風の音に耳を澄ませながら、窓を開けると…遠くから電車の音が響いてきました。
思いのほか、あたたかい風の吹くなか、雲がゆったりと流れているのが見えて
午後の日ざしが心地よく感じられます・・・
kirikouは、月曜日は5時間授業ですので、もうじき帰ってくると想いますけれど
できるところまで、先ほどのお話を続けてみますね…
(あくまで、素人のひとり言のレベルのお話で
ここでそのことをお話しすることに、意味はないかもしれないし…
ただ、どうしても自分の中の納得事項を書いておきたい気がして…
わかりにくい点は、どうぞスルーしてくださいネ。)
イントロとして、すこしだけ私の志向といいましょうか…
これまでに、私の注目してきたことのお話をします。
「理科大すき少女」が、高校生になって
「夢はお医者さんになりたい」だったけれど…
成績から言って「医学部はムリだし~浪人はもっとムリだし~」とあきらめて
薬学部に進学して、紆余曲折を経て選んだ研究室は
「アレルギーを主に研究している薬理学教室」で
学部のみの一年間に学んだことは、ホントウにささやかなものでした。
ただ、教えていただいた教授がホントウに「ユニークな」…
研究生や院生や助教授や助手の先生にとっては、
きっとものすごく怖くって、偉大な存在でいらしたと想いますが
私にとっては、お父さんのような「大きくってやさしくて」忘れられない先生でした。
(そんな想い出をお話していると、キリがありませんのでそれは置いといて…)
その頃の大きな疑問が、ゼミや文献等で勉強した
『アレルギー反応の基本ともいえる抗体と抗原の結びつきのこと』で
『たくさんの抗原があって、それの一つ一つに対応する抗体が
体の中に用意されている…って、一体どういう仕組みなんだろう~??』ということでした。
考えてみれば…それから、卒業したのが1982年頃で
その後でお仕事もしたりして、かれこれ20年以上が経って
そんな昔の疑問は、当の昔にアタマの片隅にしまいこんでいたような気がします。
その後の目覚しい科学の進歩によって、いろいろなナゾが解明されていることにも
それほど、大きな関心を持たずにいたんです。
(その何年かの眠っていたような時期にも、それなりに生きていたはずですが…
どうも、アタマの中でこれといっていろんなことを考えることもなく
なぜか、漫然と過ごしてきてしまったようです。)
そんな私にとっては、ほんとうに長いこと忘れていた「素朴な疑問」が
先日の利根川進先生のお話を伺って、ようやく
おかげさまで、ほぼ8割がたストンと府に落ちたんです~!
(そのことを、わかりやすく皆さまにご説明する力がなくって情けないんですけれど
日本で科学系のノーベル賞を受賞した方を取り上げたサイトのお話がわかりやすくて
参考になると思いますので、貼り付けておきます。)
利根川先生からは、第1部で「免疫の研究について」第2部で「記憶について」のお話がありました。
アメリカに渡って分子生物学を研究して
その後スイスで、その研究テクニックを使って免疫のテーマに取り組んだとのこと。
その結果、以下のようなノーベル賞を受賞することになった研究をなさったそうです。
「胎児のB細胞の(免疫に関与する)遺伝子の中にあるV・D・Jというセグメントが
それぞれ約300個、20個、5個(実は4個?)あって
その組み合わせによって、抗体分子の多様性が発現しており
さらには、抗体分子のタンパクの鎖の部分がH(heavy)ChainとL(Light)chain の2種類あるので
結局、300万種類の違った抗体を作る遺伝子の組み合わせが可能となるそうです。
さらに、B細胞が成熟する過程で、突然変異が起こって
さらに、個体における多様性が発現するそうです。
また、抗原抗体反応はオールorナッシングではなく、
各抗原との親和性(アフィニティ)によるので、
たくさんの抗原に対応できるはずで
まったく対応できない抗原はないと考えられる…そうです。
会場には、高校生や大学生も多く教師の方もいらっしゃって
様々な質問が、とても活発に出ていました。
私も、多様性ということを念頭に入れて2点質問しました。
そのお話のポイントの一つが免疫という視点からみた場合で
一卵生双生児の例を挙げてご説明くださって
遺伝的にみても「人は、それぞれまったくユニークな存在である」ということでした。
もう一点は、「獲得した抗体の遺伝情報は、子どもにそのまま伝えられるのか?
