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さっちゃんの源氏物語

「源氏物語」の楽しみ方、お伝えします

光源氏の嫌なところ ー 『無名草子』3

2011-11-25 01:19:35 | 源氏物語

 『無名草子』は語ります。
 「
源氏の大臣のことは、良し悪しなど言うべきではないのだけれど、こんなことしなくても…!思われることもたくさんあるのですよ」

 「頭中将は、若い頃からの親友で、須磨まで来てくれた義侠心のある人で、そのことは、忘れてはいけないのです。それなのに、わざわざ斎宮を養女にして、その娘の女御と争わせるなど、情けのないお心だし、絵合わせの時には、須磨の絵を出してきて勝ったことなど、本当に残念なお心です」
 須磨を出せば、光源氏のご苦労・復権のおかげで、現在勝ち組になっているのだと、みんな恐れ入ってしまう、これはほとんど禁じ手です。

 頭中将は、なかなか評判がいいのです。やはり、逆境の光源氏を支えた「男らしさ」が、「返す返すめでたし」なのです。光源氏は恩知らずだと言いたいのですね。 夕霧に雲居雁を許さなかったことだって、道理だと言っています。幼なじみの自然な結びつきなど、上流階級では問題外だったのでしょうか。

 「須磨に紫の上を連れて行かずに、行い澄ましているのかと思えば、そんなことはなく、明石の入道の婿になり、一日中、入道と琴・琵琶の合奏をしているなんて、いい所全くなし」

 とどめは、「みんな穏やかに終わったはずの晩年に、女三の宮を迎えて若ぶっているのさえ源氏の大臣にはふさわしくない態度なのに、密通が知られて恐れおののいている柏木をわざわざ呼び出し、嫌味を言って、果てには睨み殺したなんて、とんでもないお心です。重々しく寛大なお心が劣っておいでだと思いますわ」

 もっとも、その柏木の死も、「かわいそうだけれど、身の程を卑下して、みっともない感じ。そんなに思い悩むほどのことはないのに」
 柏木は「初めの登場の頃からとてもいい感じの人で、いろいろの場面でとてもよかったのに、女三の宮なんかに命をかけたなんてはがゆいわ」
と、感覚的な評価で、光源氏への非難共々、当時の源氏物語ファンの肉声を聞く感じがします。

 


『無名草子』に見る女君たちの評判 2

2011-11-18 00:45:20 | 源氏物語

  好もしい女

 末摘花。叔母の誘いにも乗らず、源氏の君を待ち続けて、遂に蓬の中から発見された時は、誰よりも「めでたく」思えるという、最高の讃辞です。 

六条御息所がとても「心にくく好もしい」と言います。この人は、現代になってからの方が人気があるのですが、女たちには昔から人気があったのかも。ただ、物怪に出るのは怖ろしいと、そこは別です。

 玉鬘という人は、現在、あまり人気がありませんが、当時は上位です。
 文句をつけられているところは、① 鬚黒の妻になったこと ② はかない夕顔の娘なのに、自信がありすぎで、光源氏に対しても、堂々とたしなめている点

 いとほしき女

 いじらしくて心がひかれる、という感じでしょうか。

 紫の上。むやみに贔屓したく、いとおしい。周りの人の心がみんな悪い。父宮、祖母の尼君の兄の僧都、継母。

 夕顔。 雲居雁。後になると、そんな感じは無くなるのですが、夕霧との幼い恋が人気です。中の君。

 女三の宮。ほんとはいとおしい人なのだけれど、と言っての文句づけは、
 源氏の大臣を、歌や引き歌などで留めたのなど、女っぽいところがあるのが気にくわない。こう    いう人は、子供っぽくおっとりしているからこそ可愛いのです。とんでもない恋文を見つけられたの
も、その幼さのせい。そんなことは予測して、無理にも大臣を帰すべきなのに、賢しらに心を惹くこ
とを言ったあげく、あんな大事を引き起こしてしまったのです。
ということで、大変厳しい。その分、柏木には甘くて、すてきな人なのに、女三の宮なんかを命がけで思い込んだのが、じれったいと、言っています。

 浮舟は、憎い者と言うべきだけれど、入水しようと身を捨てたところはいとおしいとあります。なぜ、憎いのか、なんていう理由は述べていません。
 
 まぁ概して、身分の低い女には辛いとも言えます。空蝉が尼姿で、他の女たちと交じらいをしているのは気にくわないとか。
 
 

  


『無名草子』に見る女君たちの評判 1

2011-11-05 18:20:13 | 源氏物語

 源氏物語の研究は、当初、和歌についてや、表現の説明・準拠(モデル)論等が主で、物語そのものの批評というものは、鎌倉時代始めの『無名草子』まで、著作として残っているものはありません。

 もっとも、『更級日記』の作者が、「私も大きくなったら、とても綺麗になって、光源氏に愛された夕顔や、薫大将に愛された浮舟のようになりたい」と書き残しているくらいですから、親しい同士の話には、感想・好き嫌いなど、多様だったと思います。ただし、そんな仲間内のおしゃべりを、書いておく人(女性!です。男性知識人の著作は、研究ですから)はいなかったでしょう。

 『無名草子』、作者は分かりませんが、女性です。内容は、源氏物語以外にも、平安時代の物語・歌集・有名な女性たちについてなどの、(悪い意味ではなく)美的・情緒的・感傷的批評が述べられています。
 主観的とも言えますが、当時の読者の好みや傾向が窺われて、面白いものです。女君たちの評価もそのひとつ。

 
  めでたき女

 女性として、もっともすぐれて美しい人たちのことを言っています。
 この「めでたし」という讃辞、清少納言も、定子様のすばらしさを表現するときに、最後にこの言葉に落ち着いています。現在想像するよりも、はるかに重みのある言葉と思います。

