リカンベントな日々

極楽へと続く棘の道

ひろ

2010年10月14日 | BANchan大好き

日曜日、有川浩(ひろ)の「植物図鑑」入手。
その後、「ひろ」さんに出会う。

月曜日、「ひろ」発見。


今週中に、新たな「ひろ」さんに遭遇しそうな予感。


知らなかった

2010年10月13日 | BANchan大好き
ラオックス、コンピュータ館、閉鎖されてたんですね。
知りませんでした。

デジカメの修理の為に久しぶりに電気街へ行きました。
デジカメ修理工房までの道程、やけに明るい一角が有るなと思ったら、建物が無くなって駐車場になっていました。

アキバって変わるんだ。

修理上がりを待つ間、新型パソコンでも見て回ろうとラオックスに向かったらこんな光景が。



そう言えば中国資本の傘下に入ってましたね。

地元に大型家電量販店が出来、現物を確認したら通販で買ってるもんな。最近。

田中さん

2010年10月12日 | BANchan大好き
浜松町シリーズ第2弾

構内にはこんな表示が。
  右側、なぜ小便小僧?


  由来は別の場所に書いてあった。


  ここに居たんだね。

ウィキペデイアで調べてみると、
当初は衣装はなく裸の状態であった。ある寒い日に女の子が毛糸の帽子を被せたのが衣装を着せる最初であったとされている。その後、浜松町の会社に勤務していた田中栄子という女性が衣装を作成して着せるようになった。1955年のブロンズ製の像の除幕式でも、田中の作った衣装でキューピッド姿で現れている。その後30年あまりに渡って田中が200着以上の衣装を作り続けてきたが、田中の死去により再び裸に戻った。

浜松町駅は、田中さんに縁が深いと。

田中賞

2010年10月11日 | BANchan大好き
築80年ほど経つ、浜松町の渡邉ビル。
天気が良いので撮りに行きました。

帰り際、浜松町駅構内に「開業1909年」の文字を発見。
見回してみると、変な物を発見。



画面中央左寄り。

近づくと。


アップ。



分かり難いですが、「田中賞」の表彰状です。

「田中賞」?

調べてみました。

以下、ウィキベディアから引用
土木学会田中賞
1966年(昭和41年)、社団法人土木学会が、橋梁・鋼構造工学での優れた業績に対して、土木学会賞のひとつとして設ける。田中賞の由来は、関東大震災後の首都の復興に際し、帝都復興院初代橋梁課長として、隅田川にかかる永代橋や清洲橋といった数々の名橋を生み出した、田中豊博士に因む。 土木学会田中賞の内容は、研究業績部門、論文部門、作品部門の三部門から成る。

第3回では、地元駅の橋梁も受賞しているようです。

プレート、どこかに付いてるのかな。
調べてみよう。