また振り出しにもどって、初めから作られるのか?」という主旨で伺ったつもりでしたが
私の表現がうまく伝わらなかったようで、そのことにはお答えがなくって残念でした。
また、ダーウィンの進化論のお話もなさって
① 生物の進化は、突然変異によってゆっくり変化する
② その変化によって、その環境により適合するものが選択される
とおっしゃっていました。
(このあたりのお話は、まだ私には「納得できる」レベルまで理解がすすんでいませんので…
今後、また何年も忘れないで、この疑問をあたため続けていく間に・・・
少しずつでも、見えてくるものがあることを願って
私の、こんな不十分な説明でお許しください。)
さて、第2部では…利根川先生の研究者としての「ユニークさ」も、いろいろとお話いただきながら
(日本語よりも英語のほうがお得意そうなご様子も披露してくださって…)
「記憶や脳について」の研究内容を中心に、興味深いお話が伺えました。
さらに「あたらしいもの・こと」「わからないもの・こと」に対する
飽くなき『好奇心と興味と探究心』が
研究者…科学者にとっての大きな『モチベーション』になることを
本当に、楽しそうに生き生きとお話していらっしゃいました。
(進化については、私自身がよく理解できていないのと、
理解する上でどこかに、飛躍しているところがあるのかもしれませんが…
免疫のしくみが多様性を示している方法が、
生物の仕組みの中で示しているユニークさに注目すると
まだ解明されていない「人の(と特定できるかどうか…生物の、とすべきかもしれませんが)脳の進化の様子」も
様々な環境の変化のなかで適応していく上で、このような多様性を示している…
それも、環境の選択によっている…という風に考え得るものなのでしょうか???
外界への適応に関わっているという点で、似通ったところがあるのか?ないのか?
さらによくわからない疑問点が、もっともっと深まってしまいました。)
最後に、利根川先生がおっしゃった『人を人たらしめているものは何か?』
『究極のナゾは「宇宙と魂」ではないだろうか?』というコトバが
とても印象的でした。
(少し遅れていったので小柴先生のお話は伺えませんでしたが
ニコニコと微笑んでいるお姿が、とても素敵でしたし
利根川先生が帰りがけに、すぐ横を通った時に
お礼の言葉をおかけしたら…右手を挙げてニッコリと答えてくださいました。)
「科学をする人」って…
本当に子どものようなキラキラとした眼をもった…
何ものにもとらわれない・・・柔軟でしなやかな思考や感性を持っている人なんだろうなぁ…
と、改めて感じました。
そんなことを身にしみて感じながら…興奮状態のアタマを携えて…
小柴ホールを後にして…少し暮れかかった東大のキャンパスをしばし歩いて…
「そうだ~!三四郎池でも見てから…帰ろうかしら~?」などと
ミーハー気分にひたりながら…ゆっくりとあたりを見ながら歩いていきました。
2度目に訪れた東京大学は…
人影もまばらで、レンガ造りの建物はややくすんで見えました。
もう百年以上も昔から…東京の真ん中で、
多くの秀れた若者たちが、深く学問にいそしんだところなんですよね…
その歴史に思いを馳せ…これからの更なる飛躍に大いに期待をしながら…
不思議な空気を感じつつ…銀杏並木を後にしました。
どこにいても…どんな環境にあっても…
何かを知りたいと思う気持や…何かを見つけたいという気持…
その人なりの表現をしたいという情熱や衝動のようなものは…
もしかしたら、どんな人の心の中にもあって…
その何かは、きっと一人ひとり…
それぞれのユニークさを持っているものなのかもしれない…
そんなコトバが、不意に浮かんできました…
思いのほか、あたたかい風の吹くなか、雲がゆったりと流れているのが見えて
午後の日ざしが心地よく感じられます・・・
kirikouは、月曜日は5時間授業ですので、もうじき帰ってくると想いますけれど
できるところまで、先ほどのお話を続けてみますね…
(あくまで、素人のひとり言のレベルのお話で