 桐壺の更衣 藤壺の宮 紫の上。これは、妥当な人選でしょう。
 興味深いのは、葵の上の「我から心もちひ」があげられています。あの毅然とした美しさが評価されたのですね。そして、あれほど「めでたかりし葵の上」の子の夕霧に、花散里を義母としたのは、不満だそうです。


  いみじき女

 特に印象的で魅力があるという感じでしょうか。
 
 明石は「心にくくいみじ」で、「めでたし」と「いみじ」の間に位置するようです。
 朧月夜、光源氏の流された原因もいみじき理由。朱雀帝が、彼女の涙を「誰のためか」と言ったところ。確かに、あの場面は出色です。
 朝顔の宮。あの光源氏を振った心の強さが、いみじです。
 宇治の大君。
 六条御息所方の女房、中将の君の光源氏を送るときの応対もいみじです。

 


紅葉賀(光源氏の絶頂の美)

2011-10-29 15:27:27 | 源氏物語

 光源氏の絶頂の美が描かれるのは、「紅葉賀」「花宴」「葵」の3巻です。
 それぞれ、18歳の秋の青海波の舞、20歳の春の春鶯囀の舞、22歳の初夏の葵祭御禊の行列のことです。青春の花の極み、世阿弥の「時分の花」と言うべきものでしょう。
特に青海波は、後々まで伝えられる美しさだったと物語の中では、扱われています。

 おそらく桐壺帝の父院の住む朱雀院での参賀の席。盛りの紅葉の陰に40人の垣代と呼ばれる楽人たち。松風に散りしきる紅葉の間から、光源氏と頭中将が「かがやき出で」るのです。(もっとも、2人一緒に現れたのですが、輝いていたのは光源氏ひとり、頭中将は、水準以上ではあっても、「花の傍らの深山木」です

 光源氏の冠に挿した紅葉が散りすぎていたため、左大将が菊の花に挿し替えます。夕暮れ近く、少し時雨れ、まさにこの世のものとは思われない凄い(ぞっとするような)美しさでした。

 絵巻、絵詞、近現代の日本画、どれもそんな美しさを描けているものはありません。当然ではありますが、妙にちんまりした絵を見るにつけ、不満が残るのも事実です。容貌は時代の好みがあるでしょうが、舞姿はまた別ですから。
 ただ、これらの絵でどちらもたいしたことのなく描かれている2人、菊を挿している方が光源氏です。中には区別していない絵もありますので、そんなの見たら、ちょっと優越感です。

 どこか紅葉の美しい庭園に、開門すぐに入って、その紅葉の間から、紅葉よりもはるかに美しい光源氏が、頭中将を従えて舞い出でるという情景を想像してみる、紫式部も見たかもしれない幻像です。

 それから200年近く経った平安時代末、平清盛の孫の惟盛が、後白河法皇五十の賀に青海波を舞い、光源氏の再来かと絶賛を浴びました。3月4日のことだったので、桜花の美しさも負けてしまうほど、「桜梅少将」と呼ばれたそうです。
 これも、滅びに繋がる絶頂の美ですね。

 


中秋の名月に昇天した女 夕顔2

2011-10-07 23:32:07 | 源氏物語

 中秋の名月に昇天したのはかぐや姫ですが、夕顔も、月の美しい夜に、乳母たち召使いの前から消え、光源氏の前からも永遠に消えてしまったのです。かぐや姫のヴァリエーションのひとつと言えるでしょう。

 源氏物語の中には、伝承の要素が色濃く残ります。「夕顔」の巻は、それらが特に濃厚です。

 光源氏にしてからが、夜正体不明で通ってきて、後をつけてもわからない、というのは、三輪山の神が活玉依毘売(イクタマヨリビメ)のもとに通ってきた「三輪山神婚伝説」をひいています。
 夕顔方で後をつけても、いつもまかれてしまったとあります。
 第一、光源氏は、身元を隠す工夫をいくつもしています。低めの身分の服装 歩いて行こうとするので惟光が馬を提供する 尾行をまく 供もふたりだけ そして、何と、覆面をしているのです。覆面はずっと取らずに、なにがしの院に夕顔を連れ出した後、初めて顔を見せ、「どうかな?」「先日美しいと見えたのは、私の空目でしたのね」などという歌を詠みあっています。
 この覆面、具体的に想像すると、結構変です。

 ところで、相手の正体もわからないのにのこのこついていくなんて、危険じゃない?

 確かに、説話だったらその通り。けれども、ここは源氏物語。
 それに、上記の歌からもわかるように、夕顔側は、男が光源氏だと、推定していたようです。
 なぜなら、1 夕顔の花を扇の歌と共に贈ったのは光源氏だと思ってしたこと。何せ、隣の邸の奥方はその方の乳母ですから。2 隣の息子がウロウロしだしてから、男が来始めたこと 
3 変装していても、高い身分の人は香りも感触も違う 等々。
 だから、乳母・女房、全ての者が賭けたのですね。

 十五夜 五条の陋屋(庶民からすれば立派なものですが)の隙間だらけの屋根から漏れてくる月光。ご近所の騒音。
 
 十六夜 なにがしの院。夕べの空を眺めながら部屋の奥の方を怖がる様子の女。

 十七夜 立ち待ち月と言います。夜になった頃出る月で、その頃光源氏は、夕顔の遺骸を置いた東山のあたりに向かいます。夕顔の手を取って泣き沈みます。死の穢れを忌む当時としては、大胆な行動です。

 かぐや姫と違い、夕顔の昇天は死でしたが、多くの求婚者を拒んでのかぐや姫の昇天は、真間の手児名のような、多くの求婚者を定めかねての死を象徴しているのかもしれません。