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さっちゃんの源氏物語

「源氏物語」の楽しみ方、お伝えします

七夕

2012-07-11 15:48:43 | 行事・催し

 七夕も終わりました。浅草の薬研堀に七味を買いに行ったら、合羽橋でも七夕飾りで、人出が多かったです。前からやっていましたっけね。

 子どもの頃、七夕の日に、先生から、「雨が降ると天の川が増水して渡れず、彦星は年1回の機会なのに織姫に会えなくなる」と聞いて、なんと残酷な話を作ったモノだと思いました。「梅雨の季節にこんな話を設定して、雨が降るに決まってるじゃないの」

 その後物を知るようになって、旧暦のことだと納得したのですが、七夕に限らず、しっくりしない行事も多いですね。
 旧暦で今年の七夕は8月24日、台風はともかく、雨はずっと少ないでしょう。

  五節供

 1月7日  人日じんじつ   3月3日  上巳じょうし  5月5日  端午
 7月7日  七夕たなばた   9月9日  重陽ちょうよう 

 宮中ではそれぞれ行事が行われました。季節感のある植物が充てられ、順に、七種の若菜 桃の花 菖蒲 青笹(民間) 菊 となります。現在の9月9日に菊は間に合わないし、猛暑にふさわしくない、という季節感の違いが、五節供の中で重陽が忘れられてしまった理由のひとつでしょう。今年だと10月23日ですから。

 七夕

 この夜、織女、牽牛の二星相逢うというので、二星を祭り、機織りはじめ種々の手巧の上達を願う「乞巧奠きこうでん」というものが中国から伝わったのが、七夕の始まりのようです。
 聖武天皇の時代の記録に、「七夕之詩」を賦せしめた、とあって、それが起源とも言われています。宮中行事として定まったのは平安時代以降で、天皇は、清涼殿東庭の倚子に座り、二星の会合を御覧になった、とあります。

 青笹に詩歌を書いた短冊をつけ、願いの糸を懸け、様々の供物を供えたのは里での七夕で、二星の伝説から恋の歌が多く書かれました。
 梅雨時ではありませんので当然、古今にも、新古今にも、雨が降って…云々という歌はありません。

 次回は、源氏物語との関わりです。


岩佐又兵衛絵巻

2012-06-13 08:00:27 | 行事・催し

 熱海のM O A 美術館で、開館30周年とのことで、3月から「岩佐又兵衛絵巻」3点の展示をしていました。「浄瑠璃物語」だけは観たことがあったのですが、この際、と思い、通いました。最後が「堀江物語」で、5日に終了しました。

 又兵衛は、他の江戸期の画家たちと共に、近年注目されています。
 他と圧倒的に違うのが(絵の出来とは本来無関係ですが)、その出自・人生のドラマ性です。出来には関係ないとしても、描く本人の意識には関係しますものね。

 彼は、信長に叛し、郎等男女500余人が焼き殺され、一族30人余が六条河原で処刑された、しかも本人は利休の高弟として生き残った荒木村重の子供です。
  2歳の又兵衛は、乳母によって本願寺に匿われたそうですが、評判の美女であった母「だし(出城にいたのでだしどのらしい)」の最期の見事さは、語り伝えられたそうです。

  かのたしと申す、車より下様に帯しめ直し、髪高々と結ひ直し、小袖の衿押しのけて、尋常に斬られ 
  候。                          『信長公記』    
21歳だったそうです。ガラシャさんみたいな潔さですね。辞世に
  消ゆる身は惜しむべきにもなきものを母の思ひぞ障りとはなる
  残し置くそのみどり子の心こそ思ひやられて悲しかりけり

 「山中常盤」は、奥州へ行ってしまった愛し児牛若を追った常盤が、山中宿で盗賊に殺され、牛若がその仇を討つという、有り得なかった話で、なんでこんな話ができたの? とさえ思われます。

 近世絵画研究の第一人者辻惟雄さんは、その若き日、凄惨に、血みどろに、極彩色で描かれた2回の殺戮場面に、「あまりの血腥さに、弁当のシャケの切り身が喉を通らぬほどのショックを受けた」と回想されています。保存がいいので、なおさらです。
 常盤殺しの場面の「悲壮美」、最期の顔の美しさに、母を重ねていると見られています。

 「堀江物語」も仇討ちで、血みどろの迫力、幼い子を残しての若く美しい母の死があり、幼い若君を守り抜く乳母の姿があります。

 3作観ての感じは、迫力では「山中常盤」、豪華さでは「浄瑠璃物語」でしょうか。
 これらの「美」は、歌舞伎につながるものなのでしょうね。

 


六義園の夜桜

2012-04-11 15:13:02 | 行事・催し

 近くの六義園で、3月末から4月初めにかけて、例年枝垂れ桜のライトアップを行っています。東京では早い満開になるので、大変な人出で、入場券を購入する行列ができます。
 地元の利で、年間パスポートをゲットして、秋の紅葉時とともに、平日でも染井門が開いていますので、通り抜け、という贅沢をしています。4回で元が取れますので、遠くの人でも持っている人もいます。並ばなくても入れますから。