ここでそのことをお話しすることに、意味はないかもしれないし…
ただ、どうしても自分の中の納得事項を書いておきたい気がして…
わかりにくい点は、どうぞスルーしてくださいネ。)
イントロとして、すこしだけ私の志向といいましょうか…
これまでに、私の注目してきたことのお話をします。
「理科大すき少女」が、高校生になって
「夢はお医者さんになりたい」だったけれど…
成績から言って「医学部はムリだし~浪人はもっとムリだし~」とあきらめて
薬学部に進学して、紆余曲折を経て選んだ研究室は
「アレルギーを主に研究している薬理学教室」で
学部のみの一年間に学んだことは、ホントウにささやかなものでした。
ただ、教えていただいた教授がホントウに「ユニークな」…
研究生や院生や助教授や助手の先生にとっては、
きっとものすごく怖くって、偉大な存在でいらしたと想いますが
私にとっては、お父さんのような「大きくってやさしくて」忘れられない先生でした。
(そんな想い出をお話していると、キリがありませんのでそれは置いといて…)
その頃の大きな疑問が、ゼミや文献等で勉強した
『アレルギー反応の基本ともいえる抗体と抗原の結びつきのこと』で
『たくさんの抗原があって、それの一つ一つに対応する抗体が
体の中に用意されている…って、一体どういう仕組みなんだろう~??』ということでした。
考えてみれば…それから、卒業したのが1982年頃で
その後でお仕事もしたりして、かれこれ20年以上が経って
そんな昔の疑問は、当の昔にアタマの片隅にしまいこんでいたような気がします。
その後の目覚しい科学の進歩によって、いろいろなナゾが解明されていることにも
それほど、大きな関心を持たずにいたんです。
(その何年かの眠っていたような時期にも、それなりに生きていたはずですが…
どうも、アタマの中でこれといっていろんなことを考えることもなく
なぜか、漫然と過ごしてきてしまったようです。)
そんな私にとっては、ほんとうに長いこと忘れていた「素朴な疑問」が
先日の利根川進先生のお話を伺って、ようやく
おかげさまで、ほぼ8割がたストンと府に落ちたんです~!
(そのことを、わかりやすく皆さまにご説明する力がなくって情けないんですけれど
日本で科学系のノーベル賞を受賞した方を取り上げたサイトのお話がわかりやすくて
参考になると思いますので、貼り付けておきます。)
利根川先生からは、第1部で「免疫の研究について」第2部で「記憶について」のお話がありました。
アメリカに渡って分子生物学を研究して
その後スイスで、その研究テクニックを使って免疫のテーマに取り組んだとのこと。
その結果、以下のようなノーベル賞を受賞することになった研究をなさったそうです。
「胎児のB細胞の(免疫に関与する)遺伝子の中にあるV・D・Jというセグメントが
それぞれ約300個、20個、5個(実は4個?)あって
その組み合わせによって、抗体分子の多様性が発現しており
さらには、抗体分子のタンパクの鎖の部分がH(heavy)ChainとL(Light)chain の2種類あるので
結局、300万種類の違った抗体を作る遺伝子の組み合わせが可能となるそうです。
さらに、B細胞が成熟する過程で、突然変異が起こって
さらに、個体における多様性が発現するそうです。
また、抗原抗体反応はオールorナッシングではなく、
各抗原との親和性(アフィニティ)によるので、
たくさんの抗原に対応できるはずで
まったく対応できない抗原はないと考えられる…そうです。
会場には、高校生や大学生も多く教師の方もいらっしゃって
様々な質問が、とても活発に出ていました。
私も、多様性ということを念頭に入れて2点質問しました。
そのお話のポイントの一つが免疫という視点からみた場合で
一卵生双生児の例を挙げてご説明くださって
遺伝的にみても「人は、それぞれまったくユニークな存在である」ということでした。
もう一点は、「獲得した抗体の遺伝情報は、子どもにそのまま伝えられるのか?
