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薄墨町奇聞

北国にある薄墨は、人間と幽霊が共に暮らす古びた町。この町の春夏秋冬をごらんください、ショートショートです。

騒動の発端

2008-03-26 18:55:24 | 大黒舞い
「なあ、カメキチよう、相談にのってくれねえか」
教え子ロッパが、いい年をして半泣きでそんな電話をよこした。
恩師カメキチとしては、これを断るわけにはいかない。

そこで。
今夜もまた居酒屋「伝助」で、いつものように師弟が、顔をつきあわせることに相成った。
「して、相談ってのはなんだ」とカメキチ。
ロッパは浮かない顔で、先日の大黒舞い騒動を説明した。

ちっと調子にのって、薄墨よさこい踊りと、薄墨春太鼓を揶揄したこと。
春祭りの実行委員会のメンバーが、なかでも市役所の商工観光課の「気の強い女ご」が怒ったこと。
そして、大黒舞いの格好でパレードに出ろと言われ、やむなくそれを引き受けたこと。
「ほりゃあ、したらロッパ、お前、パレードに出て、大黒舞いをやるのか」
こりゃいい、と馬鹿笑いする恩師カメキチを、ロッパはうらめしそうに見つめた。

「先生、俺が大黒舞いなんぞ踊れるわけないべ。踊りはどうでもいい、したけど衣裳をどうにかせんとならん。大黒の格好して、パレードで歩けば、あの連中も文句は言わない」
そこでだ、とロッパは身を乗り出した。
「なあ、先生のツテでどっかで大黒さんの衣裳を借りられんか」
ふーむ、とカメキチは考えたが、すぐにひとつ思い当たった。
「教育委員会の文化財保護課の奴を知ってる。いろんな芸能保存会の連中と仲がいいから、そいつから文展の大黒舞保存会にたのんで、衣裳貸してもらうべ」

いやあ、カメキチ先生、助かった。
ロッパは大喜びして、カメキチの盃に酒を注いだ。
「今晩は、ロッパ、お前のおごりだな」
カメキチはそう言って、気分良く、教え子の酌を受けた。

これが発端となり、薄墨春まつりで自分が大変な目に遭うことになるとは、カメキチ先生、まだ夢にも思わなかった。

大黒舞い

2008-03-22 23:48:36 | 大黒舞い
カメキチの教え子、小林明治ことロッパ。
彼は、薄墨商工会議所事務局に勤めている。
目下、3年前から始まった薄墨春まつりの準備に追われて、連日忙しい。

その晩は、春まつり実行委員会のメンバーと飲みに行って、つい荒れてしまった。
「春まつりって言ってもよ、餅っこついて、薄墨春太鼓を叩いて、薄墨よさこいのパレードか。つまらんなあ」
けっ、つまらん、つまらんとロッパは吠えた。
実行委員会メンバーの市役所商工観光課と観光協会の若い連中が、鼻白んだ。

じつは。
今、流行のよさこい踊りというのが、ロッパは嫌いなのだ。
ペラペラした長半纏とか、カリブの海賊とカンフーが合体したような衣裳とか。
あれが気に入らない。
学芸会であるまいしと、思う。
日本中どこでも似た衣裳で、同じように踊って、その土地らしさがないではないか。
しかし、よさこいは若い連中に人気があり、商工観光課の若いのがどうしても実施すると頑張っているのだ。
市役所では薄墨市役所よさこい連というグループを結成し、パレードでは率先して踊っている。

ついでにいうと、祭で叩く「薄墨春太鼓」もロッパは嫌いだ。
どこでもかしこでも、やれナントカ太鼓だ、カントカ太鼓だと、似た創作太鼓を叩きまくる。
「薄墨よさこいに、薄墨春太鼓だと。没個性ここにありだな」
商工観光課の気のつよそうな女が、いまいましそうにロッパをにらんだ。
しかし、彼も負けてはいない。
「薄墨にはよ、昔からのもっと味のある芸能も残っているのになあ」
たとえば、と彼は記憶から探り出す。
「大黒舞いなどは、いいのによ」
朱の頭巾に、金襴の指貫袴と狩衣。
大黒の衣裳で、鈴と打出小槌を手にしゃんしゃんとめでたく舞う。

さても、さても
めでためでたの大黒舞いをよ
この家の旦那様のお末を寿いで
松のひと踊りをばお目にかけましょうかよい
はあ
いやさかの、さてもよい

「昔っからの、ああいう、めでたい踊りが本当の祭だべ」
滔々と言うと、商工観光課が、じろりとロッパを見た。
「小林さん、そんなに大黒舞いがいいなら、どうです、春まつりで大黒舞いをやってくださいよ」
「誰が?」
「もちろん、あなたがです」
そりゃいい、と観光協会が笑い、拍手した。
ロッパはあせった。
「いや、待て。俺はそこまで踊れんのよ」
それなら、と重ねて商工観光課が、にやりと笑った。
「小林さん、それなら、実行委員会の代表として、私たちのよさこいの先頭に立ってくださいな。別に踊らなくてもいいですよ。ただ、大黒舞いの衣裳で」
ほお、いいじゃないすか、と観光協会が言いだし、皆で拍手した。

今年の薄墨春まつり。
ロッパはとうとう、大黒様の衣裳でよさこいパレードの先頭に立つことになった。
雨でパレードが中止にならないかと、彼は願っている。