この当時、東京駅を16:30に1レ”さくら”、16:45に3レ”はやぶさ”、そして17:00に5レ”みずほ”が発車していく黄金期でした。今思えば異様に広い東京駅内ホームからブルートレインが次々に発車していきます。ここには旅立ち・別れ等の人生の分岐点の様な光景があちらこちらにありました。国鉄の看板列車として君臨したブルトレ全盛期を物語る光景です。 72,03,05 東京駅
8月21日、上野16:20発の8007レ臨時”北斗星”をもってブルートレインの最終行路を迎えました。この列車が札幌から帰って来て上野に8月23日の09:25に到着した時点で1958年に登場した20系客車以来のブルートレインの歴史が本当に閉ざされます。偶然にも20系客車のデビューは私の生まれた年でしたのでブルートレインの歴史は私の人生でもある訳でその歴史は57年になります。
われわれ世代、特に東海道線で多感期を迎えた私にとって(小学5年生で大田区池上から現住所へ移転)全盛期を迎えようとしていたブルートレインは格別な存在でした。単なる鉄道好きの少年から鉄ちゃんへ移行していったきっかけはブルートレインてせ、いわばブルートレインは鉄ちゃんの原点になったと表現しても過言ではないと思います。その世代だけに今回の”北斗星”引退は自分の人生にとって大きな分岐点(安側側に入ってしまった)であった結婚以上の節目に思えてなりません。
第1次ブルトレブームの真っただ中の光景です。ブルートレインブームとスーパーカーブームが同時に展開しましたので東京駅のホーム端ではスーパーカーのカタログを広げてブルートレインを待つ小学生の姿もありました。この頃、鉄ちゃんの足に踏み入れた方のどれくらいが現役でいらっしゃるのでしょうか? 75,03,26 東京駅 1レ
自分が50歳を過ぎるととかく物質的に恵まれた今の若者方が羨ましく思える今日この頃ですが(スマートフォンやアイフォーン等モバイル端末等)とかく鉄ちゃんになると今の鉄ちゃんがE233系やEF210を熱くなって撮影している光景見て、それは自分の価値観だから他人がとやかく言うべきではないとわかっていても”おじさんの世代の方がブルートレインがあったから良かったぞぉ!機関車はEF510じゃなくてEF65Pだったんだぞ!”と物陰でブツブツ言いたくなるそんな思いです。
なお、”北斗星”下り最終日を狙ってかは定かではありませんがJR東日本から今年10月~来年(16年)2月までの”カシオペア”の運転日が発表されました。青函トンネルの新在供用区間での新幹線乗務員訓練の時間帯確保のためにほとんど運転されないのでは?と言う噂も流れていましたが予想した以上の運転日62往復が設定されていてまずは降雪時期の”カシオペア”が存続される事になりまずはひと安心と言ったところでしょうか?
しかし、”カシオペア”はブルートレインではないのでやはり役者不足でしょうか?(笑)
私たちの世代にとってブルトレの原点はP型20系でした。晩年までその姿を見せてくれた貴重な存在が”瀬戸”でした。今も形態が異なれど”瀬戸”と言うネーミングが残っているのはうれしい限りです。高校生時代マジソンバックの中にカメラと50・85・135ミリのレンズを忍ばせて登校前に今で言う朝練をやって学校へ向かうのが日課でした。カメラ類でバックが重たくなるので教科書は家に置いて、違うクラスの奴から教科書を借りてくると言う裏ワザ(悪知恵?)もありました。 75,05,30 大井町 16レ TRI-X スキャナー : Nikon COOLSCAN ⅣED
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