また振り出しにもどって、初めから作られるのか?」という主旨で伺ったつもりでしたが
私の表現がうまく伝わらなかったようで、そのことにはお答えがなくって残念でした。
また、ダーウィンの進化論のお話もなさって
① 生物の進化は、突然変異によってゆっくり変化する
② その変化によって、その環境により適合するものが選択される
とおっしゃっていました。
(このあたりのお話は、まだ私には「納得できる」レベルまで理解がすすんでいませんので…
今後、また何年も忘れないで、この疑問をあたため続けていく間に・・・
少しずつでも、見えてくるものがあることを願って
私の、こんな不十分な説明でお許しください。)
さて、第2部では…利根川先生の研究者としての「ユニークさ」も、いろいろとお話いただきながら
(日本語よりも英語のほうがお得意そうなご様子も披露してくださって…)
「記憶や脳について」の研究内容を中心に、興味深いお話が伺えました。
さらに「あたらしいもの・こと」「わからないもの・こと」に対する
飽くなき『好奇心と興味と探究心』が
研究者…科学者にとっての大きな『モチベーション』になることを
本当に、楽しそうに生き生きとお話していらっしゃいました。
(進化については、私自身がよく理解できていないのと、
理解する上でどこかに、飛躍しているところがあるのかもしれませんが…
免疫のしくみが多様性を示している方法が、
生物の仕組みの中で示しているユニークさに注目すると
まだ解明されていない「人の(と特定できるかどうか…生物の、とすべきかもしれませんが)脳の進化の様子」も
様々な環境の変化のなかで適応していく上で、このような多様性を示している…
それも、環境の選択によっている…という風に考え得るものなのでしょうか???
外界への適応に関わっているという点で、似通ったところがあるのか?ないのか?
さらによくわからない疑問点が、もっともっと深まってしまいました。)
最後に、利根川先生がおっしゃった『人を人たらしめているものは何か?』
『究極のナゾは「宇宙と魂」ではないだろうか?』というコトバが
とても印象的でした。
(少し遅れていったので小柴先生のお話は伺えませんでしたが
ニコニコと微笑んでいるお姿が、とても素敵でしたし
利根川先生が帰りがけに、すぐ横を通った時に
お礼の言葉をおかけしたら…右手を挙げてニッコリと答えてくださいました。)
「科学をする人」って…
本当に子どものようなキラキラとした眼をもった…
何ものにもとらわれない・・・柔軟でしなやかな思考や感性を持っている人なんだろうなぁ…
と、改めて感じました。
そんなことを身にしみて感じながら…興奮状態のアタマを携えて…
小柴ホールを後にして…少し暮れかかった東大のキャンパスをしばし歩いて…
「そうだ~!三四郎池でも見てから…帰ろうかしら~?」などと
ミーハー気分にひたりながら…ゆっくりとあたりを見ながら歩いていきました。
2度目に訪れた東京大学は…
人影もまばらで、レンガ造りの建物はややくすんで見えました。
もう百年以上も昔から…東京の真ん中で、
多くの秀れた若者たちが、深く学問にいそしんだところなんですよね…
その歴史に思いを馳せ…これからの更なる飛躍に大いに期待をしながら…
不思議な空気を感じつつ…銀杏並木を後にしました。
どこにいても…どんな環境にあっても…
何かを知りたいと思う気持や…何かを見つけたいという気持…
その人なりの表現をしたいという情熱や衝動のようなものは…
もしかしたら、どんな人の心の中にもあって…
その何かは、きっと一人ひとり…
それぞれのユニークさを持っているものなのかもしれない…
そんなコトバが、不意に浮かんできました…
自閉症関連のお話はありませんでしたが・・・
脳についても興味は尽きない・・・という様子でした。
高校生や大学生に向けたお話が中心だったようなので
脳の研究については「記憶」を中心にした総論的な感じだったのかも。
「人のやっていないことに挑戦しよう!」
発想の柔軟性や視点のオモシロさ・・・
個々のアイディアも大切だし、
その上で研究もある意味ではチームで進めるものなんだなぁ・・・etc
年齢的なことをものともしない・・・
若々しい探究心を持っていらっしゃる・・・とってもチャーミングな方でした!!
南方熊楠にしても・・・
ひとりの持っているものを、如何にして上手につなげていくのか・・・
なんて、アレコレ夢想しております・・・
それにしても、日本でも少しくらい変わっていても・・・
全然OKだよ~!!という雰囲気になるといいなぁ・・・
なんて、つくづく想いました。