 今年は開花が遅れて、5日までの予定が8日まで延び、最終日の混雑は相当でしたが、夜の観桜は静かなのですね。
 花を見る時の人たちは、みんなにこやかです。まさに、「今宵会ふ人皆美しき」

 今年からライトアップが始まったという枝垂れも、奥の方にすっきりと浮かんでいました。
 入場者から頂く入園料のおかげで、ここの庭園維持管理もライトアップのスキルも、年々向上しているように思います。

 ところで、この枝垂れ桜の傍らに、ひょろりとしたこれも枝垂れが咲いています。なかなか綺麗なのですが、印象が薄いのです。

 思いますに、「紅葉賀」で光源氏と青海波を舞い、「花宴」で光源氏の春鶯轉の後で柳花苑を舞った頭中将。彼は、こんな存在だったのではないでしょうか。
「紅葉賀」では、「立ち並びては、なほ花の傍の深山木」だっていうんですから。

 『源氏物語』と六義園というのは、結構縁が深いのです。
 そのあたりについて、次回。


重陽の節句 

2011-10-14 15:25:10 | 行事・催し

 五節句(人日1/7 上巳3/3 端午5/5 七夕7/7 重陽9/9)のうち、現在ほとんど忘れられている行事が、重陽です。
 理由は、おそらく季節感のあんまりな「ずれ」
です。雛祭りだって、端午の節句だって、桃の花や菖蒲は揃えられるし、七草粥も1月7日に用意できますね。
 梅雨時の七夕は、牽牛さんには気の毒だけれど、空の上の人ごとですからね。ほんとは初秋の夜空。

 重陽は、菊の節句と言われます。
 9月9日に、着せ綿(菊花に被せた綿)を、夜露を吸わせ菊の香りも十分移し、それで身を拭って、長寿を祈ることをします。台風がらみの雨では困りますが、冷たい時雨ならふさわしいことでしょう。雨がちの方が、着せ綿の仕上がりは上々です。
 
 清少納言は、こんなことを言っています。
   9月9日は、明け方から少し雨が降って、菊の露も、覆った綿などにたっぷり
  しみこんでいて、菊の移り香もはなやかに香っている。雨も、明るくなる頃には
  やんだけれど、まだ曇っていて、ともすれば降りそうな感じに見えるのがこの
  日にはとてもいい。
  

 こんなことを、残暑のまっ最中の今の9月9日なんかに行うことは無理ですね。やればいいってものじゃありませんし。
 今年は、少し早くて10月5日、来年は、10月23日です。
 来年なら、菊の節句になるかなぁ。
   
 宮中でも宴が催されました。菅原道真が、太宰府で、
   去年今夜侍清涼  秋思詩篇独断腸
と、その時醍醐天皇から下賜された御衣を前に万感の思いを詠じているのは、重陽の夜のことです。

 「幻」の巻では、光源氏は、綿を被せた菊を見て、
  もろともにおきゐし菊の朝露もひとり袂にかかる秋かな
 ひとりで長生きしたってしかたない、紫の上のいない秋の朝を詠っています。

 
 


菖蒲の「根合わせ」

2011-05-05 12:00:07 | 行事・催し

 こどもの日は端午の節句、月の初めの午の日に行われた邪気払いが元です。この日に付きものの植物は菖蒲です。宮中では、菖蒲の輿が立てられ、屋根には菖蒲が葺かれ、貴族たちは冠に菖蒲を飾って参内しました。

 菖蒲は、当時はあやめと同義で、葉が主役です。花菖蒲は、野生を品種改良した園芸植物で、観賞したのは江戸時代になってからとか。

 この時代、左右に分かれて優劣を競う「物合わせ」が盛んです。「歌合」が有名ですが、絵、香、菊、物語、扇など多様です。
 その中で、現代から見ると大変おかしいのが「根合わせ」です。
 
「螢」の巻で、螢宮が玉鬘に「5月5日だというのに引き抜いてくれる人もないように、あなたに相手にされない私…」との歌を贈っていますが、根合わせを前提とした歌で、この催しが、この時期に普通に行われていたことがわかります。

 『堤中納言物語』の「逢坂越えぬ中納言」に詳しくありますが、こんなものです。
 左右に分かれ、根の長さを競います。邪気払いに効果のあるものですから、長い根の方が当然効果があったでしょう。但し、単に長さだけでなく、「なまめかしさ=優美・上品・若々しい美」を加える工夫をした、主人公中納言の左方の勝ちになります。美しい紙・紐・布などで飾ったものでしょうかしらね。続いて、歌合わせとなります。
 
中納言は、当代一のスターで、左方に頼まれても気が進まないふりをしながら助太刀をして勝ってしまう、『源氏物語』以降に流行った、薫タイプの人物です。許されぬ恋に悩み、21、2歳というのに「この翁」などと自称するのが、またすてき、とされたのです。そんな中納言にふさわしい、根合わせも優雅な催しだったのです。 

 それにしても、ズラリと貴族たちが並んで、優美な菖蒲の根を競い合うなんて様子を思い浮かべてみてください。何か変な感じでしょう?