その言葉をフイルムのなかに使っているということは・・・
やはり、その映像を作った人、フィオナ・タンさんにとっても
なにかしら「意味のある言葉」 なのかしら…と想います。
図書室や売店を覗いたり
結局、電話で美術館の方に問い合わせてみたりして。
ようよう、スーザン・ソンタグ著「写真論」の
最初のほうにある言葉だと判明しました。
スーザン・ソンタグ著 「写真論」よりp10
「写真を収集するということは世界を収集することである。」
その言葉自体は、難しいことを言っているわけでもなく
言われてみれば、「そうだよなぁ・・・」ということなんですけれど。
「写真」・・・
ごくごく、私たちの身近にある記録媒体…ですけれど
そこには、色々な意味を見出すことができるのでしょうか。
( 美術手帖 2013年11月号 )
先日観た、フィオナ・タンさんの
ドキュメンタリー作品
《影の王国》の中に出てきた
#気になる言葉 を探して。
スーザン・ソンタグ著
「写真論」よりp10
「写真を収集するということは世界を収集することである。」 pic.twitter.com/FoiGDAbv16
メモ:スーザン・ソンタグ著
「写真論」p10
写真を収集するということは世界を収集すること…ゴダールの冗談は写真映像のいかがわしい魔力を鮮やかに風刺しているのである。…写真とは、まさに捕まえた経験であり、カメラは物欲しげな意識にとっては理想のうでであるといえる。
スーザン・ソンタグ著
「写真論」p23写真は時間の明確な薄片であって流れではないから、動く映像より記憶に留められるといえよう。テレビは選別度の低い映像の流れであって、つぎつぎと先行のものを取り消して行く。…1972年に世界の大部分の新聞を飾った写真ー戦争に対する世論の反撥を増す…
メモ:スーザン・ソンタグ著
「写真論」
1977年の発行の #気になる本
いまでも…
写真を撮る人に対して
写真を捉えようとしている人にとって
影響を持っている
言葉が語られているのだろうか?
#気になる人