奈良野英介の不思議体験

私の個人的な、不思議で神秘的な体験を綴ります。
合理性も論理性もない、低級な内容です。ご了承ください。

6)宗教団体の矛盾した仏教の教えと運命学

2009-04-21 23:56:03 | 日記
 三十代のころ、私は出版社で編集の仕事をすることができるようになりました。最初は雑誌の編集でしたが、もともとやりたかった仕事なので、やりがいがありました。雑誌は文字ばかりの専門誌からカラーページがふんだんにある住宅誌の担当となり、企画、記事作成、レイアウトや色校正から写真撮影まで幅広く勉強ができ、このとき編集の大半の技術を習得しました。
 このときに、私は密教系の宗教団体に所属していましたが、このころこの宗教団体はバブル景気にまみれたのでしょう。言論統制が始まりました。もともとは超能力を養うための行法が中心だったのですが、急に守護霊などといういかがわしいことを標榜するようになり、外に出て布教を強要されるようになったのです。
 私は布教をするということが大嫌いでした。そういうことをしている人を見ると、哀れに思ったり、バカに見えたりしましたから。しかも布教をする論理というか根拠というものは、どれもが耐えがたいほど説得性に欠けています。
 密教といえども仏教です。この教団は、仏教のなかでも阿含教に光を当てたところはすごいと思っていた矢先、いきなり守護霊なとど言い出す。どうして阿含教という優れた教えが、守護霊などという低級な教えと共存できるのか? しかも、その低劣な守護霊で布教をするというのは、なんとも情けない団体に成り下がったものだといやけがさしていました。
 それで私は、いつも団体の仲間とそんなことを話していたものです。が、そのうち、私の発言は団体の風紀を乱す者として、ブラックリストになったようでした。いつの間にか、会費を払っているにもかかわらず、私のところに通知が来なくなったのです。
 しかし私は仕事がおもしろかったので、だんだん守護霊などと言っているおかしな宗教団体なんかはどうでもよくなり、そのままフェードアウトしました。
 しかし、この宗教団体では仏教とともに、運命学というものも勉強しました。
 だいたい運命学というようなものに関心をもったのは、自分が不運だと思っていたからです。最初は、どうして自分はこうなのだ、というところを知りたかったのでしょう。
 この団体で教えてくれたのは、九星の観方でした。これはたいへんにシンプルで、しかもよく当たりました。いわゆる周期があるということなのですね。今でもこれはときどき使っています。すぐれた知恵ですが、元はというと中国の陰陽道です。
 もう一つ学んだのが、四柱推命です。いくつか本がありました。どれもがバラバラで、けっこういいかげんなことが書いてありました。そのままでは使い物になりません。そこで私は、自分なりのやり方を考えました。四柱推命は、人生というものや人間関係というものにある程度深い見識がないと判断することができないものでした。星がめぐってくるときの年齢や運気の状態で、それがどういうことに展開するか、推理をすることが大事なのです。その推理の根拠となるのが、人生の経験であり、人間というものの洞察なのです。四柱推命は、そういう人間や人生経験によって、判断が全く異なるものになります。それだけ、これはおもしろかったので、会社ではいろいろな人を見て、楽しく遊びました。
 しかし、そんな私も四十代になると、だんだんと精神世界への興味が湧いてきて、あるときに九州の高千穂の奥にある神社に詣でたときに、不思議な体験に遭遇することになったのです。